スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「人道的介入」の「人道」の部分を、もっとちゃんと考えろ、っていう話。 -最上敏樹『人道的介入』を読む-

 最上敏樹『人道的介入 正義の武力行使はあるか』を読む。
 まったく古びていない。
 それくらい、すぐれた書物ということなのか。
 はたまた、世の中が進歩もせずに停滞しているだけなのか。

 「人道的介入」を含め、あらゆる国内外における「武力行使」を考える上で、そして、あらゆる「介入」を考えるうえで、読んでおくべき書物。
 著者の意見に対し、左右どちらからも批判的な意見はあるだろうが(実際、評者にもある)、読んでおくべき書物であることに、かわりはない。

 既にいくつも書評はあるが、気に入ったところだけ書いていく。
 書評(というか抜粋)としてはこちらがおすすめ。



 みもふたもない話。
 現実の人道的介入というのは、相手が強大国である場合まず行われない(45、6頁)。

 チェチェンにとってのロシア、パレスチナにとってのイスラエルとアメリカ、チベットにとっての中国、などである。

 だが、人道的介入とは、ルールに基づくものであり、法的正当化を行わねばならない以上、類似する事例においては、いつでも武力行使をしなければならなくなる。
 チェチェンでも、イスラエルでも、そうしなければならない。
 問題は、恒常的かつ一貫した事案処理をしなければならないことであり(138頁)、にもかかわらず、それが現在もなお行われていないことだ。

 「介入」の正当性・一貫性に関わる問題、これを念頭にして、「人道的介入」を考えねばならない。



 そもそも、なぜこんなに悪化するまで放置していたのか、という話(179頁)。

 例えば、ベオグラードを空爆した国々は、以前はミロシェヴィッチ政権と積極的に関係を結んでいた。
 また、彼のコソヴォでの人権侵害を黙認していた。
 イラクを攻撃した国は、湾岸戦争以前まで、フセイン政権を支援し彼の人権侵害を容認していた。
 東ティモールにしても、介入を主張した米英両国はインドネシア政府への主要な武器供給国であった。
 そして、介入を先導したオーストラリアは、インドネシアによる東ティモールの不法占領を承認した数少ない国だった。

 無責任な行動で事態を悪化させた当の国が武力行使をするのは、安易に認められない、と著者は言う。
 「安易に」という点が重要である。
 過去の「清算」と「記憶」が、当該国に求められる。
 そうした「禊」もせずに、正義面することは、「正義」に反するだろう。

 意外と忘れられがちだが、実に重要である。



 なぜ虐殺が起こる前に本格的に介入しようという議論が起こらないのか、という問題(182、183頁)。
 あまりにも遅すぎるし、そうした出遅れによって、必要とされる武力は増大してしまう。

 事態が悪化したらすぐに(攻撃や殲滅のためでなく、住民の防衛のために)、国連平和維持軍を派遣するという方法は十分可能なはずである、と著者は言う。
 平和維持軍は存在するだけで残虐行為がかなり予防できることが、ルワンダの事例でから言えるし、早期に展開すれば、暴発の予防に効果を発揮することは、一時期までのマケドニアの事例で言える、と。

 著者は、人道的介入における、早期発見・早期治療(早期防衛)の重要性について述べている。
 空爆などよりも、はるかに、まっとうな道ではある。
 (空爆は住民を直接的に守ってくれるわけではないし、空爆をしても住民虐殺が止むどころか 増えたケースもある。)



 むろん、それは武力のみではない。

 まず必要とされる「危険負担」とは危険な場所への人道的救援であり、迫害される人々に住まいを確保し、食糧と医薬品を届けることである(203頁)。
 そうした危険な活動をいとわないことが、日本国の「平和貢献」に最も求められている、と著者は言う。

 その危険な活動を護衛する危険性はその次の段階であり、その危険を生み出している張本人たちに最悪、攻撃を加える危険は、さらに次の段階である。
 「人道的介入」は、単に、武力介入のみではない(今でも勘違いされやすいことだが)。

 極限状態での武力介入が「大文字の人道」なら、それ以外の介入は緊急の人道的救援から日常的な援助も含め、「小文字の人道」である(209頁)。
 大文字のそれが極限状況で稀にのみ行われうるものであるのに対して、小文字のそれはいつも必要である。

 もちろん、どちらも重要な事柄である。
 ただ、「人道的介入」の議論が行われるときに、安易に空爆などの「武力」ばかりがクローズアップされるが、それだけではない、ということだ。
 何事も、踏まえておくべき「手続き」・「ルール」というものがある。



 本当は、大阪の体罰事件における市長の教育行政への「介入」の問題とか、アルジェリアにおける諸国の「介入」の問題とか、色々書こうと思ったけど、まとまらないので、またの機会としたい。

(未完)
スポンサーサイト

安全保障論の根本、それは「不安」である、という話なんでしょうな。 - 土山実男『安全保障の国際政治学 焦りと傲り』を読む

 土山実男『安全保障の国際政治学―焦りと傲り』を読む。
 安全保障論の良本である。
 amazonの書評が丁寧なので、ぜひ目を通しておくこと。

 最低限、「第1章 はじめにツキュディデスありき―国際政治の焦りと傲り」は読んでおくこと。
 古代ギリシア時代の古典もバカに出来ないことがわかる(当たり前だw)。
 近代の安全保障論より、よほどツキュディデスの方が冴えていた。
 (本書では、「ペロポネソス戦争の叙述を通じてその根本的な戦争原因をアテネとスパルタの勢力不均衡にあると論じ、戦争の脅威は個人の心理状態ではなく外部的な勢力状態に因ると強調した」という風に要約されてしまう従来のツキュディデス解釈を批判し、その解釈が一面的であることを論じている。)
 その辺は、よそのブログさんのこちらの記事でも紹介されているので、是非ご一読ください。

 気になったところだけ。



 本書のカギ概念について(89頁)。

 「セキュリティ・ディレンマ」、あるいは「安全保障のジレンマ」という用語。
 つまり、互いの勢力が、自分たちの安全を図るために競うように軍備を増強して有事に備え、結果、ますます戦争への道が近づいてしまうようなジレンマのことだ。
 amazon書評だと、「例えば、自国が強大になれば自国は安全が増すが、その分他国の不安は増し、結果どんどん軍備を増強しどんどん不安になっていく」と、より丁寧に解説している。
 国際関係論とかでは有名な概念ですな。
 ・・・ちなみに、たとえ対諸外国向けの軍備が撤廃されても、国内の治安維持のための武力は維持されるだろうから、結局セキュリティ・ディレンマは引き起こされる可能性がなくならない、と本書に書いてある。(減りはするが。)

 一方、安全を強化したり、力を拡大したりしているのに、安心が得られない、これを「セキュリティ・パラドックス」と著者は呼ぶ。
 amazonの書評では、「せっかく力や領土を得ても、それを奪い返されるのではという恐怖から安心できなくなる」と、より丁寧に要約している。
 これは著者オリジナルの概念っぽいが、似た概念は他にもあるはず。
 某アメリカ合衆国が、そのパラドックスに嵌りまくってますな。



 著者は、プロスペクト理論を、国際関係論に応用する(197頁)。
 
 例えば。
 抑止される側が、その弱さを相殺しようとして、一種のパニック状況の中で、思い込みや希望的観測に基づいて「抑止理論のいう利害得失から出てくるはずの選択とは逆の選択」をとり、その結果、抑止が失敗したケースというのが結構あるわけだ。
 ・・・要するに、劣勢な側が、希望的観測に基づいて、「優勢な側にとっては不合理としか思えない選択」を執ってしまう、ということだ。
 太平洋戦争のときの日本とか考えてくれればいいと思います。
 どう考えても劣勢な側が「まさかこいつらが戦争なんて起こすはずがないだろ」って状況で、何と戦争を起こしてしまうような状況である。

 実際には、それまでに獲得したものを失わないためには、戦争にさえ打って出ることがありうる。
 プロスペクト理論に、人は得る利益より、失う損失の方を重く見てしまう傾向がある、ってのがあるけど、それがまさに太平洋戦争開戦前の交渉にも当てはまる。
 日本がこれまで得てきた植民地や勢力圏、そういったものを失うくらいなら・・・という判断である。

 また当時、永野修身が、後になると足腰が立たないが今なら勝てる、と述べたように、時間は日本に不利に作用していた。
 そして、今がチャンスだ、という考えで勝算を過大に見積もってしまい、開戦に踏み切ったのだった(282頁)。
 (太平洋戦争開戦の件については、永井陽之助も1980年代に『現代と戦略』で既に書いていて、①今開戦しなければ日本劣勢は確定、②今すぐ開戦すれば勝てるチャンスが少しある、という状況下で、日本側は、確実な損失を恐れ、不確実なチャンスに賭ける行動を取ったが、まさに、これはプロスペクト理論がそのまま当てはまる事例である。)
 
 こういった場合、抑止を成功させるには、能力の強さや公約の存在を「示威」するだけでは不十分であり、むしろ抑止する側が、相手の安全をも気遣う必要が生じる。
 これは後述する。



 キューバ危機について(vii頁)。

 あまり知られていないが、米国はミサイル・ギャップ論争などを受けて、1961年11月~翌年3月にかけてトルコに15基のジュピターミサイル(数分でモスクワが叩かれる代物)を配備している。
 それに恐怖を抱き、ソ連はキューバへMRBM(準中距離弾道ミサイル)42基を含むミサイル(数分でワシントンが叩かれる代物)を配備。
 そいつに、今度は米国が恐怖。

 お互いに、相手が攻勢に出ている、と考え、結果として、相互不安に陥り、危機を招いた。
 まさに、安全保障のジレンマの典型例だったりする。

 もともと、トルコへのミサイル配備は、アイゼンハワー時代にも検討されていた。
 しかし、ソ連の反応を懸念していたため、配備を見送っていた(271頁)。

 しかし、ウィーンでの米ソ首脳会談で、フルシチョフに押し切られたと感じたケネディは、「もしトルコへのミサイル配備をキャンセルすれば、欧州からの信頼性が低くなり、ソ連に弱腰であるとの印象を与えかねない」と判断、そして、ミサイル配備を決定する(272頁)。

 ケネディは自分が弱いと見られることを、嫌った。
 意識としては常に受身だった。
 双方が被害者意識を持って、防御的立場から相手の攻勢を非難するという構図が出来上がった。

