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「なんでキリスト教ってあんなに広まったんだよ?」に対する田川建三の回答 -田川建三『キリスト教思想への招待』を読む-

 田川建三『キリスト教思想への招待』を読む。



 カール・バルトの神学について。

 カール・バルトは、神学的に保守的だった。
 政治的には、革新的だったけれども。
 バルトは、聖書の中に出てくる「創造信仰」を、"自然神学"として否定した(30頁)。
 "自然神学"とは、この大自然を作った神、この大自然を見ればそれを創造した神を知ることが出来よう、という考えのこと。

 なぜ否定したのか。
 理論的にも歴史的も、この"自然神学"が、キリスト教の専売特許じゃなかったからだ。
 対して著者は、専売特許じゃなくて何が悪い、と、自然神学を擁護している。

 バルトは、盟友だったブルンナーが自然神学を擁護使用としたとき、「否(Nein)」という本を発行して、批判した。
 ちなみに、このブルンナー、戦後にアメリカを弁護し、反共、反ソ連、反中国の宣伝活動を行っている。
 要は、神学は多少開放的だったけど、政治的には保守的だったのだ。
 バルトと逆だったのね。



 ユダヤ教、史上一度だけ、世界宣教に乗り出した時期がある。
 地中海世界の諸都市に散らばっていた、ギリシア語のユダヤ人たちによるユダヤ教である。

 紀元前3世紀から、紀元後2世紀くらいまで、ユダヤ教は、宣教する宗教になろうとした(45頁)。
 実際この宣教により、「異邦人」で、ユダヤ教に改修する人が大量に出現した。
 だが、結局キリスト教の方が勢力が拡大した。

 やはり、ユダヤ人になれ、というハードルが大きかったらしい。

 彼らも、創造信仰を強調して(「世界・自然を作った神」という信仰は、他の宗教にもその要素があったので、それを利用して布教しようとした)、他の地中海世界の人々にも受け入れられるよう頑張ったが、やはり無理だった。

 ユダヤ教にも無論、こういった歴史がある。



 古代のキリスト教は、終末時に、既に死んだ人間が復活すると信じていた。
 だが、それは霊魂が復活するとか言うものじゃなくて、この世で生きていた時の肉体そのものとして復活する、と考えていた(62頁)。
 当初のキリスト教は、肉体を肯定していたのであり、グノーシス思想のような、"身体=肉体"否定はしていなかったのだ。


 愚考するに、肉体否定は、プラトニズムによるものではないかな、と。



 ユリアヌス帝(本書ではギリシア風表記で「ユリアノス」)は、キリスト教を何とか否定して、古代ギリシアの思想伝統を復活させたかった。
 だが、そんな試みは、既に退廃していたギリシア側の祭司たちの存在もあって、失敗する。

 そんなユリアヌスが最も重視していた(であろう)施設が、「救護所(xenodocheia)」というキリスト教側の施設(125頁)だった。
 「よそ者を迎え入れる場所」という意味で、よそから訪ねてくる人間に、宿泊の場所や当座の食べ物を提供する場所だった。
 同時に、病人の介護や、身寄りのない年寄りの寄宿も可能な施設だった。

 これをフランス語で「hospice」という。

 なぜ、キリスト教が古代西洋世界においてあれほど急速に多くの人々に浸透し、帝国の弾圧にもかかわらず成長していったのか。
 その答えのひとつが、こういった施設だった。
 心だけでなく、こういった生活に関わることを通じて、キリスト教は広まった。



 聖書において有名な、ブドウ畑の日雇い労働者の話。
 以前、この話について、否定的に書いたことがあるけど、著者は重要なことを述べている。

 労働者が仕事にあぶれるのはサボってからじゃなくて、運悪くその日の仕事にありつけなかったからだろう、と(148頁)。
 実際、「誰も私たちを雇ってくれる人がいなかった」と書かれてある。
 無論、探さなかっただけではないか、という可能性もある。

 だが、彼らは日雇いである以上、探さなかったという可能性は低い。
 働かなきゃ生きられない身の上だからだ。


 彼らの日雇いという身の上は、正直言って見逃していた。
 この事実を念頭に入れないと、この話の重大なことを見逃してしまうだろう。



 先の話題に出た、「救護所(xenodocheia)」は、ドイツ語では、シュピタール(Spital)という。
 ドイツに限らず、こういった「救護所」は、伝統的に、金持ちが寄付をして、そのお金で運営される。
 建物はともかく、維持費や人件費はどうやって確保しているのか。
 
 金持ちたちは、自分達の不動産を寄進した。
 不動産とは、ここでは、農地のこと。
 農地の収入から、維持費は出た。

 不動産を所有して、その利益で経常利益をまかなった。

 キリスト教は、金持ちだと天国にいけないよ、という"脅迫"によって、金持ちたちに寄付を推進させた。
 キリスト教の"脅迫"は現代人には評判よくないかもしれないが、こうした副産物ともいうべき効果ももたらした。


 
 なぜ、キリスト教があれほど広まったのか。
 著者曰く、"宗教"から解放されたいためだった。

 他の他宗教の場合、金が掛かる。子羊一頭買うのに、牛一頭買うのに、金が掛かる。
 これらの動物を犠牲として、神殿などに捧げるのだが、これが金が掛かる。
 こんな金の掛かること、やめたい。
 でも、文化的伝統だし、やめると、経済的・社会的な権力も怖い。
 胡散臭くっても、そう簡単にやめらんない。

 
 だが、"キリスト教"という、集団の運動の中に入れば、やめられた。しかも、無料で。
 教義において、キリストがすべての人間の代わりに死んだおかげで、犠牲を捧げる必要をなくしたのだった(216頁)。
 キリストが犠牲の代わりをしてくれたおかげで、宗教(そして犠牲を捧げる行為)はもう、必要なくなった。
 少なくとも、初期のキリスト教は、"宗教"から人々を解放した。

 キリスト教は、ローマ帝国の国教になる以前は、他の人間から、ずっと無神論と呼ばれていた。
 神々への信心はもちろん、神々への礼拝も、神々への祭儀も、全部無益としてやめてしまったからだ。
 「神々」という複数形への否定はもちろんだが、祭儀さえやめたという点は、確かに間違いなく大きい。



 ヨハネの黙示録について。
 この書物はキリスト教がローマ帝国の弾圧下にあった時期に書かれたのか?
 この問いに対して著者は、これが書かれたのは紀元後1世紀末だろうとして、この時期は年中大弾圧だったわけじゃないという。

 この書物が分かりにくい、難解だ、暗号や隠語ばかりだ、という主張にも、大反対している。
 むしろ、黙示文学を分かっている人なら、分かりやい文学作品だ。
 それに、この黙示録の著者のギリシア語は、母語じゃなくて習った外国語だし、文法もダメダメで、たどたどしいから、分かりにくいのだ(258頁)、と。


 一方で著者は、パウロが当時の国際共通語であるギリシア語に何の疑問も持たなかった(例えば、ガラティア人たちの言語・ガラティア語を一顧だにしなかった)のに対し、黙示録の著者は、「どんな言語の者も救われる」と何度も言及していることから、帝国における少数言語の存在に敏感ではなかったか、と推測している(274頁)。
 実に興味深い指摘。
 下手な英語で書かなきゃいけない人間の悲しみに似ている。