 (ちなみにキューバ危機は、アメリカ側が毅然とした強気の姿勢に出て、結果ソ連側が妥協したようにも見えるが、実際には、「トルコに配備されたアメリカのジュピター・ミサイルを撤去するという内容の秘密合意をケネディ大統領と結ぶことができた」ゆえにミサイルを撤去したのであり、譲歩もまた、当然大事なのである。詳細、こちらの記事参照。)



 敵になめられないためには、敵に好きに乗じられないようにするためには、抑止政策が必要だが、脆弱性によって起こる戦争だとか、安全を失わないために自棄を起こしている勢力には、抑止だけでなく、相手の安全をも気遣う「保証」政策が有効である(205頁)。

 もちろん、今の状況がどれであるのかを正確にその時点で見極めることは容易でなく、程度問題になる。
 たいていの場合、後者を心がけた方がいい気がしますが、ええ。



 安全保障論の根本、それは「不安」である、という話なんでしょう、多分。
 一度得てしまった者は、失うのが怖いのです。
 自分も相手も。



 この記事の内容が、殆ど別のブログさんの記事で丁寧に解説されているので、是非そっちをお読みください。

(未完)


(追記) 2012年9月30日、一部訂正及び追加済。

「傲慢さが垣間見えると、足元をすくわれかねない」と大臣は言った -松本龍『環境外交の舞台裏』を読む-

 松本龍・著(日経BP環境経営フォーラム・編)『環境外交の舞台裏』を読む。



 著者は、就任から2日間で生物多様性やCOP10の資料を買い込んで勉強し、「下手な英語」のスピーチの練習をしたという(4頁)。
 本書に書いてあるけど、決して環境に対する意識が低い人ではない。だがさすがに、この分野の勉強は急ごしらえにやるしかなかったようだ。
 英語については、自身述べている通りなのだろう。
 そんな人が、いきなり国際会議の議長をやるのだから、心中察するものがある。
 
 そんな状況下でどのように、成功に導いたのか。



 最終的に、会議の大成功の鍵を握った「議長提案」だが、この作成に著者は加わっていない(66頁)。
 作成はチームに任せ、自身はその議長提案を以下に諸国の代表者たちに手渡すかに、神経を注いだという。

 自身の能力と文言を踏まえれば、この考えは賢明だろう。

 著者が会議において、相手の意見を尊重して発言に耳を傾け、相手に敬意をもって接し議事にあたっていたようだ。

 本書を読む限り、そして本書中の関係者の証言を見る限り、それは本当のことと思われる。



 一例として、会議進行でミスをした際、著者は素直に、その不手際を会議でわびたという(97頁)。
 議長が謝ることは前例がなかったのだが、その行動は議事にもよい効果をもたらしたようである。

 著者は、自分が出来ることをきちんとやった。



 著者は、こう述べている。 

 傲慢さが垣間見えると、足元をすくわれかねない (106頁)


 


 著者はウィリアム・サローヤンの「君が人生の時」の一説を引用している(127,128頁)。

如何なる人間の裡にも美徳を見出し、それを助長してやれ。それは世の中の汚辱や恐怖の為に人にも気付かれぬような所に、悲しみの中に、余儀なく埋もれていたのかも知れないのだ。分かりきったことは無視するがよい。それは明敏なる眼、温情ある心には値しないものだから。如何なる人にも劣等感を感じてはならぬ。また如何なる人にも優越感を抱いてはならぬ。この世の人間は誰だって皆君自身の変身(ヴァリエーション)に過ぎないのだということをよく銘記せよ

 この本を読んだ感想も、この著者に対する今の印象も、全て、この引用文に言い表されている。



 ちなみに、自身の出身や養祖父にあたる松本治一郎のことも、本書に書かれてある。

豊下楢彦『集団的自衛権とは何か』は、なぜ「集団的自衛権」以外に頁の大半を割くことになったか -あるAmazon評を読んで-

■はじめに■
 今回踏み台(←失礼)となる文章はこれです

■集団的自衛権と憲法とコスト■

現在の「集団的自衛権を行使しない」と解釈してきたことを説明するものの、なぜ保有すれども行使せずと解釈してきたかについては全く説明されない。

 本書をよく読みましょう。憲法上、齟齬が出るからだと思われます。
 要するに、集団的自衛権というのは、使ってもいいけど、別に絶対に使わなくてはならない権利ではないのです(注1)。
 で、憲法との間に齟齬が出るなら、当然、使わないのは、その国家の自由です。わざわざ改憲や解釈改憲を行うよりも、かけるコストは安く済むし、そりゃあ、集団的自衛権を封じるのは、むしろ当たり前です。
 要するに、憲法との間に齟齬が出るとめんどくさいので、集団的自衛権は行使しない、わけです。少なくとも、これが長らく引き継がれていた建前だったわけです。建前だったとしても、ちゃんと"縛り"としては機能していたのです。

■自国の判断でに敵味方を分けられないのは国家といえるのか■

筆者の主張は「行使すべきではない」ということであり、特に「対米追従」になるから、という説明を多くの紙幅を割いて説明している。これは政策論でありそれなりの理屈がある。が、逆説的にいうならば「対米追従のリスクを冒しても行使すべきだ」と結論付ける論者に対する反論にはなり得ない。NATOなどはなぜこうしたリスクを冒しても行使しているのかについては全く検証はない。

 「対米追従のリスクを冒しても行使すべきだ」という論者を論難するために、本書の大部は費やされてるんですけどね。わかっておられるでしょうか。自国の判断でに敵味方を分けられないのは国家といえるのか、という旨の本書冒頭のカール・シュミットの言葉、ちゃんとお読みでしょうか。

■「対米追従のリスクを冒しても行使すべきだ」って何?■
 「対米追従のリスクを冒しても行使すべきだ」と結論付ける論者は、例えば、北朝鮮問題とイラク問題を結び付けて論じてた人たちですね。(その過ちについては、河辺一郎『日本の外交は何を隠しているのか』が詳しいですがその件は、また別の機会に。)
 なぜ、北朝鮮問題とイラク問題を結び付けて論じてはならないか。
 それは、北朝鮮問題の担保は、在日米軍基地だからであり、この件にイラク戦争は関係ないからです。基地を交渉に使える限り、北朝鮮問題とイラク問題を交換する必要はなかったわけです。少なくとも、イラク戦争における、カナダの対処レベルまでなら、戦争を回避する努力は、本来的に可能だったと思われます。
 実際、豊下自身、「北朝鮮問題を抱えているからイラク問題でアメリカのサポートをせざるを得ないんだ。しかし、よく考えてみますと、北朝鮮問題とのバーゲニングは実は日本の基地提供でございます。」と述べています(注2)。別に、イラク戦争に加わらないからと言って、別に基地撤退をあっちが迫るわけじゃありません。米国にとってそれほどに基地のメリットはあるわけです(詳細本書)。
 日本にある在日米軍の存在だけでも十分対米貢献しているのだから、集団的自衛権の行使など、究極的にはいらないのです。在日米軍基地は、集団的自衛権とバーゲニングできるほどの素材です。

■俺のNATOがこんな対米追従なわけがない■
 「NATOなどはなぜこうしたリスクを冒しても行使しているのかについては全く検証はない」書いておいでですが、良く意味が分かりません。①集団的自衛権のNATOと日本での意味合いが違う、②そもそも、NATOは対米追従とは限らない、この二点が重要です。
 先に②の方だけ片付けておきます。そもそもNATO加盟国が対米従属なんて、イラク戦争でのフランス、ドイツ、カナダを見れば、当てはまりません。NATO加盟国は建前上対等です。少なくとも、「追従」では決してないのです。

■集団的自衛権の意味合いの違い■
 NATOの場合、米欧相互が独自の軍隊をもち、軍事的な互助関係をもちます。相互に防衛上のメリットがあります。
 で、米日の場合はどうか。在日米軍を置いてあげることによって、米国には日本に軍事的拠点が置けるメリットが、日本には軍備に伴う負担を軽減できる(米国に守ってもらう権利はあるが、自分たちは米国が攻撃されても、設定された領域外なら助ける義務はない)メリットがあるわけです。既に日米同盟にはこういった相互のメリットがあります。そして、米国はそれを新安保のときから、承認していたわけです。在日米軍という存在が、NATOの欧州諸国と日本の立場を分けているのです。
 もちろん、NATO加盟の欧州国内にも(例えばドイツなど)、米軍が駐留しているケースはありますが、これはどう考えるか。

■ドイツの場合と日本の場合■
 もともと、北大西洋条約の前身たるブリュッセル条約自体が、相互防衛条約でした。これに、翌年米国等が加わる形で、北大西洋条約が結ばれます。後年、これに新たに(西)ドイツが参加します(注3)。
 他国軍が駐留するにしても、最初から、集団的自衛権ありきだったのが、ドイツでの事例です。ドイツの場合、地理的な理由も含め、集団的自衛権を主張しない権利などなかったのです。
 一方日本の場合、旧安保だと、日本に米軍基地を置くのに、日本防衛の義務はないという片務状況でした。当然、集団的自衛権などありはしなかったのです。その後、新安保で、集団的自衛権を日本は持たないままになりましたが、これは米軍が在日米軍基地を重視した結果だと本書に記載があります。日本側は、俺らちゃんと再軍備して相互防衛おkなんで基地返して、と言ったのですが、米軍は、いや俺基地残すから、と返答します(本書内の、当時の重光葵外相とダレス国務長官との交渉を参照)。基地を優先した米国の事情によって、集団的自衛権は棚上げとなったわけです(注4)。

■基地と集団的自衛権■
 集団的自衛権を新たに認める場合、日本側には、メリットはなくなります。個別的自衛権で処理できる地域の外で米国が攻撃を受けた場合、米国を助ける義務を負ってしまうことになります。基地を置いてあげている代わりに双務的義務を免れているのが現状なのに、こんな国益を損なう真似は、止めとくべきでしょう。
 ちなみに、コスタリカの事例が本書では引かれております。コスタリカの場合、必要な時には再軍備を行うことが憲法に書きこまれており、米州機構に加盟してて、過去に米国の戦いに参加していること、しかし自国外には"軍隊"を出さないこと、が本書に書かれています(注5)。ちゃんと自国の国益を考えてます。
 集団的自衛権を行使しようとか言う人たちは、日本が米国を助ける義務が増えるする以上、当然、在日米軍駐留に伴う負担の軽減を要求するのが筋でしょう(基地自体の負担、費用の負担を視野に)。こちらにデメリットが出ることを容認するなら、当然こちらもメリットを要求すべし。これがリアル・ポリティックスでしょう(在日米軍基地の負担が減った分、自国の軍を強化すべきかどうか、その程度も含めて重要な論点ですが、これはまた今度。)