 著者は、黙示録のうち、ローマ帝国批判の部分を、優れたものと指摘している。
 地中海を経済基盤とした帝国ローマの体制は、一方で、帝国下の弱者全般を虐げている、とこの点を批判しているときの黙示録は、それまでの「黙示文学」としての体裁を逸脱して、著者のホンネがさらけ出されている、と著者はいう。
 その社会を分析する視線は、高く評価しているようだ。
 『ヨハネの黙示録』って、そういう読み方もあるのね。



 有名だが、著者はクリスチャンでありながら、神はいないと考えている。
 人間の頭でこねくりあげた神なんぞ、所詮、人間が作ったへたくそな細工に過ぎないし、人間が作れるものが、神であるわけがない、という理由である(325頁)。
 ここまで来ると、すがすがしい、と思う。
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政教分離よりも、信仰と信条の自由を! -キリスト者よりも、「自由の敵」を相手にすることに関する試論-

 「日本は実は政教分離を欧米よりずっとはやく導入していたという説もあります」というコメントをいただいて、紹介された先の記事を見ました。
 「福沢諭吉・新渡戸稲造・丸山眞男・森田明彦に見る、西洋コンプレックス型日本知識人の特徴」 です。
 
 そのうち、鎌倉~江戸期までの日本宗教に関する記述は、以下のようです。
 【鎌倉幕府という武家政権が、朝廷という祭政一致勢力を破って幕府の統制下に置いたのがはじまりで、江戸時代の寺社奉行においてそれが完成され、世俗に介入しようとする神道、仏教、キリスト教の勢力を思いっきり弾圧して、武家政権の統制下においてしまった。】このように要約できる流れ自体は、決して間違っていないものと思います。
 無論のこと、本当に重要なのは、政教分離という制度ではなくて、信仰・信条の自由です。ここを忘れた政教分離云々の議論は、議論として不適当でしょう。政教分離をしていても、信仰の自由や、信条の自由が著しく侵害されている国は、いくつもあるのですから。実際、江戸期は、仮に政教分離はしても、信仰の自由はあったかどうか、ということです。
 (また、本当に政教分離だったか、という反論もあるようです。 「戦乱の時代、日本には大名から庶民、インテリ禅僧から真宗門徒にまでゆるやかに共有されている「日本教」が存在した。それは、人間の運命を司る超越的な摂理、すなわち「天道」に対する誠実さを内心に磨きつつ、この摂理の見えない働きでもある神仏を分け隔てなく等しく尊崇していくという信仰形式であった。(略)この「天道」をめぐる思考はいわばひとつの「市民宗教」として、近世社会の形成を下支えしたのであった。」という神田千里『宗教で読む戦国時代』の見解もあるようですし。(注1))

 その記事を読んでいるうちに段々、これまで漠然としていた自分の宗教に関する理解が、少し整理できたように思います。これまで書いていた自分の宗教に関して書いてきたことも、有機的に頭の中で構築できて来ました。
 そこで今回、他人様のブログを出汁に使ってしまう形ですが、自身の宗教に対する観点を整理する意味でも、以下に、これについて思うところを記したいと思います。結構辛辣に書いておりますが、無論記事を書かれた方に恨み等一切ありませんし、むしろこういったきっかけを作っていただいたことに感謝いたしております。
 以下、括弧付けされているものは、そのブログ様の記事で、それに対して下部に、注のようにこちらの見解を記したいと思います。 




 「ヨーロッパ型の知識人は、特権階級の一端を担う、キリスト教の高位聖職者と戦うという名目があり、それ故に一般人からの需要があり、また一定以上の尊敬を勝ち得ることができた。」
 「たとえば革命前のフランスでは、聖職者は「第一身分」と呼ばれ、フランス全土の約1割の土地を所有し、国王でもおいそれと手が出せる集団ではなかった。だから、宗教的な迷妄と戦う知識人が誕生し、博物学を根拠とした啓蒙主義を展開する意味があった。」

ううん、「一般人からの需要があり」という具体例が分かりません。そもそも「一般人」って誰でしょう。ブルジョアジーとか市民社会とかいった視点が必要になります。
 あと、フランスの聖職者が「国王でもおいそれと手が出せる集団ではなかった」のは、カトリック教会が背後にあったからだと思います。国王とカトリックは、当時、一応の協力関係にあったわけだし。
 もっというと、「宗教的な迷妄と戦う知識人」って、具体的に誰でしょう。日本近代史に関する記述は具体的ですので、ここは重要になるはずですが。ヴォルテールは理神論でしたが、「迷妄」でしょうかね。
 以上、所々に穴があります。「西洋」という像が、いまいちはっきりしていないのが、全体的な印象です。こういった議論の前提がゆるいためか、いまいち理解し切れません。

 「来世(宗教勢力)より現世(武家勢力)が常に優越していれば、宗教団体が来世についてあれこれ訴えても集客=信者増加は見込めず、現世利益にウエイトを置いた教団運営をせざるを得ない。戦争が起こらず、大量の死者が発生しない状況=江戸時代ではなおさらだ。」
 「大多数の日本人にとって、宗教の価値は現世利益の多少で決まる。これが分からないと日本人の宗教観は理解できないし、また、日本国内で宗教に拘泥する、自称「宗教を深く理解している」人達の大半は、これが理解できない。それどころか、日本人は宗教の本質を理解していないと批判する。阿呆である。」

 具体的に、「現世利益」って何なのでしょう。まじないや、祈祷、占い、げんかつぎ、さらには結婚に祭りなど、キリスト教にも現世利益くらいあるでしょう。来世の存在についても、それくらい日本の仏教にも、最低限存在するでしょう。地獄とか。
 そもそも、「宗教団体が来世についてあれこれ訴えても集客=信者増加は見込めず、現世利益にウエイトを置いた教団運営をせざるを得ない」のは、西欧のキリスト教の歴史を通じておおよそそんなものです。「来世」やら宗教の教義だけでついていくひとは、限られた少数の知識人だけでしょう。大多数の西欧の一般人にとっても、宗教の価値は現世利益の多少で決まるでしょう。
 だから教会は、「来世」も「現世」も、両方担当してたんでしょう。冠婚葬祭一切に関り、人々の生活に密着した形で、キリスト教は西欧に存在するはずなのですが。「来世」云々は、そういった生活のかかわりの中で存在するものの一つのはずなのです。
 なお、現在の宗教学では、「日本人は宗教の本質を理解していない」という議論自体が、疑われています。


 「ジョヴァンニ・バッティスタ・シドッティに対して、/「天地万物を創造したデウスがいるというなら、デウスにもまた必ずこれを造り出した作者がいたはずだ。デウスが自ら成り出でることができるものならば、天地もまた自成し得ることに何の不思議もない」/と冷笑を浴びせたが、これは当時の一般庶民の考え方とそれほど相違がない。白石は「天地は自然発生した」と言っているわけで、シドッティよりも遥かにリアリストで、キリスト教は今風に言うとカルトにしか見えなかった。」