■まとめ■
 要は、わざわざ「対米追従のリスクを冒しても行使すべき」なメリットなんて、何にもないのですね。逆に聞きたいんだけど、その時得られるメリットって何でしょう。そんなことも答えられない人々が跋扈していたのが、あのときの内閣時代だったのかなあ、としみじみ。
 まあ結論は、「対米追従のリスクを冒しても行使すべきだ」という論者を論難するために、本書の大部は費やされた、です。

(終)


(注1) 詳細な経緯は本書を参照。「第五十一条  この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない」(「自衛権 - Wikipedia」より)。「害するものではない」わけです。あくまで。

(注2)「第159回国会 参議院憲法調査会 第2号」(『参議院憲法調査会』)

(注3)「ブリュッセル条約 - Wikipedia」を参照。曰く、「ブリュッセル条約…北大西洋条約機構 (NATO) の前身…ヨーロッパの相互防衛を定めた…NATOと大きく異なっているのは、ヨーロッパの相互防衛の規定として仮想敵国としているのがドイツとしていること…である」。ブリュッセル条約の場合、仮想敵国はソ連ではなく、何とドイツでした。これじゃあ、集団的自衛権放棄したーい、なんて口が裂けてもいえません。

(注4)もっと詳しい内容については、「豊下楢彦という国際政治学者」(『天木直人のブログ』)を参照。

(注5)「コスタリカ - Wikipedia」参照。対外的に派遣しているのは、軍隊ではなく、カテゴリー的にはあくまでも"準軍隊"のようです。この準軍隊の中身については、足立力也『丸腰国家 軍隊を放棄したコスタリカの平和戦略』を参照。


(追記) 自民党が集団的自衛権について騒ぎ出しましたが、別に狙ってこの記事を書いたわけではありませんでした。
 それにしても自民党は、せっかく与党に返り咲くチャンスをみすみす逃しているようです。自分たちに好意的で居てくれそうな、党の潜在的な左系支持派を逃すというのは、これから政権を執らんとする政党のすることではありません。とりわけ、自身の政党を目立たせるためとしか思えない、このタイミングでの発表は、実に現与党並みの下劣さといえるでしょう。


((更に追記)
 こちらの意図が分かりにくかったのかもしれませんので、より簡潔に。
 要するに、日本の保守系の人々が、「憲法改正や集団的自衛権の行使を「対等性」とか「双務性」といったタームで位置づけているのに対し、米国は「目上のパートナー」として日本をそのコントロール下におきつつ、その「軍事貢献」を最大限に活用しようとしているのである」ということです。すれ違っているのです、相互の意図が。
 現野党の自民党様は「軍事的に米国と対等になろうと躍起だが、肝心の米国はそんなことは全く思っていない。むしろ対等になってもらっては困るのであり、完全に空気を読み違えている日本の姿がここにある」わけです。「米国にとっての理想の日本像とは忠実な下僕として米国の言いなりに素直に従ってくれる日本」なのです(以上、「BOOK REVIEW 144 豊下楢彦『集団的自衛権とは何か』」『ケイジスタ』様)。そんなものです。

小論:江畑先生と斬首戦略、について -普天間基地の問題-

■前段■
 某掲示板の記事のコメ欄の方で、なぜか、拙記事へリンクが張られていました。どうやら、故・江畑謙介氏の普天間基地問題への言及ということで、取り上げられたようです。本当の出典元は、「軍事板常見問題&良レス回収機構」様なのですが。
 詳細は、拙稿「仮説的に、九州への代替基地移設の可能性を考える」か、出典元をご参照ください。
 その際こちらは、「全部とは述べておりませんが、大半の海兵隊を九州に移設させることは可能かもしれない、と江畑氏は述べていたようです。グアム移設分も考慮すると、残りの部隊の九州移設は、実現性が高いように思います。」と書いています。
 それに対して、コメ欄には、

>162
でも、結局徳之島案も鼻で笑われる程度でおしまい、グアム移転もありえない。
主力は相変わらず沖縄。
江畑さんにしたって“大半移せるかも”というだけで、結局一部は残すというアイデア。
(やっぱり、ヘリですぐに行ける先遣隊は必要ということだろうね)
江畑さんでも間違いがないわけじゃないし。
Posted by 名無しT72神信者 at 2010年09月06日 19:56:53

 このブログのコメ欄の評判の良く無さについては説明するまでもありませんが、とりあえず、この江畑先生への敬意の無さは、気に食わないものがあります。それに、解釈にも問題があるように思います。実際、

# >167
>やっぱり、ヘリですぐに行ける先遣隊は必要ということだろうね
エバケンはそんなこと一言もいってないぞ。
Posted by 名無しT72神信者 at 2010年09月07日 00:14:09

 というコメ欄の突っ込みもあるようですので、一回検証してみます。こういうツッコミがきちんとある点、素晴らしいですね。

■本題■
 「主力は相変わらず沖縄」という"信仰告白"については、ノーコメントです。結局政治的な問題に過ぎない、というのがこちらの考察するところですが、これも置いておきましょう。弊ブログの主張については、例えば「普天間」を検索していただければと思います。
 さっそく、「(やっぱり、ヘリですぐに行ける先遣隊は必要ということだろうね)」という薄弱な推論を検証してみましょう。(ただし、以前に書いた時とは少し考えが違いますので、その点ご注意ください。)
 まず、こちらの知る限り(たいして知ってませんが)、江畑先生による斬首戦略へのコメントは、聞いたことがありません。
 ただ、「この案を実現するためには,「いつでも海兵隊が沖縄ないしは日本にやってこられる」という能力を具体化し」と述べているので、沖縄に海兵隊を集める必要性がないような読み方が可能ですし(あくまで「可能」ではありますが)、「実際問題として,高速輸送艦の実用化により,こと東アジア地域においては,米海兵隊の基地が沖縄にあろうが九州にあろうが,移動に要する時間はそれほど違わないという条件になってきた.」というのを読む限り、やはり、江畑先生は斬首戦略をあまり気にしていない、というべきではないでしょうか。気にする人は、こんな書き方をしないと思います。
 「既に九州の日出生台演習場には海兵隊砲兵部隊が実弾射撃の訓練のために,ほぼ定期的にやって来ている.それが面倒なので,砲兵部隊だけでも本土に移転させたらどうだろうという案が日本側から出ている.ならば,いっそのこと沖縄の海兵隊部隊の大半を,九州に移動させるという方法も検討してみる価値があるだろう.」と書いていますし、「海兵隊の遠征部隊(MEU)を載せる揚陸艦部隊が佐世保を母港としているなら,九州に沖縄の海兵隊部隊を移転させるという方法も考えられるのではないか」とも書いています。
 読解の可能性として、「現状は海兵隊の大半のみを移動→将来的には全部も視野に」と読みうるのではないかとこちらは考えます。「沖縄の海兵隊部隊の大半を,九州に移動させるという方法も検討してみる価値がある」というのは、「砲兵部隊だけでも本土に移転させたらどうだろうという案」に対応した言及であって、「実際問題として,高速輸送艦の実用化により,こと東アジア地域においては,米海兵隊の基地が沖縄にあろうが九州にあろうが,移動に要する時間はそれほど違わない」という言及を見れば、将来的には、その可能性は否定できないと思います。
 まあ仮に、「大半のみの移動が限界」説だとしましょう。しかし先生は、「高速輸送艦の実用化により,こと東アジア地域においては,米海兵隊の基地が沖縄にあろうが九州にあろうが,移動に要する時間はそれほど違わないという条件になってきた.」といっておりますし、それに、斬首戦略を当時先生が知らなかったとは考えにくいのです。
 とすると、やはり、【斬首戦略があったから、沖縄に海兵隊を残留させたのだ】という理由付けは考えにくいのではないでしょうか。
 さらに補足情報として。江畑先生は、「当時はまだ「プレゼンス」という概念,すなわち,そこ(沖縄)に常に存在している(周辺地域にその存在を見える形で示し続ける)という点が重要で,この方式はあまり現実的ではなかったが,時代は変化した./本文で述べたように,従来の恒常的プレゼンスの概念に代わって,必要な時にその場に米軍戦力が展開できるような能力を維持することが重要と考えられるようになってきた./それならば米海兵隊は沖縄に常駐している必要はないはずである.装備はオハンロン/モチヅキ案のように,事前集積船に搭載しておけばよい./だが,この案を実現するためには,「いつでも海兵隊が沖縄ないしは日本にやってこられる」という能力を具体化し,示して見せねばならない.」と述べています(前掲)。
 これを読む限り、ここでも斬首戦略は気にされていないのです。「いつでも海兵隊が沖縄ないしは日本にやってこられる」という能力を具体化することが条件ですが、常駐の必要性はないようなのです。
 以上、読解の可能性として、江畑先生が「全部九州移設」説を考えていた可能性は、ありうるのではないかと考えます(異論はありうるでしょうが)。そして今のところ、先生が斬首戦略を考慮に値するだけの一件と認めていたかといえば、その可能性はかなり低いでしょう。
 前者の異論は認められますが、後者は正直認め難いです。

(了)

意外な中国外交の側面 -川島真,編『中国の外交 自己認識と課題』

 中国という国は、どんな外交をやっているのか。最近はアフリカでの外交のことがよく話題に上がるようです。
 それを学ぶのに、川島真,編『中国の外交 自己認識と課題』はお勧めです。日本の第一線の研究者が、論文を書いていますし、興味あるテーマからお読みいただけます。今回は面白いところだけをピックアップしましょう。

 まずは、川島真「中国外交の歴史 中華世界秩序とウェストファリア的理解の狭間で」を取り上げます。
 面白いのは、「清末にはすでに、列強からの侵略の過程を、アヘン戦争を起点に描くという歴史叙述があらわれている」という点です(15頁)。中国が侵略されていることを強調する物語(=歴史)は、共産党がいきなり創出したものではないのです。ただし、まだこの時点では、日本は侵略国として突出して強調されているわけではなかったのです。突出するのは、中華民国時代以降のことです。
 しかも、「中華思想という中国外交の説明方法は、一九三〇年代に日中関係が悪化し、中国ナショナリズムを脅威として日本が認識するなかで、日本発のものとして生じたものだと考えられる」そうです(22頁)。ずばり、那波利貞 『中華思想』(1936年)が、発生させた代表例です。中国の外交を説明する語「中華思想」は、日本側から作り出されたものだったわけです。実際、さっき、NDL-OPACで、「中華思想」で検索したら、1930年代までしか遡れませんでした。
 もっと凄いのは、歴史認識問題自体、教科書問題として三〇年代初頭に、国際連盟で両国が議論を行っていた、ということです。もう30年代から、歴史をめぐって、教科書問題が起きていたわけです。昔からのようです。
 無論、中国側に有利な証拠ばかりではありません。実際、中国は、朝鮮に「租界が存在し、中国がそこで自らに有利な双務的ではない特権を享受していたことは歴史的事実」だと指摘しています(28頁) 中国は単に「被害者」ではないのです。被害者として自国を歴史の中に位置づける中国ですが、こういう点は、忘れないで欲しいところです。

 続いて、毛里和子「日中関係の再構築のために 六つの提案」です。 

 要するに、七二年対日交渉の際中国リーダーの最大関心事は、日本が台湾との政治関係をすっぱり切るかどうかであり、結果として、賠償請求放棄がそのためのもっとも有効なカードになった、ということである。

 223頁から引用しました。日台の政治関係を切ることが、賠償請求放棄の基礎条件だったわけです。日台の政治関係をずるずる日本側が引きずってるっている以上、賠償要求をあっちが言ってきても、そりゃあ文句を言えませんよ。

 最後に、石井明「中国と上海協力機構 安定した対ロシア・中央アジア国境地帯」です。
 上海協力機構では、「三悪」という敵の定義を設けています。三悪とは、テロリズム、分離主義、宗教上の急進主義の三つを指します。しかしこの定義だと、

 中央アジアでのテロリストの活動だけでなく、ロシア連邦内でのチェチェン人の独立を求める運動や、新疆でのウイグル人など少数民族の独立運動も、上海協力機構の構成メンバーが共同で戦うべき三悪勢力に含まれる、ということになる。(143頁)

 この点が、よく批判されます。しかも、アメリカ軍はアフガン戦で、「東トルキスタン」テロ組織の基地と訓練キャンプを「たたきつぶし」、中国籍の「東トルキスタン」テロ分子を捕え、中国側と一緒に尋問しているのです(145頁)。米国と中国がこれだけ仲がよろしいなら、さぞかし台湾は安全でしょうね。

フィリピン・ミスチーフ礁と米軍基地問題 -海兵隊がいなくても島は取られないかも- 【短評】

 普天間基地問題において、よく聞くのが、【普天間基地が撤退したら、日本は中国に領土である島嶼を占領されてしまう】というものです。
 もちろん論者によってニュアンスは違うのですが、その際よく持ち出されるのは、「ミスチーフ環礁」の件です。要するに、フィリピンから、米軍の海軍・空軍基地を撤退させたとたんに、中国がフィリピン近くにあったミスチーフ環礁を占拠したという事件です。日本も二の舞じゃね、という主張のようです。なるほど大変です。
 背景には、「1995年まで,南シナ海での衝突は,いずれも中国とヴェトナムによるものだった.だから大半の西側アナリストは,中国政府は南シナ海での軍事行動を,当時,国際社会で孤立状態にあったヴェトナムだけに限定していると思いこんでいたのだった」というのがあるそうで (注1)。

 でも、なんだか気になります。米軍撤退がそのまま、中国による環礁占拠につながるのでしょうか。実際、もしこの場所が軍事的要衝なら、アメリカから奪還協力要請を、「スプラトリー諸島は同条約の範囲外であるとして,これを断ら」れてしまうようなことはないはずなのです(同上)。一回検証してみましょう。
 Wikipediaには、「1995年に中国は、フィリピン海軍がモンスーン期でパトロールをしていない時に、ここに建築物を建造した」とあります(英語版wiki:"In 1994, the PRC built initial structures on stilts here while the Philippine Navy wasnot patrolling the area due to a monsoon season.") (注2)。ニュースソースとして、Wikipediaは適当ではないかもしれませんが、攻め落とされたとか、そういったことではなく、パトロール中の隙をついて占領した、というのが実情のようです。まさか、そんなのはウソのような気もします。
 では、黄岩島での事例を検証してみましょう (「黄岩島 - Wikipedia」を参照)。
 「1997 年4月30日、フィリピンの二人の衆議院議員が軍艦に乗って黄岩島に上陸、旗と碑を立てて、中国漁民の妨害と威嚇を行な」い、「1999年6月、フィリピン教育部は新しい地図に黄岩島と南沙諸島を版図へ入れた。8月、フィリピン政府は「南沙諸島はフィリピン領土」である旨の憲法改正によって領土拡張を試み」、「2000 年、フィリピン海軍が中国漁船船長を1名射殺」と、フィリピンは随分、中国に立ち向かっています。これを知ったら、日本の中国嫌いの人たちもさぞかしお喜びのはずです。
 少なくとも、フィリピンは2000年くらいまでは、中国に対しては、行動的態度で一応は応対していたようです。となると、「フィリピン海軍がモンスーン期でパトロールをしていない時に」占領したという説も、間抜けなように聞こえますが、フィリピンがすくなくとも2000年当時、中国にある程度まで伍していたということになるわけですから、なんだか本当のように聞こえてしまいます。
 ここから推察されるのは、アメリカ海軍云々はそれほど関係ないのであって、ミスチーフ環礁の件は、むしろフィリピン側の対応不足と読むべきなのだろうと思います。実際、この島が奪われたのは、「1995年1月、中国軍がパラワン島沖にあるフィリピンの主要石油埋蔵地から150マイル足らずのスプラトリー諸島にあるミスチーフ環礁からフィリピン漁民を追い払い」 とあるように、艦船同士の衝突等とは関係ない状況で起こったと思われるからです (注3)。

 この問題は、米国の撤退のことよりも、フィリピン側の防衛・監視体制の不備が原因です。黄岩島を見ると、おそらく、米軍とフィリピン軍の「引継ぎ」不足こそ原因と見るべきでしょう。米国の基地撤退ももちろん一つの遠因ではありますが、それ以上に、重要な要衝である(はず)の場所に対するフィリピン側の防衛体制の甘さに、最大の要因があるでしょう。
 極論を言うなら、現在の中国がしているような、ミスチーフ環礁の「要塞化」ぐらい検討すべきだったのだと思います。本当に取られたくなかったなら、財政難でもそうするべきだったでしょう。もっとも、当時「大半の西側アナリストは,中国政府は南シナ海での軍事行動を,当時,国際社会で孤立状態にあったヴェトナムだけに限定していると思いこんでいた」ようなので、中国に他国が警戒を怠らない(はず)の現今には、ミスチーフ環礁の件は、あまり事例として使えないような気もします。あの時とは違い、みんな中国を警戒している、という違いがあるのです。
 ともあれ。教訓は、①米軍基地撤退の際はきちんと期間を設けて軍事的引継ぎをすること、②本当に重要な島嶼は緊密な監視(場合によっては要塞化)が必要であること、です。ミスチーフ環礁の件は、【米軍基地撤退絶対ダメ】という教訓よりも、【撤退する前に準備はキチンとねッ d(・∀・*)】という教訓がふさわしいでしょう。

 結論:普天間の問題と、当時のフィリピンでの基地の問題とは、結びつきの薄い問題です。①当時と現在との中国に対する警戒の度合が異なること、②後者の場合、米軍の存在というよりも、フィリピン側の警戒が甘かったのが原因であること、以上2つの理由です。


(注1)項目「中国海軍」『軍事板常見問題&良レス回収機構』様を参照。

(注2)「ミスチーフ礁 - Wikipedia」を参照。

(注3) 「うみのバイブル第3巻」『日本財団図書館』様。
     なお、拙稿よりもずっと早く、中国のミスチーフ環礁占領に対する俗説に対して、批判したものが存在します。「安易な「米軍基地撤退後のフィリピン」を真に受ける無知なテレビ評論家たち」(『いい国作ろう!「怒りのぶろぐ」』様)です。是非、ご参照ください。


 (追記) 「本当に重要な島嶼は緊密な監視(場合によっては要塞化)が必要である」と書きましたが、この点をきちんと説明したものとして、「井上孝司の Defense Column~ 日本に CTOL 空母が必要か?」があります。曰く、

「尖閣諸島に対する中国の軍事力行使が心配だというのなら、空母なんぞ建造するよりも、九州や沖縄の基地に弾薬やスペアパーツを大量に事前集積しておき、緩急あるときには本土の基地から戦闘機と人員だけ派遣できるようにすればよい。いわゆる「不沈空母」の発想だ。」

 なお、【普天間基地が撤退したら、日本は中国に領土である島嶼を占領されてしまう】という議論ですが、フィリピンの場合、撤退したのは「米軍の海軍・空軍基地」なんですよね。海兵隊の基地は、じゃあ不要ってことですかね。どうなんでしょ。

2010/10/17 題名含め、改訂

イスラム武装勢力を刺激しない米軍の駐留方法(を勝手に考える) 【短評】

 加藤朗『テロ 現代暴力論 (中公新書)』によると、84年のベイルートからの米軍撤退は、テロが原因でしたが、このテロにはシリアの関与が疑われたそうです(36頁)。
 ベイルートから米軍が撤退して、やっと中近東から米軍は去った。しかし、アフガンにソ連軍がいた。ソ連軍は、米軍が支援していたムジャヒディンたちが、撤退させた。やっとソ連が撤退したと思ったら、今度は湾岸戦争後に米軍がサウジアラビアに駐留し始める。よりにもよって、聖地メッカとメディナを抱えるサウジに駐留する。
 どうやら、イスラームの武装勢力は、米軍が聖地のあるサウジに駐留することが、気に食わないようです。まあ、無理もないといえば、無理もありません。おそらく、武装勢力ならずとも、この事態に不満を抱く一般のムスリムはいるでしょう。
 ではどうしたらいいものか。勝手に解決方法を考えてみようではないですか。