 このような論駁は新井白石のような知識人だからいえたことであって、「当時の一般庶民の考え方」なんて、たいしたものじゃないと思います。下手をすると、何も考えていなかったでしょう(←偏見交じり)。
 確かこういう反論って、仏教側が戦国期に、対宣教師用に用意していたような気がするけど。まあ少なくとも、白石は「キリスト教は今風に言うとカルト」などとは考えなかったでしょう。でなければ、熱心にシドッティの話を聞いたかどうか。

 「一方のアメリカだが、こちらは建国の理念が反英だったため、宗教勢力が英国国教会を反面教師とし、全ての宗教団体が在家信徒で構成され、封建的な権力にならなかったという経緯がある。」「これでは、やはり宗教権力VS知識人という対立構造は生まれない。」
 「ヨーロッパ型の知識人の大多数は、合理主義を追求した結果として土着主義、特に宗教と対峙して普遍性を目指すが、アメリカ型の「なんちゃって知識人」は概ね「土着万歳!」になり、そこから抜け出せない。」

 歴史的経緯から、アメリカがプロテスタントを中心とする各教会(宗派)の独立性を重んじているのは事実ですが、「宗教権力VS知識人」って、いったい何なのでしょう。具体的なことがさっぱり分かりません。
 アメリカ知識人=「土着主義と合理性が乖離」で、ヨーロッパ型の知識人=「合理主義を追求した結果として土着主義、特に宗教と対峙」という理解らしいのですが、「合理主義を追求した結果として土着主義、特に宗教と対峙」という記述からして、なんか違う気がします。
 M・ウェーバーとか、あるいはブルックの『科学と宗教』とか見ると、キリスト教の合理性から、科学は生まれたっぽいですし。そういう傾向は、米欧限らず存在していたと思います。理解の前提からして、間違いがあるような気がします。

 「福沢は「俺は宗教なんて信じない」と言っているにもかかわらず、天皇制=神道がOKなのがこれで、要するに江戸時代に支配的だった儒教文化は否定したいのだが、だからといってクリスチャンになる気はさらさら無いから、キリスト教国から先進技術や行政制度は頂くが、キリスト教の精神は(カルト以外のなにものでもないから)お断り、という姿勢なのだ。」

 福沢の時代、少なくとも初期は、神道は宗教の枠内にすら入らせてもらえなかったのですが(例えば、山口輝臣『明治国家と宗教』を参照)。あと、福沢の天皇論は文化的象徴という扱いで、これはバジョット『帝室論』の模倣です。当時の神道は、宗教以下の扱いであって、少なくとも福沢にとっては、「天皇制=神道」は、ないですね。あと、「江戸時代に支配的だった儒教文化」というのは、武士階級のみに当てはまる事柄ですので、ご注意を。
 『文明論之概略』によると、彼はキリスト教自体はほめてますが、日本人がそれを国教にしたりするのは、ナショナリズムとの関連もあって否定してたはずです。一応褒めていたので、「(カルト以外のなにものでもないから)」というのは、少なくとも正しくないものと思います。

 「近代的な=欧米風の教育を受けられるという「現世利益」があったから、多くの日本人がキリスト教に入信したのである。」

 というのは、実にキリスト者に失礼な発言でしょう。ちなみに森は、「スウェーデンボルグを信奉するキリスト教神秘教団に惹かれ、米ニューヨーク州の教団コロニーで1年を過ごす。この森有礼から新島襄、クラーク博士、内村鑑三、新渡戸稲造などにつながり、キリスト教をベースにしたエリート教育のネットワークが広がっていく」という流れだそうな(注2)。「現世利益」だけではないご様子です。

 「この一件で内村叩きの中心となったのが、政府の御用学者で哲学者の井上哲次郎だった。彼は国家の宗教に対する優越性を主張する国家主義者、つまり伝統的な日本人だった。」

 しかし、「国家の宗教に対する優越性を主張する=伝統的な日本人」という漠然とした図式的理解は、どうなんでしょ。「国体論」という天皇制的イデオロギーが背後にあったりするので、「伝統的」とはいえないでしょう。「国体論」自体の起源は、江戸時代の後期水戸学にあるはずですので。

 「井上と対立したのが日本基督教会の植村正久で、こちらは「我輩の教会に車夫、職工の類はいらない」と放言し、上流階級のみにキリスト教を広めるような人物だった。」

 まあ、Wikipediani曰く、「植村正久の師であるサミュエル・ロビンス・ブラウン宣教師も「伝道は急務である。しかし無学な者が伝道するのは害がある」との持論を持っていた。」らしいので、師匠譲りなのでしょう。
 なお、「日本基督教会の植村正久は、キリストの肖像や聖書でさえ礼拝の対象としないプロテスタントは、教育勅語を礼拝することはないと断言します。さらに植村は、御真影や勅語への礼拝は、文明に反する時代錯誤だと喝破しました」というらしいので、ここら辺は汲んであげましょう(注3)。
 そもそも、キリスト教が日本に流行ったのは、まず武士階級で。
 柄谷行人による『メイド・イン・ジャパンのキリスト教』評にあるように、「徳川日本で、儒者は学者でしかない が、(李氏)朝鮮では、儒者は誕生から死に至るすべての儀礼をつかさどる。つまり、日本でいえば神主と僧侶を兼ねているのである。このような「儒者」が「牧師」になったとしても不思議ではない。他方、日本ではどの宗教も包括的ではありえなかった。キリスト教は、誕生と死にかかわる具体的な習俗から離れて、文学・芸術・学問の領域で存在してきた」。というわけで、その結果、棲み分け上「文学・芸術・学問の領域」を担当する武士階級のみに、受け継がれたのでしょう(注4)。 
 日本において、「誕生と死にかかわる具体的な習俗から離れて」いた存在こそ、キリスト教だった。なら、一般庶民が影響を受けないのはむしろ道理です。西洋コンプレックス云々は、ここのところが震源かも。


 以上、ざっと見てきましたが、整理(?)すると、
 ①大多数の西欧の一般人にとっても、宗教の価値は現世利益の多少で決まるでしょう。教会は、冠婚葬祭一切に関り、人々の生活に密着した形で、西欧に存在するはずです。「来世」云々は、そういった生活のかかわりの中で存在していたはずなのです。
 ②現在の宗教学では、「日本人は宗教の本質を理解していない」という議論自体が、疑われているのが現状です。
 ③M・ウェーバーとか、あるいはブルックの『科学と宗教』とか見ると、キリスト教の合理性(合理的側面)から、科学は生まれたっぽいです。必ずしもキリスト教と合理的な科学は矛盾していたというのではないです。
 ④日本では、キリスト教は、誕生と死にかかわる具体的な習俗から離れて、文学・芸術・学問の領域で存在してきた結果、武士階級のみに、受け継がれたと思われます。


 このような視点の重要性について、このブログでは、中村圭志氏の著作への評を通じて行っております。できましたら、ご一読を。本稿の理解に、絶対役立ちます。重要な点は、宗教を、身体とか生活とか、そういった非観念的な観点から見つめなおすことです。

 最後に、『西洋コンプレックス型』知識人云々について。「日本で知識人、つまり知識により人々を善導しようと言う欲望を持つ人は可哀想だ。何故なら、日本とアメリカでは、ヨーロッパ的な意味合いでの知識人が必要とされないからだ。」とのことですが、結局こちらにはほとんど理解できませんでした。理解力足りないのかもしれませんが。
 どうやらこの記事は、森田明彦氏への批判を目指して書かれたようです。しかしこの記事の内容では、森田氏への論難は到底難しいものと思います(一応あっちは、C・テイラーとか研究してるプロらしいですし)。「福沢諭吉・新渡戸稲造・丸山眞男」だの「西洋コンプレックス型日本知識人」だのは放り出して、森田氏論駁のみに注力すべきでしょう。もし彼にレッテルを貼るのなら、「西洋コンプレックス」云々ではなく、ひとこと「自由の敵」で十分でしょうし。

(おわり)


(注1)Amazonでのソコツ氏による『宗教で読む戦国時代』評より

(注2)「「学級の歴史学」:モニター制度から年令別の修身教育へ 」『ヒロさん日記』様より。
 上記記事には、「“カルト”一派で1年間の集団生活を送った森だったが、彼自身もキリスト教各派の相違について徐々に理解が深まっていたのであろう。」という記述があります。「カルト」なので、「現世利益」だけじゃないのは分かりますよね(笑)
 なおWikipediaによると、「神秘主義者への転向はあったものの、スウェーデン国民及び王室からの信用は厚く、その後国会議員にまでなった。国民から敬愛されたという事実は彼について書かれた伝記に詳しい」というかなりの信任振り。確認しますが、スウェーデンもヨーロッパです。

(注3)山口陽一「日本キリスト教の足跡を追って ⑤」より引用。

(注4)公式ウェブ掲載の、柄谷による『メイド・イン・ジャパンのキリスト教』評より


(あとがき) 本稿は、あくまでこちらの気の向くままに書いたもので、やはり学的な正確さに欠け、全体像もちゃんと描けてません。
  宗教という概念自体を問い直しつつ、日本近代の宗教の行方を追った著作、磯前順一『近代日本の宗教言説とその系譜 宗教・国家・神道』は、その面で必読でしょう。これについては、島薗進氏による書評も含め、ご参照いただきたいところです。

西欧における仏教ブームと「アーリア人」の関係 中村圭志『信じない人のための〈宗教〉講義』(2)

■神学の論理性:科学との親和性と、異端の排除■

 神学論争が重んじられるのは、思考が観念的だからです。よく言えば理論的で明晰なものですが、悪く言えば、すべてを0か1かで割り切るデジタル思考だということです。(中略)注意してほしいのは、科学を生み出すような合理主義と、異端審問を生み出すような神学的な観念論とは、正反対のものというよりは、むしろ近似性が高いということです。 (68-9頁)

 神学では、論理を重視します。それは、正統と異端をきっぱりと分け、前者を肯定し、後者を否定して排除する論理として、マイナスに働くことがあります。一方で、その論理性が、プラス方向に転じて、科学的な合理性へと繋がる場合もあります。
 特にキリスト教では、異端とされた側が盛んに排除された歴史を持つ(渡辺昌美『異端審問』などを参照)、その一方で、その論理性が結果的に科学的な合理性の探求に寄与してしまう(J.H. ブルック『科学と宗教 合理的自然観のパラドクス』などを参照)ことにもなります。

■西欧における仏教ブームと「アーリアン学説」の関係■

 西洋人が理念的に考えているブッディズムには、あやしげな民族意識(ヨーロッパ民族至上主義)の影がチラつきます。しかも、彼らの抱く仏教イメージには、あくまでも理性的な、高度に哲学的な ―― つまり知識人好みの―― 教説だという、妙な買いかぶりがあるのです。 (100頁)

 西洋人の考える「仏教」には、バイアスがかかっています。それは、民族意識です。著者によると、我々と同じインド=ヨーロッパ語族が作ったのが仏教だ、という意識が彼らにあるというのです。仏教の諸原典は、サンスクリット語で書かれかれています。これは、インド・ヨーロッパ語族のインド語派に属する言語です。
 そもそも、インド・ヨーロッパ語族とはなにか。
 18世紀後半、ウィリアム・ジョーンズはサンスクリット語と、ギリシア語やラテン語との類似を指摘し、インドとヨーロッパの諸語が、同じ言語から派生しているという説を立てます。この仮説に、トーマス・ヤングという考古学者が、「インド・ヨーロッパ語族」と名付けました。あくまでも言語的な類似を指摘したこの仮説を、人種・民族と結びつけたのが、ドイツのマックス・ミュラーでした。
 ミュラーは、インドからヨーロッパまでの広範囲を征服し、その言語を普及させた民族がいた、という説を唱えます。これは、「アーリア人」と名づけられました。この説が、「アーリアン学説」です。
 この学説は、イギリスの場合、インドの植民地支配に利用されます。ヒンドゥー教徒のエリート階級はアーリア人であり、イギリス人もアーリア人だから、同じ起源の民族だ、としてイギリスの支配を正当化したのです。ドイツでも、かのワーグナーなどが、ドイツ人は純粋なアーリア人の血統であるとして、自民族の優位を正当化し、これをナチスも後世において利用しました。しかし現在では、上記のようなアーリアン学説は、学術的に否定されています。
 著者の、「西洋人が理念的に考えているブッディズムには、あやしげな民族意識(ヨーロッパ民族至上主義)の影がチラつきます」という発言も、これに由来します。要するに、西洋人たちの仏教ブームには、その背景に「アーリアン学説」がある、というわけです。
 当時の知識人たちの仏教ブームの背後に、「アーリアン学説」の影があったことを考えつつ、「カントやショーペンハウアー、そしてベートーヴェンやヴァーグナーもまた、深遠なるインド哲学に傾倒していったのである。もちろん、彼らが憧れていたのはインドにかつて存在していたはずの「理想郷」であり、実際に存在しているインドではなかった。」という、福田宏氏のカール・スネソン『ヴァーグナーとインドの精神世界』に対する書評(『マルチヌーのハーフタイム』様)は、読まれる必要があると思われます(この場合、「インド哲学」には仏教も含みます)。(注1)

■「語りがたさ」が生んだ、「皇国」の勘違い■

 日本のように、自分たちの土地の文化が外来の言語文化とは違うものだという感情がある場合には、こうした地域固有の事情(日本文化は語りがたい)と、いま述べた人間一般の事情(宇宙の本質は語りがたい)とが、どうかした拍子に混線してしまいます。 (156頁)