 ①米国軍を米国国籍ではなく、名目上サウジアラビア軍にしてみる。
 隊員もいっそ国籍を、名義上サウジにしてしまうという離れ業もいいかもしれません。しかし、これだと、「偽装」という批判が出てしまいます。ならば、
 ②米国軍ではなく、多国籍軍を結集して、駐留する。
 米国帝国主義という批判はかわせるようになるでしょうが、今度は、「欧米列強の帝国主義」などとののしられる可能性もあります。他のイスラーム諸国を加えるという方法もあります。しかし米国以外の国に、この方法にメリットがあるかどうか。駐留しているのは、基本的には、米国の都合ですし。現状は難しいかも。じゃあ、
 ③サウジアラビア軍を、強化して米国の代わりにする。
 これならいい方法じゃないかと考えたのですが、欠点がいくつもあります。まず、サウジは、米国に同盟する一方で、イスラーム急進派に資金提供を行っていました(います)。この二面性が、曲者です。「味方であり、かつ潜在的な敵」という考えを、この方法だと、合衆国に一層もたらしてしまいます。それに、米国の軍事的ノウハウを、そう簡単に合衆国は渡さないでしょう。

 まあ武装勢力は、例え米国がサウジ駐留を止めても、今度はサウジと米国の間の同盟関係を問題にして、攻撃を加える可能性もあります。じゃあ、どうしたらいいのか。とりあえず、今回は、撤退の可能性だけ考えます。
 実のところ、米軍の駐留人数が、サウジより多いクウェートの方が問題です。また、「アメリカ軍が中東における軍事プレゼンスの軸足をクウェートやカタールに移したため、今日、キング・ハリド軍事都市におけるアメリカの駐留は最小限」なので、サウジからの米軍撤退は決して難しくない気もするのです。(注1)
 サウジから撤退しても、しかし、カタールとクウェートとバーレーンの軍事基地の問題は、残ります。
 問題は振り出しです。また今度考えます。


(注1) 「キング・ハリド軍事都市」 - Wikipediaより


 (追記) まあ、きちんとした方策としては、①米国は中東地域における中立的バランサーとして可能な限り振る舞うこと(石油問題もあるので困難ではありますが)、②その際イスラエルへの支援は中東情勢のバランスを崩さない程度にまで抑制すること、③アラブ世界の民衆と、イスラームの過激派武装勢力とを、分断させるよう政策を行うこと、以上三点です。こんな風に書くと、常識的で面白くないのですが。
 要するに、中東諸国に対して「分割して統治」する戦略が有効です。もちろん複雑な中東情勢には、それは困難なことではありますが、下手に介入するより、調整役として振る舞うのが吉です。米国に出来るかどうかは、不明ですけど。
 そのため、イスラエルに与する姿勢を控えて、中立者として振る舞うのがベターです。オバマ政権の姿勢はそれに近いものでしょうか。なにより、イスラームの過激派武装勢力を攻撃する際、中東諸国の民衆を刺激しないやり方が一番です。まあ、それが現状できていないから、イラクやアフガンが、今に至るまで安静を保っていないのでしょうが。①と②があっての、③です。要するに、困難です。


 2010/7/11 追記済

仮説的に、九州への代替基地移設の可能性を考える /普天間問題と斬首戦略について

■これまでの斬首戦略に関する拙論のおさらい■
・ソ連による、アフガンのアミン大統領暗殺作戦は、台湾での斬首戦略の参考にはなりません。
・台湾側の軍事指揮権について、総統継承順位の法的整備のことは、念頭にありますか?
・海兵隊だけでなく、台湾の部隊(特殊部隊含む)のことも気にかけてあげてください。
・中台問題の発端は、米日の二股外交にある以上、軍事より先に、外交で片をつけてほしいと思います。
・沖縄の海兵隊駐留云々よりも、米国海兵隊の台湾派遣を、米国に対して法的に義務付ける方が、先です。

■「会議室」対「現場」? 斬首戦略の現実性について■
 さて、斬首戦略ですが、実はこれに否定的な学者もいます。テロ分野の研究で知られる、ロバート・ペイプです。斬首戦略は既に、アカデミックに論争を引き起こしていたようで、どうやらこの論争は「空軍関係者や政府高官などの間では明らかにワーデンの首切りを支持するものが多いのですが、国際関係論の学者(当然リアリストたち)の間では明らかにペイプの支持をするもの、という風にハッキリとわかれ」るようです(「首切り戦略:その2」『地政学を英国で学ぶ』様)。現場と学者の相違、ということなのでしょうか。
 しかも、「首切りで解決しない例としては、パレスチナのヤシン氏の件があると思います。一国の元首とは違い、武装組織を相手にした場合、いったんリーダーを殺害した場合でも、次から次へと新しい指導者が出てきて結局泥沼になってしまうというケースが良く見られます」。「ミアシャイマー(とペイプ)はまさにこういう観点から「首切り戦略」は効かないと論じております」(出典同上)。なので台湾を、指導者の引継ぎが凄くスムーズな体制にしておくのも、ひとつの方法かもしれません。その点で、前回の拙論には、相応の説得力がある、と自賛しておきたいと思います。

■主力部隊つきの場合の斬首戦略?■
 「中国の特殊部隊が台湾行政府・軍指揮施設を占拠し,台湾軍の指揮系統を麻痺させ,本隊の侵攻を助けようとする手段に出て来た場合」とか、「特殊部隊だけで全てを完遂する作戦は少し考え難いのですが,主力部隊と呼応しての作戦ならば十分に有り得る事です」というふうにおっしゃっています(出典既出)。なので、この作戦は、特殊部隊と主力部隊とが連携するパターンもあるようです。しかしそうなった場合、別の困難が待っています。
 「一台湾人」という方のご意見です(「海兵隊関連」『軍事板常見問題&良レス回収機構』様)。まず、「増援部隊集合,待機→特殊部隊出発,台湾政府制圧→増援部隊出発,という寸法」を想定されており、「大部隊の集合は非常に察知しやすく,我々の政府要人は恐らく敵部隊集合中を察知した時点で,どっかに疎開します」と指摘しています。
 また、「台湾の戦闘機,防空ミサイルをどうやって片付けるのか?」。仮に中国のミサイル攻撃で空港滑走路を破壊するにしても、ミサイルの場合、「固定サイロなら燃料注入時に察知できるし」、「平時は格納庫に格納しているので,運び出した時点でばれます」。「戦闘機は,中国がミサイル発射を準備し始めた時点でスクランブル離陸し,空中に退避待機させます」。主力部隊が備えるシナリオの場合、作戦成功にはこうした困難が待っています。
 この方は、「私は,特殊部隊の狙いは政府要人などよりも,こういう固定基地への襲撃だと思います.結論からいうと,台湾の防空戦力が生きているうちでは,特殊部隊も増援部隊も無事到着すら難しいです.」というご意見のようです。確かにこちらの方が現実性があります。台湾側の地上戦力による反撃なども考慮に入れるかぎり、この予測に賛成です。大陸側・台湾側の相互の戦力を測る限り、大陸側の主力部隊による台湾制圧の成功の可能性は、低いものとみるべきでしょう。
 米海兵隊が「台湾が自ら中国の手先になる可能性」までも想定しての台湾有事用という意見については、賛否あるでしょうが、可能性は否定できません。
 以上をふまえると、大陸側の特殊部隊が、主力部隊との連携をとろうとすると、動きを察知されて、特殊部隊の活動の有効性を落としてしまう、というわけです。(注1)
 特殊部隊単独の場合については、既に説明したとおり、斬首戦略の成功の確率はほとんどありません(歴史的見地から考えて前例がないうえに、不確実性が高過ぎる)。そんなことを考える暇があるなら、大陸側による国家テロの心配をした方が早いように思います。そしてこの対策というのは、台湾側の警察機関がメインの仕事でしょう。斬首戦略というのは、大陸側が、本格的な国家テロを仕掛けてきてから、心配するべきことなんじゃないでしょうか。何事においても、順序というのは大切だと思うのです。

■仮説的に、九州への代替基地移設の可能性を考える■
 突然ですが、小川案よりも一層現実的な案は無いのでしょうか。普天間基地の代わりとして、キャンプハンセンに基地を新設して、そこを有事のために空けておくという小川案ですが、結局、県内に基地があることには変わりありません。(注2)そこで岡本智博「「普天間基地」移設問題の本質について」(『特定非営利活動法人 ユーラシア21研究所』)という論説を呼んでみることにします。
 まず、「平時において紛争を抑止する機能を重視すれば、事前に前方駐留(Forward Presence)しておくことには意義がある」というのは、おそらく間違っていないはずです。これは、他の要因との勘案で、つまり政治的利害・経済的利害・予算的利害などとの関係の中で、決定されるべきでしょう。要するに、日米間で政治的に、「前方駐留」できない、と決定することも出来るでしょうし、日本側が、お金出せません、といって「前方駐留」を拒否するのもありえる話です。
 それはともかく。彼の意見は、「辺野古地区には将来は民間空港に移管されることを条件に、微修正を含む現行案で米海兵隊の航空部隊移駐施策を了承する。そして、米海兵隊の陸上部隊の移設先として、長崎県佐世保市相浦に所在する陸上自衛隊駐屯地を明け渡す。」というものです。「代わりに陸上自衛隊はキャンプ・ハンセンに移駐し、新たな駐屯地を開設して陸上自衛隊の沖縄配置を実現する。そして、米海兵隊航空戦闘部隊は長崎空港に移駐し、民間との共用により新たな部隊運用を開始する。」という案だそうです。九州への移設に、可能性はあるでしょうか。
 この問題については、「ヘリコプターの進化と沖縄海兵隊ヘリ部隊の合理性」(『週刊オブイェクト』様)という記事が参考になります。
 「例えばもし、揚陸艦を用いて台湾への支援に向かう状況が生じたとしても、佐世保から台湾へ向かう途上に沖縄があるので、ホワイトビーチに立ち寄って地上部隊を回収し、洋上でヘリを収容しつつ向かえば時間的ロスは殆ど有りません。仮に地上部隊を佐賀県に置いても、装甲車など重装備を搬入する時間は必要になります。つまり地上部隊が佐賀にあろうが沖縄にあろうが、このケースではどちらでも差が生じません。ただし既に述べている通り、強襲ヘリと陸戦部隊が揚陸艦の援護無しで作戦を行う場合を考える都合上、佐賀県配備は出来ません。」
 裏を返せば、「強襲ヘリと陸戦部隊が揚陸艦の援護無しで作戦を行う場合」を除けば、佐賀・長崎方面への配備が可能になりうるようです。なるほど、勉強になります。
 で、これまでの立論を検討する限り、「強襲ヘリと陸戦部隊が揚陸艦の援護無しで作戦を行う」可能性は、低いです。つまり、斬首戦略の実現可能性は、低いのです(正確には、真剣に検討するに値するかどうか疑問符がつく、というべきでしょう)。そうなると、九州への配備は、実は比較的実現性の高い案なのかもしれません。
 だんだん、九州移設もいいような気がしてきます。もし国外が現状難しいとすれば、県外移設になるのですが、わざわざ県外にまで海兵隊の駐留用施設を新設してあげるのは、コスト的に厳しいです。その点なら、上記九州移設案は、魅力的です。(注3)(注4)
 ただし、変更すべき点として、辺野古地区に将来民間空港に移管されることを条件に基地を建設して普天間の海兵隊・航空戦闘部隊を辺野古に一時的に移転する、という箇所は、異論ありです。これは小川案の意見とも被るのですが、わざわざ基地を作らなくても、移設完了までの間は、暫定的に県外のどこかの施設においておくだけで大丈夫だろうと思います(暫定移設先の地元の合意を以って、が条件ですけど)。
 実際、「佐世保市相浦に米海兵隊が納得する施設を提供すれば、辺野古にわざわざ基地を建設しなくても、アメリカがロードマップの他の部分を撤回する事なく前進できると考える。」「相浦の自衛隊駐屯地だけでは、海兵隊の地上戦闘部隊と航空戦闘部隊の両部隊を迎えるには敷地が足りないので、その近辺に土地を提供しなければならないが、それに本土の人間が反対するようでは、沖縄の負担軽減など永遠に実現できない。」というご意見もあります(「普天間問題の解決案」『Just Another Day in the Life of KC』様)。この案が、比較的実現性の高い案だと思われます。