 日本に現在ある文化の源流をたどると、そのほぼすべてが、外来のものであることがわかります。何をもって内発のものとするか、という根本的な問題もありますが、これは置いておきましょう。
 このような外来の文化(漢字もそうです)を出自とする日本の文化に対して、なんとしてもオリジナリティを見出したい人たちがいました。それが例えば、本居宣長であり、後世の西田幾多郎でした。彼らは各々の方法で、外来を出自とする日本の文化のオリジナルで純粋な姿を、発見しようと試みました。そしてそれは、外来を出自とするがゆえに、どうしても語りがたい面を持ちます。
 しかし、そのような試みは、ナショナリスティックな方向に傾きます。なぜか。
 たいていのどの社会にも、物事の本質は語りがたい、神や宇宙の本質は語りがたい、という特性があります。キリスト教にも、「否定神学」というのがあるように、たいていの文化・宗教には、このような特性があります。どの文化にもあるこの語りがたさが、外来を出自とするがゆえの語りがたさと混同されてしまうのです。まさに、「地域固有の事情(日本文化は語りがたい)と、いま述べた人間一般の事情(宇宙の本質は語りがたい)」の混同です。
 大雑把な定式にすると、【語りがたい日本文化は宇宙の本質そのものである】という主張になってしまうのです。語りうる皮相な「漢」と、語りがたい本質としての「皇国」という対比を試みたはずの本居宣長が、その典型的な例になっているのではないでしょうか。

■「宗教」とは、「こんにちは」という挨拶とおなじ存在■

 宮古島の人に「地元では<こんにちは>ってどう言ってる?」と聞いたら「何も言わずに家にずかずか上がる」とのことでした。<宗教>だってじつは<こんにちは>のようなものかもしれません。つまり、生活の現場ではそんな言葉は生きていないのかもしれない。 (177頁)

 傍点を括弧に変更しました。
 宮古島の人は、「こんにちは」という語を使わない。使うという習慣がないのです。同じことが「宗教」という語にも言えるかもしれません。「宗教」という語を使わなくても、別に「宗教」と呼ばれるような現象は存在するのです。まさに、「こんにちは」と同じなわけです。もちろん、これはどんなものに対してもいえることなのでしょうが(例えば、「国家」、「社会」など)。
 極端な話、我々が今後「宗教」という語を使わなくても、かまわないのです。一応現状では、この語を使うと便利だから使っているだけであって、多少無理をすれば、使わないこともできます。「宗教」という概念の位置づけを考えるには、拙稿『一Q禅師のへそまがり“宗教”論』に対する書評(3)(4)をご参照ください。

(了)


(注1) 仏教と「アーリアン学説」が特に結びつくのは、ワーグナー(ヴァーグナー)です。彼は、反ユダヤ主義であり、キリスト教をユダヤ教の影響から離反させるために、キリスト教は仏教を起源とする、と考えたようです(「ワーグナー編その8-2 「パルジファル」」(『クナを聞く』様)を参照))。反ユダヤ主義(ユダヤ人蔑視)と「アーリアン学説」(自民族の優越)とのつながりは、説明は要らないでしょう。

TAG : 神学 論理 仏教 アーリア人 インド・ヨーロッパ語族 皇国 宗教

世俗によって煽られる「宗教」 中村圭志『信じない人のための〈宗教〉講義』(1)

・中村圭志『信じない人のための〈宗教〉講義』みすず書房 (2007/5)

■アジアの東部の人口は意外に多い■

 アメリカとかアフリカというのが意外と小さい一方、インドと中国がやたらとデカイですね。ヨーロッパ、中近東、アフリカが細々と分かれているのに対して、東アジアや東南アジアは大きな国が多くて、ぐゎしっぐゎしっと大づかみにできています。 (20頁)

 人口比で描いた地図で見た場合、こんな風に世界が見えるらしいです。「図録世界人口規模の推移(地図表現)」(『社会実情データ図録』様)を見ていただくと分るように、意外にアメリカやアフリカが小さい分、インドと中国がでかいです。世界的に見て、アジアの東方地域の人口は多い、と改めてわかります。
 一方、カナダは小さく、ロシアも意外に小さい。そのロシアに比べると、ウクライナは大きいように思えます。アフリカが意外に小さい中、ナイジェリアが、やはり目立ちます。ヨーロッパの中では思いのほか、ドイツがでかい。別格の中国とインドを別として、インドネシアと日本が、人口比という事情をわかっていても、でかい。
 以上、本書の主題ではありませんが、面白い記述なので引用しました。
 本書では、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の一神教と、それ以外の儒仏道の混成した東アジアの宗教体制、そして、インドにおけるヒンドゥーの宗教体制を、軸として解説を行っています。大雑把を覚悟の上で、押えるところを押えていて、宗教入門として最適の一冊です。そこらへんのお手軽宗教入門とは違って、「宗教」という概念それ自体にも批判的吟味を加えています(この点については、中村圭志『一Q禅師のへそまがり“宗教”論』への書評(1)(4)をご参照ください)。

■信仰の内容以前に、視点自体が違う■

 物事を人間社会の側から組み立てて眺めるのではなく、神様の側から見ていく、というのが宗教的発想なのかもしれません。 (34頁)

 最初にまず、神の存在があるという発想です。人間に神が先立っているという発想は、現代の世俗の人間の発想とは、大きく異なっています。信仰などの内容以前に、基準とする視点自体が異なっているのですから、相互の誤解や擦違いがでるのは、むしろ当然といえるのかもしれません。(注1)

■キリスト教とは、答えを出してくれる<宗教>ではない。■

 解釈をいろいろと考えることじたいがキリスト教の営みです。何を意味しているかを最終的に確定できた人はいません。とはいえ、こうしたイエスの言葉に、人びとが強く心惹かれてきたのも事実です。 (63頁)

 著者は、「神のものは神に、カエサルのものはカエサルに」という話を例に出して、以上のような説明をしています。
 著者は、キリスト教が、<答え>を出してくれるものだ、という考えはとりません。そうではなく、キリスト教とは、<問い>であり、その<問い>について考え解釈をする営みだ、といっているのです。この問いに対する答えに、最終的にたどり着くことは、できません。ただ、その答え(真理)に惹かれ、求め、考え続けていくのです。
 著者は、「神のものは神に、カエサルのものはカエサルに」というイエスの言葉が、実は多義的なものであることを述べています。詳しくは本書をご参照いただきたいのですが、確かにこのイエスの名言は、解釈が難しいです(たとえば、この言葉が、果たして政教分離の根拠に使いうるのかどうかという点など)。

■世俗によって煽られる「宗教」■

 麻原彰晃をハイパーな存在に格付けしようとしてきたのは、取り巻きの人間ばかりではありません。マスコミや世間の人間もまた、こっち側からあっち側を見やる期待あるいは恐れの眼差しのなかで、教祖の特異な地位を確定するのに一役買ってきたのです。 (207頁)

 傍点は省略しました。
 宗教の存在を過剰に煽り立てる、数多の外部の人間の責任が、問われています。外部の人間の方が、特異な存在として宗教のイメージを膨らませる嫌いがあります。その典型的な例が、オウム真理教だといえるでしょう。この点、「パナウェーブ研究所」のときの騒動も、それに近い現象といえると思います。あるいは、欧米のキリスト教たちの、ムスリムへのバイアスも、このような点を考慮すべきでしょう。
 オウム真理教に対する外部の人間の【煽りたて】に関しては、その賛否を含めて、島田裕巳『中沢新一批判、あるいは宗教的テロリズムについて』が、参照されるはずです。