■番外編:エバン・エマール要塞の件■
 エバン・エマール要塞でのドイツによる奇襲作戦を例に挙げて、斬首戦略を肯定しようとする人もいるみたいです。この要塞への奇襲というのは、少数の特殊部隊で短時間で要塞を占領した、歴史的事例だからです。しかし、これを好例として用いるのは、難しいと思います。
 「奇襲降下部隊の配置に個人的興味をもったドイツ総統アドルフ・ヒトラーは自身の個人的なパイロットであるハンナ・ライチュからグライダーがほぼ無音で飛行できるということを聞いた後でグライダーの使用を命令した。これはベルギーの対空防御がレーダーを使用せず、音の探知を行っていたため」だそうです。エバン・エマール要塞の件は、奇襲部隊が敵に察知されないことによって、可能な作戦だったわけです。中国側のヘリコプターは、音も出ない上に、レーダーにも映らないのでしょうか。(お詳しい方は教えてください。)
 果たして、敵に探知されないような隠密かつ迅速な奇襲攻撃が、今回の斬首戦略には可能でしょうか。これが一点目。
 「エバン・エマール要塞の占領は、戦争においてグライダーを攻撃に使用した最初であり、同様に成形炸薬を最初に使用した戦いである。ヴィッツィヒにより率いられたグライダーは要塞の「屋根」に着陸した。そこで、彼らは、砲塔を破壊し無効化するために成形炸薬を使用した。」
 この戦いは、「成形炸薬を最初に使用した戦い」でもありました。つまり、最新テクノロジーが使われた闘いだったのです。成形炸薬によって、砲台は破壊されました。ベルギー軍は、この展開を予想できていなかったのではないでしょうか。中国側は、成形炸薬に匹敵する最新の兵器などを使ってくるでしょうか。これが第二点。
 後者はともかく、前者は大変重要です。もしかしたら、ヘリの場合、低空であればレーダに察知されにくく、音もでにくい、という特性があるのかもしれません。しかし、それでもなお、疑問点はあります。
 「ドイツ軍の降下猟兵部隊のいくつかが要塞を襲撃、要塞内のベルギー軍駐屯部隊の動きを封じ、要塞内の火砲を使用不可能にしたため、ドイツ軍は運河上の3つの橋を同時に占領した。要塞を封じたドイツ降下猟兵部隊はドイツ第18軍と合流するまで橋をベルギー軍の反撃から防衛するよう命令された。」
 ここからわかることは、降下猟兵部隊以外の部隊が、橋を占領する役割を与えられていたことです。つまり、その部隊以外にも、兵隊はいたのです。ドイツ軍「493 名[1]」に対して、ベルギー軍「推定で1,000名以上」。仮に、「ベルギー駐屯部隊は2,000名」だったとしても、1:4の割合です。もちろんこれらの部隊は特殊部隊ではないので、そこは差し引くべきですが、奇襲に必要な人数比率は、1:4 程度が限界ではないでしょうか。
 人数だけならまだしも、「ベルギー軍の計画では要塞と付属する防衛拠点の駐屯部隊が攻撃に対して持続的な戦いを行うことを要求しておらず、運河東岸の分遣隊が撤退、橋を破壊し、遅滞行動のために戦う準備ができるように攻撃前に十分な予兆があると仮定していた。防衛部隊はその後、デイル川沿いの主防衛線へ撤退、そこで連合軍と結びつくことになっていた[8][9]。」という以上、要するに、確かに戦略的な要衝であったにせよ、この要塞は、時間稼ぎ用のものでした。この点を考慮する必要があります。本件の奇襲の成果を、斬首戦略の有効性の証拠にしようとするなら、この点までも考慮が必要でしょう。(注5)
 以上、エバン・エマール要塞の件への突っ込みでした。次回は、スプラトリー諸島と中国脅威論についてのお話になると思います。
(上記、Wikipediaの「エバン・エマール要塞の戦い」・「エバン・エマール要塞」からの引用を使用)

(続く)


(注1) 大陸側による台湾占領の可能性については、田岡俊次『北朝鮮・中国はどれだけ恐いか』もご参照ください。2007年に書かれた書物であることは割り引くべきでしょうし、しかも元帥の著作なのですが、彼の述べる結論は、正しいものと思います。元帥の斬首戦略への見方は、拙訳ですと、「斬首戦略?、そんなもん、中共軍が台湾を正面から攻めたら絶対無理だって分ってるから、苦し紛れに出した戯言だろ。逆にこんなもん出してくる時点で、中共が台湾を占領するのが無理って分っちゃう訳ですよ。」となります。

(注2) 沖縄に基地だけ作っておいて、部隊が使えるようにだけしておくという議論ですが、批判される点も含みます。
 「普天間の部隊は大部分が移転するけれど、基地はそのまま維持しておいて、必要なときだけ部隊を戻す、という形です。あるいは普天間以外の基地でもいいですが、とにかく情勢不穏となった時にだけ沖縄へ移動する形です。」(「普天間移設、および軍事は政治の道具だということの意味(追記あり)」『リアリズムと防衛を学ぶ』様)。
 この議論に関して、丁寧にデメリットが指摘されています。「情勢が緊張した時には、部隊を沖縄に移動させるという行為、それ自体がさらに緊張度を高めてしまいます。だから下手をすれば「まずい、沖縄に部隊が帰ってきたら手が出しにくくなる。じゃあその前にイチかバチか」と中国に決意させてしまうかもしれません。」

(注3) 補足として、江畑謙介『米軍再編』の2006年時点での議論も引用しておきましょう(「沖縄基地移転問題」『「軍事板常見問題&良レス回収機構」』様)。
 「「いつでも海兵隊が沖縄ないしは日本にやってこられる」という能力を具体化し,示して見せねばならない.(略)それには沖縄,ないしは本土に事前集積船からの装備を降ろし,近くの飛行場に空輸されてきた海兵隊員と合体させ,その装備を持った海兵隊員がかなりの大きな部隊規模で訓練を行える場所を確保する必要がある.(略)本土では,例えば後述する九州に港湾施設と装備と兵員を合体させる場所,そして訓練場を(日米共同使用の形にせよ)確保できないだろうか.(略)海兵隊の遠征部隊(MEU)を載せる揚陸艦部隊が佐世保を母港としているなら,九州に沖縄の海兵隊部隊を移転させるという方法も考えられるのではないか.(略)いっそのこと沖縄の海兵隊部隊の大半を,九州に移動させるという方法も検討してみる価値があるだろう.
 全部とは述べておりませんが、大半の海兵隊を九州に移設させることは可能かもしれない、と江畑氏は述べていたようです。グアム移設分も考慮すると、残りの部隊の九州移設は、実現性が高いように思います。確かに、2007年度版の『米軍再編』にはこの事柄は触れられていません。しかし、2007年度版が2006年度版と補完関係にあることは、江畑氏自身があとがきで述べているので、九州移設の可能性は、やはり高い実現性があるように思うのです。

(注4) グアムには本当に、沖縄の海兵隊全部を移設するには収容能力に限界があるのか。これに関しては、地元側の意見として出されていることであり、実際どうなのかはこちらにはわかりませんが、地元の主張としてまずは受け入れるべき事柄と思われます。問題は、グアムの基地拡充により、グアム経済の基地依存が促進されるのではないか、ということです。これについては、拙稿「グアムでポリネシアンダンスという不可思議」をご参照ください。

(注5) 「当時ヨーロッパの要塞や保塁に配置されていたのはいわゆる要塞部隊と呼ばれるものであった。それは第一線の歩兵部隊として戦闘に従事したり、行軍したりという事にはもう不向きな年配者の徴収兵から成る部隊に付けた体裁のいい名称であり、十分な歩兵用装備や輸送力に欠け、時代遅れの攻城砲だけ」という主張は、本文を考慮に入れると、やはり事実なのかもしれません(「B軍集団」『ドイツ国防軍の軌跡』様)。


<参考文献> 小川和久『ヤマトンチュの大罪』


(追記) (注3)で紹介した、『「軍事板常見問題&良レス回収機構」』を見たら、次のように書いてあった。「ただし2010年現在は,中国の台湾に対する斬首作戦への抑止力が必要であるため,米海兵隊の在沖縄基地を県外に移設することは,非現実的だと考えられている.」
 吹いた。アホ丸出しじゃなイカ。2010年以前から、斬首戦略の存在は明らかだったはずである。実際、2005年には既に読売新聞で紹介されていたことは既に書いた。にもかかわらず、江畑は上記の通り書いたはずなのである(小川については、すでに事情を書いた)。取ってつけたような理由を、もっともらしく付け加えるのは、みっともないからやめようね。 (以上、2010/12/26)

「米国海兵隊の台湾派遣を法的に義務付けさせよ」という反論 小川和久『ヤマトンチュの大罪』(3)