(続く)


(注1) 「宗教的発想」については、「宗教・キリスト教」(『Adonai あどないの道』様)が、その例として参照されるべきでしょう。曰く、

 わたしを含めてキリスト信徒といま上に挙げた人たちとの一番の違いは、「人間は、自分は、創られた存在である」ことを認めているか、否かであろう。自分は作られたものであり、すべてを創造した《創り主》の存在を認めるか、否か。すべてのはじまりがこれにかかっている、とわたしは思う。

 自分より、神が先立つ、という感覚。少なくともキリスト教(及び一神教)の場合、この点に、信仰者と非信仰者の違いがある、といえるかも知れません。

TAG : 人口比 宗教 信仰 政教分離 オウム真理教

①日本人は信仰心が薄いのか、②現代人は欲深いのか? 『一Q禅師のへそまがり“宗教”論』(4)

■宗教において、急ぐことは禁物です。■

 宗教的な伝統が最も近代の世俗社会と対立するのは、実はこの時間というファクターかもしれん。神や霊魂が不合理とか、そういう問題よりも、時間意識の違いというものがいちばんのギャップとなっているのかもしれないのじゃ。 (132頁)

 一方に、近代の急ぐ社会。一方に、伝統宗教の確実に時間をかけて急がない伝統。この対立が最大の違いだ、というのです。宗教において、何事も、急ぐことは禁物です。宗教的なコミュニティの中に、順応し、入信に至るまでには、時間がかかるものです。 

 世人は「宗教って何ですか?」と問う。すぐにも答えを得ようとして、『ネコにもわかる宗教入門』といった式のハウツー本を買う。(中略)わからないと疑心暗鬼に陥る。妄想だ、マインドコントロールだと騒ぎだす。 (133頁)

 急ぐべきでないものを、無理に急ごうとすることの不幸。周りにいる宗教嫌い、宗教に偏見を持つ人というのは、こういった急ぐべきでないところで、急いでしまった人かもしれません。
 以前も書いたとおり、現代の世界に必要なのは、この【時間をかけること】の重要性のはずです(詳細は、拙稿「【「安楽」への全体主義】と【時間をかけること】」 をご参照ください)。

■現代人は欲深いのか?■

 よく現代人は欲望が肥大したといわれるが、これは必ずしも正しいとらえ方でない。現代人は毎日毎日、せっせと欲望の抑制に努めておる。
 現代人に比べれば、昔の人間は実にちゃらんぽらんじゃった。分刻みの時間感覚なんぞとはまるっきり無縁じゃった。
 現代人の好きな「計画」というのは<欲望肥大>の青写真であるかもしれんが、計画そのものは時間を決めて欲望を<抑制>することで成り立っておる。 (164頁)

 欲望をより満たすために、満たし続けるために、現代人は、欲望を抑えます。あくせく労働します。貯金します。時間も厳守します。(欲求を満たすために、ひたすら労働する現代人の姿については、拙稿「【「安楽」への全体主義】のなかの苦痛」もご参照ください)
 一方、昔の人々は、所属する共同体の規律・戒律の中で、現代社会と比較して時間に追われることのあまりない生き方をしていたはずです (自然の災害や戦乱に振り回されたり、政治的・宗教的な迫害を受けたりなど、無論その生活は決して楽だったわけではないでしょうが)。
 要するに、現代人=欲深いなのではなく、各時代で、欲望と禁欲の配分の仕方が違うだけなのです。現代人(近代人)は未来の欲求を満たすために禁欲し、前近代人(昔の人々)は戒律を守る制約の中で相応の自由な生活をします。昔の人は、物質的に節制し、自然に謙虚で、人生設計を自分で綿密に立てることなどあまりなかったのです。

■日本人は【信仰心が薄い】?■

 世界中から「宗教」に違和感が申し立てられていることは、世間ではあまり知られていない。日本でも「宗教」という言葉はどこか宙に浮いた感じがあるが、それはもっぱら日本人の精神的な自覚のなさのせいにされてきた。
 しかし、そういう問題ではない。文化の違いを超えて同一の言葉(の訳語)を当てはめることには、それなりのリスクがある。世の中に出回っておる「宗教」解説書は、どうもこのあたりの解説に手抜きがあるようじゃ。 (182頁) 

 世界中の人々には宗教への信仰心がある、もしくは、世界各国は宗教に根ざした社会を作っている、なのに日本には、そういったことがない。これは日本人の特殊な社会、あるいは信仰心のなさによるものだ。このようなことが言われます。
 しかし、かような言説は、俗流の日本特殊論にすぎません。むしろ、「宗教」という語自体の問題と考えるべきでしょう。西欧由来である「宗教」という概念は、どうしても、西欧におけるキリスト教(特にプロテスタント)の、個人主義的かつ教義重視の傾向をもちます。この概念と、日本の宗教的実態とのズレを、考察すべきなのです。この点については、磯前順一 『近代日本の宗教言説とその系譜』をご参照ください。
 
■近代におけるゴミ捨て場、としての宗教■

 近代人は不合理と思えるものを「迷信」として退けてきたが、単純に合理化できない精神的な世界については、「宗教」という聖域を認めることで、不合理性の追求を猶予してきたようなところがある。 (190頁)

 「キリスト教から離脱しようとする近代の社会と知のシステムは,同時に自らの同一性を確認するために,近代性の母胎にして,その他者でもあるところの宗教という概念を必要としたのです.」という深澤英隆氏の言葉のとおりです。
 言葉を悪くして言うと、「宗教」というのは、近代における【不合理性】というゴミくずの捨て場所なのです。とすれば、宗教に「近代性との軋轢のなかで,さまざまな待望や幻想」を託そうとした知識人たちはみな、【くず拾い】、【収集家】となるはずです。この【くず拾い】たちの軌跡をつづった好著として、島薗進『宗教学の名著30』があります。

(了)

TAG : 宗教 時間 近代 世俗

「神は妄想である」かどうか考え直す。 中村圭志『一Q禅師のへそまがり“宗教”論』(3)

 今回以降、基本的に、【重要な箇所の引用(抜書き) + これに対するコメント】という形式をとります。
 本書については、途中まで、書いていたもの(既稿(1)、(2))があります。今回は、その途中の部分のと重複もありますが、すべてを上記の形式で書いていこうと思います。既稿(1)と(2)は残して、書いていきます。
 なお、本書は、「一Q禅師」という架空の人物へのインタビュー形式をとっています。「じゃ」といういかにもわざとらしい語尾は、この人物のものです。
 
:引用内での、<>の記号は、本文中の傍点部をさします。

■「死ぬのは怖くない」と軽々しく言うな■

 やはりここで指標となるのは、わしら一人ひとりの「自分」の<からだ>じゃ。病気になると苦しい、切ると痛い、死ぬのが怖い<からだ>じゃ。<からだ>は動物である。生物である。死ぬのが怖くないというのは、悟った坊主であっても気軽に口にしてはいけないことじゃ。このことを忘れた輪廻だの幽霊だの、救済だのサトリだの神の国だのの話など、クソほどの値打ちもない。 (40頁)