■斬首戦略の現実性と、台湾国内で法的手続きの問題■
 「沖縄海兵隊の戦闘部隊、米「移転困難」 (2005年6月30日 読売新聞)米側の説明は今春、日米の外務・防衛当局の審議官級協議などで伝えられた。それによると、中台有事のシナリオとして、中国軍が特殊部隊だけを派遣して台湾の政権中枢を制圧し、親中政権を樹立して台湾を支配下に収めることを想定。親中政権が台湾全土を完全に掌握するまでの数日間に、在沖縄海兵隊を台湾に急派し、中国による支配の既成事実化を防ぐ必要があるとしている。」(前稿参照)
 繰り返しになりますが、これが斬首戦略の海兵隊側からの説明だそうです。この話の前提は、①中国の特殊部隊が政権中枢を制圧出来ること、②親中政権を樹立可能なこと、かつ、③その後台湾全土が完全掌握するのに数日で十分なこと、です。問題は③です。仮に台北が掌握されて、かつそれが中国軍特殊部隊の脅迫によって親中政権が樹立された場合、台湾軍の基地の部隊はその政権に服するでしょうか。
 仮に、北京の特殊部隊によって台北が掌握されて、台湾軍の基地の部隊が中国軍のミサイル攻撃などを受け、かつ各基地の隊の連携が困難な場合でも、おいそれとは、中国に服する可能性は少ないでしょう。米国側が、台湾を軍事的に援助する事を表明するなら、彼らも抵抗をする可能性があります。
 少なくとも、数日でどうこうなる問題である可能性は低く、その間に、ヘリ以外の手段で来た海兵隊がやってくる可能性が、大です。
 実際のところ、台湾国内でこの事態に備えて、法的に整備する必要があります。というよりも、本当なら沖縄に海兵隊駐留云々よりも、それが先だろうと思うわけです。まあ、それは後で説明します。
 ちなみに、仮に②の場合、おそらく憲法改正などの諸手続きが必要になるはずです。中国が台湾は自国の一部と主張しているにせよ、形式的手続きは踏むべき、という可能性があります。
 台湾こと中華民国の憲法では、「憲法の修正は、立法院立法委員の四分の一の提議により、四分の三の出席を得て、出席した委員の四分の三の決議をもって修正案を提出できるものとする。また公告してから半年後、中華民国自由地区の有権者の投票によって再審議を行い、有効同意票が有権者総数の過半数となった場合これを通過し、憲法第百七十四条の規定は適用されない。」となりますので、政権がクーデタで変わっても、有権者が否決する可能性もあります(「2005年6月10日中華民国憲法追加修正条文(第7次憲法修正)」『台北駐大阪経済文化弁事処』様)。ただし、北京側が選挙妨害をする可能性もあるので、国連などによる選挙監視は必要になります。しかしそれ以前に、国連の介入を拒否するような気もしますが。

■斬首戦略対策のための、台湾での法的整備■
 閑話休題。斬首戦略を、海兵隊は恐れているようです。大変です。でもそんなに大変なら、台湾国内で法的にこの問題を整備する必要があるのではないでしょうか。
 いうまでもなく、もし斬首戦略がもし現実的脅威だとするのなら、これに備えて台湾本国では、①法的整備、②軍事的整備が必要となるはずです。両者とも既に存在しているかもしれませんが、①の場合、仮に指導層が攻撃され(更には殺害され)指令系統がマヒした際、どこの誰へ指揮権などが譲渡されるのか、仮に中共によって中国への併合など進められそうになった場合には、それを法的に禁止ないしその併合への手続きを複雑化、あるいは禁止させるなどの手段が存在するのか。
 後者は、北京側が強引に併合を進めれば、結果難しいかもしれません。しかし、せめて前者だけでも進めておくべきでしょう。実際米国では、最高指揮の権限を持つ大統領に万一があった場合、誰にそれを継承するのか、法的(制度的)に決まっています。18代先まで。しかも、大統領と継承候補者たちは、一箇所に固まっていたら有事において大変なので、どんな重要な国の行事があっても、最低一人は、別の場所にいなければなりません。これは、法的手続きとしてあるべきものです。斬首戦略に、この点は想定されているのでしょうか。早速、総統継承順位の法的整備開始です。
 ②について、想像される通り、要人へのミサイル攻撃などに対して、諜報による対策や、シェルターの整備、逃走経路の確保、特殊部隊へ対抗する部隊の整備などが想定されます。いや、どうせやってるんでしょうが。

■余計な二言■
 あと、海兵隊に頼るのは戦術的に間違いでないにしても、もう少し台湾の部隊について考えてあげた方がいいような気もします。メインで戦うのは彼ら台湾の部隊であって、海兵隊が来るまでのあいだ時間を稼ぐのも彼らの仕事となる以上、この点について言及しないのは片手おちじゃないかと思うわけです。(注1)
 法的整備ついでに、一言。蛇足ですが、もともと、中台問題の根源は、米国が北京政府を承認したにもかかわらず、一方で、東アジアの覇権を握るには台湾とも継続して付き合おうとした、その二股にあります。この二股は、日本もかけております(詳細、毛利和子『日中関係』を参照)。 事の起こりが二股外交にある以上、そしてそれによって米日が利得を得てきた以上、その清算は軍事重視ではなく、外交重視で片をつけるべきではないでしょうか。(注2)

■「米国海兵隊の台湾派遣を、法的に義務付けよ」という反論■
 台湾有事に台湾へ派遣されるのかどうか保証もないのに、沖縄に海兵隊を置いておくのは拒否したい、という風な反論もあり得ます。法的に保証されるまでは海兵隊は後方へ退いてほしい、という戦術的反論も案外効果的なのかもしれません。
 台湾有事に備えて、海兵隊を沖縄に常設すべきだという。なぜならその可能性がゼロではないからだ、と。ならば、台湾有事においても米国軍が台湾へ海兵隊を派遣しない可能性が法的にありうる以上、もし台湾有事への備えを完璧にするなら法改正(「有事ならば絶対に台湾へ海兵隊を派遣する」)を求めるべきです(「現在のアメリカの法解釈では「台湾海域で武力衝突が生じた場合、必ずしもアメリカがこれに介入しなくてもよい」とされている」というWikipediaの「台湾関係法」の項目を参照)。(注3)
 これでもなお、中国の反発を招くという主張はありえます。しかし、アメリカ側が絶対に海兵隊を派遣するという保証が十分ではない以上、台湾の安全保障のためには、これがより確実な方法であり、台湾を救いたい保守派の人たちは、これを求めるべきでしょう。米軍の善意を信頼しすぎるのは、軍略的に甘いといわざるを得ないですし。沖縄県民も、行くかどうかもわからない海兵隊を置いておくほど、お人よしじゃあ、ありません。
 ロビイング活動によって、米国議会に日本及び台湾の有志は働きかけるべきでしょう(現に行っているはずでしょうよ)。そもそも、「米軍海兵隊が沖縄にありさえすれば、台湾の有事にも出動してくれるだろう」という「楽観」は、「斬首戦略は、起こらないだろうし、起こっても不首尾に終わるだけだ」という「楽観」と、程度問題とはいえ近しくないでしょうか。

■妄説:斬首戦略に対する「自由フランス」的抵抗■
 斬首戦略については、次のようなご意見もあります。
 「どのような部隊を用いるかはともかく、台湾軍がろくに機能しないまま政府だけを押えられると困ったことになります。台湾の防衛は、上陸してくる中国軍に対して、台湾軍が防御戦闘をやって時間を稼ぎ、アメリカ軍の来援を待つ、という形です。しかし奇襲によって一気に事が決してしまうと、アメリカによる援軍が間に合わない可能性があります。米軍の到着前に、台湾政府の名前で紛争の終結、中国への編入といった宣言を出されてしまうと、それでも介入するのかどうかは難しい問題です。」(「台湾海峡の現在と、有事のシナリオ」『リアリズムと防衛を学ぶ』様)
 「台湾軍がろくに機能しないまま政府だけを押えられる」て、「米軍の到着前に、台湾政府の名前で紛争の終結、中国への編入といった宣言を出されてしまう」事を懸念されておられる模様です。なるほど、大変です。でもそんなときには、代わりの政権を作るという手もあります。先人の知恵に学びましょう。
 素人の想定だと、「自由フランス」的戦略、というのがあるのではないかと考えます。仮に、「米軍の到着前に、台湾政府の名前で紛争の終結、中国への編入といった宣言を出されてしま」ったとしても、ド・ゴール的な人物が、中共の介入した政府を否認して、自身たちこそ正式な政府であると宣言し、米国が間髪いれず承認してしまう、という方法です。荒唐無稽な方法ですが、そもそも斬首戦略がこんなにすんなり行くこと自体が眉唾ではありますので。
 米軍も斬首戦略の防止を考えるなら、これぐらい思い切った方法を想定したほうがいいような気がします(そんなことを考えるほど、米軍は暇じゃないのでしょうが)。ド・ゴールの場合、亡命先となった英国で、「自由フランス」を立ち上げましたが、今回のケースでは、国内のバージョンを想定してみましょう。 「斬首戦術で台湾政府の中枢が抑えられても本省人が多い南部では,地元自治体の首長による臨時の正統政府が建てられれば,抵抗運動を指揮するのは可能です.」とおっしゃる人もおられるようですので、結構可能なのかもしれません(「海兵隊関連」『軍事板常見問題&良レス回収機構』様)。
 もしも万が一、斬首戦略ののち中国主力軍が台湾を攻めだすとしたら、「中国軍にとってとくに注目すべき場所は、台湾東側にある、山をくりぬいて作られた2つの「秘密」の空軍基地―― 花蓮のChihhang(漢字が出ねえ)空軍基地、台東の知本航空基地――だよ。/ o これらの基地は最初のミサイル攻撃に生き残るため、中国空軍にとって少しばかり余分な手間が必要となるよ」となるみたいです(「適当訳『台湾にとっての恐怖の年: 2006年』」『flurryのメモ』様)。抵抗している間に、米国軍の到着ですね。めでたし。
 以上、妄説です。

(続く)


(注1) 斬首戦略について、「これが無理なのは「不可逆的な治安悪化」を中共が直接関与したとが断定出来ないかたちで演出することが不可能だからです。台湾の海兵隊が特殊部隊化して台北の対テロ要員になっている事はご存じでしょう?アメリカ海兵隊の指導の元にある部隊です。1980代の要人警護はかなり牧歌的だったようですが、現在の憲兵隊の要人警護はアメリカの特殊部隊の指導もあって対テロ対策が十分に取られています」と言うご意見もある模様です(「斬首作戦の元ネタの海外記事を「いじる」テストw 」『拗ね者のコメント帳』様)。台湾側の特殊部隊対策も考慮しないと、この問題は片付かないでしょう。ここのところまで論じてくれる勇者を募集しております。