 既に(1)で書いたことの繰り返しになりますが、身体という具体的な存在を抜きに、精神的、形而上学的なものを語るのは、片手落ちです。自分や自分の愛する人々というリアリティある存在が、いつか死んでしまう【死をおもう存在】であるがゆえに、「霊魂」という語は真剣味をもつのです。死(への怖れ)を、自身の哲学の枢要に置いたハイデッガーを、想起してもいいでしょう。
 ともあれ、本書のテーマは、【「具体性」から宗教を知る】、といえます。

■「権威」の理由■

 世の中を構成している物事には複数のファクターがある。無数のファクターのすべてをチェックして、合理的に納得しながら暮らすのは無理である。そこで、このチェックをすっとばす<よすが>となるものが必要となる。それがケンイじゃ。 (54頁)

 ルーマンの社会学のことは難解でわかりませんが、「複雑性の縮減」というタームに関るのでしょう。権威のおかげで、手間を省いて事を行える、というわけです。【権威へ服従】という図式的理解を理由に、宗教を生理的に嫌悪する人もあるでしょうが、世俗世界との違いはあくまで、程度の問題に過ぎません。少なくとも、世俗の人は程度は違えど、みな、「権威」に服従しています。

■「訓練」を忘れて、「神は妄想である」などと軽々しく言うな■

 「神」や「仏」は、ただの観念にとどまるものではない。その裏には、一個のライフスタイルが張りついておる。伝統の暮らし方じゃ。「神」という観念を交えた伝統の暮らし方をトレーニングして身につけること。初めてその「神」が生きてくる。 (92頁)

 (2)でも詳しく書きましたが、信仰というのは、日々の生活の中で形作られていきます。ムスリムの場合、メッカへの礼拝をし、戒律を身に着け、振る舞いを正し、コーランのことばで会話したり人生を論じることができるようになって、初めて、アッラーが暮らしの中で働いてくるものとなります(93頁)。
 たいがいの宗教では、さまざまな具体的な戒律やタブーを一つひとつからだに覚えこませていく習慣的訓練という要素が重要(130頁)なのです。この点を考慮に入れないで、「神は妄想である」などと結論めいたものを出したりするのも、頭の体操でないとしたら暇つぶしでしかありません(93頁)。
 別にこれは、ドーキンスの議論を批判しているのではありません。宗教を論ずるに当たって、身体的プロセスや、諸々の共同体的・集団的な儀礼などを無視することはできない、ということです。良くも悪くも、その点を見逃せない、ということです。

■宗教とは「ライフスタイル」である。■

 宗教を「神様の教えを信じ込む」<信仰>というふうに見るとどこか洗脳っぽい感じがしてくるのですが、ある集団的なゲームのスタイル、ライフスタイルの問題というふうに見てみると、「そうか、そんな暮らし方もアリかな?」と思えてきます。 (102頁)

 重要なことは、非・宗教的社会と宗教的社会とを、隔絶した関係と考えないことです。「信仰」という絶対的な壁を想定して考えると、宗教というものが分らなくなるかもしれませんが、社会の中での生活の仕方の違いとして、これを相対的な隔たりと考えれば、多少理解しやすいかもしれません。
 自分に信仰心はない、ゆえに自分と彼らは違う、ではなくて、もし自分がこういう生活スタイル、そしてそうした社会の中で生きていたら、このような信仰する【スタイル】を身につけていたかもしれない、と考えることが重要なのです。

■説教は、まず自分に言い聞かせられる。■

 他人に説教する奴は、たいがい自分に言い聞かせているもんじゃ、宗教に入りたての信者も、えてしてこうなる。 (106頁)

 右左関係なく、過激な活動を志向する団体は、こういう傾向があるかもしれません。特に、入りたての人の場合は、そうでしょう。その舌鋒が「熱狂的なのは、ある信念体系を身につけるための学習プロセスの一段階というふうに理解できる」わけです。ことによったら、教師の説教や親の説教もまた、「道徳」をみにつけるための学習プロセスかもしれません。

TAG : ハイデッガー 宗教 信仰 ムスリム 世俗

宗教は【洗脳】でも【思想】でもなく、【生活】である。 中村圭志『一Q禅師のへそまがり“宗教”論』(2)

■内面的信仰よりまず、集団内での実践がある■
 【宗教といえば信仰】と、このようにつなげて考えてしまいがちです。しかし、たった一人内面的・精神的に敬虔であることが信仰、というのが、イコール「信仰」なのでしょうか。とりわけ「信仰」と聞くと、まず、ある超越者や教えへの精神的な敬虔さや従順さ、内面的な純粋さ等を考えがちです。しかし、【信じる】までに至るプロセスを、忘れていないでしょうか。
 例えばムスリムの場合、メッカへの礼拝をし、戒律を身に着け、振る舞いを正し、コーランのことばで会話したり人生を論じることができるようになって、初めて、アッラーが暮らしの中で働いてくるものとなります(93頁)。まず、精神や内面より先に、ある宗教的な集団の中での身体的実践が、求められるのです。そのような具体的・実践的振る舞いをすっ飛ばして、いきなりアッラーを論じることはできないのです。
 ある集団の中で、一人前として認められる振る舞いがあって、その上で信仰があるのです。愛や悟りだけが、宗教ではないのです。たいがいの宗教では、さまざまな具体的な戒律やタブーを一つひとつからだに覚えこませていく習慣的訓練という要素が重要(130頁)なのです。祈りという行為も、習慣的訓練の一つです。(注1)
 本書では、「習慣的訓練」の興味深い一例として、小説『星の王子様』のなかの、王子が薔薇に熱く演説するシーンが引用されます。そして曰く、「他人に説教するやつは、たいがい自分に言い聞かせている」のだ、と。その演説が熱狂的なのは、「ある信念体系を身につけるための学習プロセスの一段階というふうに理解できる」(106頁)わけです。
 確かに、「宗教を神の教えを信じ込む「信仰」」とみると、洗脳のように思えてしまいます。しかし、「ある集団的なゲームのスタイル、ライフスタイルの問題というふうに見てみる」と、【腑に落ちる】(102頁)のではないでしょうか。ある集団内での生きる上でのスタイルと考えれば、宗教/世俗を問いません。宗教とは、形而上学的・観念的に論じられるだけの「思想」だけではないのです。

■宗教とは身につけるもの、ゆえに急いで理解などできない。■
 さらに、ある集団の中で一人前として認められる振る舞いを取得するには、集団内での「訓練」・「教育」が重要です。「宗教」における共同体には、個人を育てる側面があります。神などの精神的存在や、共同体の「先輩」たちのいる空間で暮らすことで、それが物心両方のセイフティネットとなる側面があります(141、142頁)。
 例えば、神などの精神的存在が、その人の精神を助けたり律したりすることがあるでしょうし、その宗教のコミュニティの中で「先輩」にあたる人物たちが、その人を教え導きアドバイスをしたり、金銭的・生活的に助けてくれたりするでしょう (逆に【制裁】も含むはずです)。
 このような面を見てみると、宗教的な共同体と世俗的な共同体は、完全に隔絶している、というわけでもないのです。重要なのは、「しつけ」です。ある集団の中で「教育」・「訓練」・「薫陶」を受けて、一人前のメンバーとなることです。 
 信仰は、ある集団・共同体の中で、さまざまな人との関係、共同体の習慣、集団的儀礼などを通じて育まれていきます。そして、集団生活の暮らしの中で、信仰は【応用】できないといけません。
 本書は、別に内面的な信仰や、形而上学的な教理が無駄だといっているのではありません。大切なのは、「観念的で抽象的な教理と、具体的で実践的な戒律」、この両方を時間をかけて学習していくことです(131頁)。つまり、ある集団の中で時間をかけて、振る舞いを身につけていくことです。
 宗教は、先に述べたように、時間をかけることを必要とします。これを、早く分かろうとして結果分からないものだから、誤解したままになってしまうことが、現代社会にはよくあるのではないでしょうか(133頁)。宗教とは、ある集団の中での生活の中で、時間をかけて身につけていくものであって、手軽に理解しようとすれば、上辺しか分らないものです。ここが、これまでの宗教を理解しようとする際の落とし穴なのです。(注2)

(続く)


(注1) このような、宗教を「実践」・「訓練」の観点からみる見方については、修道院での「儀礼」をコミュニティ内で自己を形成するための【制度】とみるタラル・アサド『宗教の系譜』が参考になります(この本の翻訳を、本著者・中村圭志氏が行っています)。そして、この本の要約ともいうべきものとして、「報告 世俗化・宗教・国家 セッション 4」(『University of Tokyo Center for Philosophy』様)もあります。

(注2) 【時間をかけること】について触れたものとして、拙稿「 【「安楽」への全体主義】と【時間をかけること】 番外編3(藤田省三『全体主義の時代経験 (著作集6)』) 」を挙げさせていただきます。

TAG : 宗教 信仰 コーラン 思想 星の王子様

「神」 -たかがレトリック、されどレトリック- 中村圭志『一Q禅師のへそまがり“宗教”論』(1)

・中村圭志『一Q禅師のへそまがり“宗教”論』サンガ (2009/1)

■宗教/世俗の境界線と、その曖昧さ■
 イスラームとキリスト教が対立している、ということがよく言われます。「文明の衝突」等がそれにあたるでしょう。しかしそうではなく、「ある種の宗教システムと(宗教を表社会から排除した)「世俗主義」とが対立」しているのではないか、と本書は提起しています(154頁)。表社会にも宗教が残るタイプが前者であり、表社会に宗教を排したのが後者、というわけです。
 そうなると、表社会ではない「深層」という点では、共通性があることになりますが、「深層」とは何でしょうか。本書では、それを5つの観点から見ていくことになります。その五つとは、以下のものです。

 ①霊魂よりも「からだ」 ②神仏より「ことば」 ③信仰より「しつけ」 ④救済より「くらし」 ⑤宗教より「れきし」

 つまり、我々が宗教に抱く抽象性や非合理性、思想性という「表社会」からではなく、むしろ具体性や社会性という「深層」から見ていこうとする試みなのです。本書から見えてくるものは、従来考えられている「宗教」の「世俗」に対する異質性ではなく、その構造的・社会的な共通性と、それを基盤とした上での志向の違いです。

■【死すべき存在】から宗教は始まる■
 まず本書では、「霊魂」等の抽象的概念からではなくて、「からだ」という具体的なものから読み解くことを教えます。この私たちにとって身近な「からだ」を無視して、抽象的な存在である「霊魂」云々の話など意味がない、というのです。「目に見えないものの話をするのが宗教だ」というのは「勝手な憶測」に過ぎません(15頁)。
 重要なのは、霊魂を信じるか、信じないか云々のはなしではありません。例えば、自分や自分の愛する人の、「からだがまさに失われようとしている、そんな時と場において、つまり、臨死の場において」、「霊魂」にまつわる話を受け入れることは、「他人がとやかく言えない真剣味がある」(40頁)。
 自分や自分の愛する人々というリアリティある存在が、いつか死んでしまう(あるいはいつか死んでしまう)【死すべき存在】であるがゆえに、この「霊魂」という語は真剣味をもつ。このときの真剣味は、宗教/非宗教、信仰/非信仰を問いません。「宗教」の開始地点は、信仰/非信仰に関りなく、人間存在全員に関るものなのです。
 しかし、非信仰者には、「霊魂」という語は幾分奇異に聞こえます。次に説明されるのは、「霊魂」も「神仏」も、こういった言葉がまず、「ことば」であるという点です。

■【神】というのは、まず【ことば】である■
 さらに本書は、「神仏」という超越的な存在から論じるのではなく、これらの存在がまず、「ことば」という人間誰もが使うものから論じます。
 そもそも、人間の認識は本質的にレトリック的構造を持っています。「心の養う」とか「幸せを築く」というのもレトリックの一種です。これらは、レトリック、つまり、自他とより円滑に疎通するための手段です。(注1)
 ならば、「神」や「霊」といった宗教的なことばも、「心の養う」とか「幸せを築く」といった「実体がはっきりしないのに意味の通じることば」と同じくレトリックである点で、「相通ずるところがある」のではないでしょうか。少なくとも、社会において機能的には、等価になるのではないでしょうか。
 もし、「神」という言葉がその社会で通じるなら、「心の養う」と同じ程度に現実的な概念のはずです。「神仏」という言葉の持つ「権威」を考えたとしても、その「行為遂行的」な効果を考えれば、社会的な現実性、そして社会的機能は共通します。「神仏」というのは言葉であり、その言葉が社会的にどの程度現実性・機能性を持つか、ということなのです。(注2)
 しかし、レトリック的には等価でも、非信仰者にとって「信仰」というのは奇異に見えるかもしれません。自分たちとは違うものと考えがちです。これに対して本書では、「信仰」という概念ではなく、「しつけ」という世俗/宗教を問わない観点から見ていきます。

(続く)


(注1)

「問題を解く」とか「時間が足りない」などはすべて黙示的隠喩(implicit metaphor)に他ならない。注意深く分析すると、〈問題〉があたかも固く結ばれた糸や氷のように見立てられていることがわかる。また〈時間〉が消費される資源のようなものとして理解されていることも判明する。

このように述べる菅野盾樹「メタファー」(『シンボルの海』様)に、本書に見られるメタファー観があらわれています。しかしより重要なのは、菅野氏が、「隠喩は人間の認知の本質的構成分なのであって、これを字義的なもので代替することはできない」として、隠喩が、認知の基礎をなしていると述べていることです。

(注2)  前近代の伝統社会では、神にまつわる「ことばを交えた神話や教えや哲学やオキテを活用しながら社会を営む」が、そういった「ことばをなるべく排除」したのが近代ではないか、と本書は述べています(59頁)。そして、前近代から近代へのこのような変化は、社会の流動性の増加が原因と考えているようです。首肯すべき意見です。

TAG : 中村圭志 宗教 世俗 身体 レトリック

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