(注2) 「そんなに台湾との連携が大事なら、まず第一にやらなければならないのは台湾を国として承認して、ちゃんとした国同士の約束を結ぶ事でしょうに。/でも、そんなことをして中国を怒らせたくない財界には逆らえないこういう人達は、絶対にそこまでは踏み込もうとしない。」と、「それなら、まず台湾を国として承認すべきでしょ」(『白砂青松のブログ』様)の記事はご立腹です。まずはやることをやってから、です。
 同じ意見として、「そこまで大切ならちゃんと承認して国交結んで同盟国になればよいのに、何に腰が引けてるのかは知らないが国家承認もせず国交もない国、これで沖縄の人が納得するでしょうか。なかなか難しい気はしますが、それが本当に必要だというのであれば、ちゃんと上記を政府の言葉として、沖縄に説明しなければならない、させなければならない。」という記事「海兵隊基地を沖縄定着させるならば、過去へ頭を下げる事と抑止力の詳細についての説明が不可欠」(『ここギコ!』様)もご参照ください。

(注3) 台湾の馬総統も、「中国との有事が発生した場合、台湾支援で米国の参戦を求める考えはないとの立場を表明」しており、「中国との衝突のリスクを削ぐため米国からの武器調達は今後も続ける」ということだそうです(「中国との有事発生でも米国の参戦求めず」)。独力で北京と戦い抜こうという御意思のようです。じゃあ、沖縄に駐留する海兵隊って[禁則事項です]ということなのでしょうか。

2010/10/26 最終更新

アフガンでの「斬首戦略」は、台湾版には使えない?(追記あり) 小川和久『ヤマトンチュの大罪』(2)

■斬首戦略とは何か■
 「中台有事のシナリオとして、中国軍が特殊部隊だけを派遣して台湾の政権中枢を制圧し、親中政権を樹立して台湾を支配下に収めることを想定。親中政権が台湾全土を完全に掌握するまでの数日間に、在沖縄海兵隊を台湾に急派し、中国による支配の既成事実化を防ぐ必要があるとしている」(「沖縄海兵隊の戦闘部隊、米「移転困難」(2005年6月30日 読売新聞)」(「なぜ普天間基地移設先は沖縄県内でなければならないのか」『週刊オブイェクト』様より孫引き))。これが、斬首戦略と呼ばれる戦略です。なんだか小説のような話ですが、海兵隊もこれを念頭に入れているようです。で、その対処のために、普天間基地の海兵隊ヘリコプター部隊(もちろん地上部隊も)が必要だ、というわけです。
 「戦況次第で急ぐ必要がある場合は、強襲揚陸艦の到着を待たずに普天間基地から飛び立ち、台湾の首都・台北に直接ヘリボーン降下し、米軍による直接介入を果たします。(略)台湾海峡有事の際、開戦初頭に中国の特殊部隊が台湾行政府・軍指揮施設を占拠し、台湾軍の指揮系統を麻痺させ、本隊の侵攻を助けようとする手段に出て来た場合、もし自力で特殊部隊を排除できなければ組織的抵抗を行う事すら困難になります。そういった場合に外から介入できる戦力が用意されていれば、指揮系統を回復できる可能性が生まれるので、手札の一つとして「沖縄の米海兵隊ヘリコプター部隊」の即時介入能力が必要となってきます。」(以上、前掲「なぜ普天間基地移設先は沖縄県内でなければならないのか」)。
 つまり、 強襲揚陸艦等で襲来する米軍の救援より前に、中国の特殊部隊が台湾行政府・軍指揮施設を占拠が可能で、台湾が自力で特殊部隊を排除できない場合、かつ、米国海兵隊の介入により台湾側の指揮系統を回復できる可能性が十分ある場合、 普天間基地の海兵隊ヘリコプター部隊が必要だ、と。
 反論するとすれば、①’ヘリコプターを使って急行しないと本当に間に合わないのか、②’兵が神速を貴ぶとしても、海兵隊の時間稼ぎがないと(あとで空軍・海軍の増援が来るという想定)、台湾側は台湾行政府・軍指揮施設を死守できないのか、③’そもそも、数的に、中国の特殊部隊に対して、駆けつけた米国海兵隊は時間稼ぎが出来る実力があるのか、という三点です。
 以上をまとめると、沖縄の米海兵隊ヘリコプター部隊の即時介入能力が必要な場合は、①中国の特殊部隊が台湾行政府・軍指揮施設を占拠することが可能であること、②台湾側が自力で特殊部隊を排除できないこと、③海兵隊が早期に駆けつければ、米国海軍・空軍が来るまでの時間稼ぎが可能であること。(注1)
 この作戦のシュミレーションは、素人には出来ないので、ここではそれを行いません。しかしそもそも、この作戦には、果たして現実性があるのでしょうか。「海兵隊はあくまでも最悪の事態に対する備え、つまり保険」という意見は、おそらく正しいものだと思いますが、保険のかけすぎは、かえって、家計その他を圧迫します。家計(予算とか国内事情とか諸々)との相談も、やはり重要です。
 そもそもこの作戦、前例があるのでしょうか。それっぽいものがある様なので、検証などしてみましょう。

■アフガンでの「斬首戦略」は、台湾版でも類比可能か?■
 「このような特殊部隊だけで全てを完遂する作戦は少し考え難いのですが、主力部隊と呼応しての作戦ならば十分に有り得る事です。例えばソ連のアフガニスタン侵攻は、首都カブールに侵入したソ連特殊部隊「アルファ」によるハフィズラ・アミン議長暗殺から始まっています。これは同盟国の首挿げ替え手術作戦であり、台湾問題とは条件は異なりますが、同様の作戦を中国が行ってくる事を台湾は酷く恐れています。特殊部隊への対応の場合は、戦車や重砲といった大型装備は要らないので、ヘリコプターで輸送できる戦力で何とかなります。沖縄は米陸軍の特殊部隊グリーンベレーも駐留して居るので、海兵隊と共にこういった状況に対応できる戦力が集まっています。」
 例として挙げられている、ソ連のアフガン侵攻の件です。
 まず明瞭にしておくべきことは、次のことです。「同盟国の首挿げ替え手術作戦であり、台湾問題とは条件は異なりますが」というふうに断られている通り、アフガンでの事例はあくまでも、既に軍事顧問としてアフガン政府内部に深く入り込んだ経験があり、かつ、少なからぬ「内通者」の協力があったという条件がある点です。(注2)
 アフガンのクーデタの場合、アミンは自身の所属する政党の覇権争いに負ける形で、裏切られたのではなかったでしょうか。しかも、当時アフガンはすでに、イスラーム原理主義者たちの抵抗運動による内乱状態にあったはずです。そして、アミン自身が、対応のためにソ連軍介入を要請したはずなのです。
 ですので、この件を使って、台湾斬首作戦を、本気で正当化しようという人がいたとしたら、考え直す必要があるように思います。
 念のため引用です。「1978年にアフガニスタンでは、共産主義政党であるアフガニスタン人民民主党による政権が成立したが、これに対抗する武装勢力蜂起が、春頃からすでに始まっていた。ほぼ全土が抵抗運動の支配下に落ちたため、人民民主党政権はソ連に軍事介入を要請した。ソ連軍は1979年12月24日に軍事介入した。人民民主党内の反大統領派は、介入を要請したハーフィズッラー・アミーン大統領を処刑し、バーブラーク・カールマルを新たな大統領とし、アミーン政権に対立していた人民民主党内の多数派による政権が樹立された」(「アフガニスタン紛争 (1978年-1989年) - Wikipedia」)。これが実情のようです。
 今回のケースと比較するのであるなら、台湾内部に「内通者」が必要となるはずです。台湾内部に、中共の侵攻に呼応してくれる存在がいるのかどうか、この点は重要です。それも、ここまで事を荒立ててでも、中国と「合体」したいと思うような「内通者」です。可能性があるのは、国民党を中心とする台湾内部の親中的勢力なのでしょうが、彼らは2010年6月時点で、与党ですし、野党だとしても、これを実行するだけの動機があるでしょうか。
 そもそも、現状において、「イスラーム原理主義者たち」のような存在が内乱状態を引き起こす可能性は、あるのでしょうか。仮に万一あったとしたら、台湾軍が介入を要請するのは、おそらく米軍ですので、もしかしたら米国海兵隊こそ脅威なんじゃないか、ってミサカはミサカは思ってみたり。
 以上、今回のケースにおいて、アフガンのクーデタを事例として持ち出すことは、難しいように思われます。スペツナズ(with ソ連軍)はすごいですが、スペツナズ(featuring ソ連軍)だけで、華麗なクーデタは起こせません。
 もし仮に、「嘗てのソ連がアフガンに侵攻したケースと同様の事態に陥っても、初動で介入を行う事が出来ます。この選択肢は、台湾有事の可能性がある限り、放棄すべきではありません」などとの給う人がいたとしたら、優しく指摘してあげたほうがよいでしょう。考えすぎですよ、と。
 次回は、海兵隊を沖縄に残す以前にやるべき法的整備の問題と、斬首戦略という荒唐無稽に対抗する、より一層荒唐無稽な対策について書いていく予定です。

■結論■
・アフガンでの、ソ連によるアミン暗殺の事例を、台湾において想定される、大陸側による斬首戦略に当てはめるのは、無理があります。

(続く)


(注1) 既にこの点に疑問を持った方はおられます。「沖縄海兵隊はソマリアの二の舞を望むのか」『いい国作ろう!「怒りのぶろぐ」』の記事です。
 「沖縄の海兵隊の投入ということについて、いくつかの疑問点が生じます。/ア)台湾軍が排除困難な程の戦力が一気に侵入してくるのか?/イ)侵攻側の数的不利を超える程に特殊部隊の能力が高いのか?/ウ)もし台湾軍が敗北するくらいに侵攻側戦力が強力である場合、海兵隊投入の妥当性はどうなのか?」という指摘は正しいものです。斬首戦略の現実性の希薄さは、ディテールの弱さに起因していると見るべきなのでしょう。
 というより、ディテールに関する指摘の少なさは、ことによったら、誰も斬首戦略の成功するビジョンについて誰も考えていない証拠なのかもしれません。ことによったら、このような作戦が正面から語られてしまうほどに、大陸側による台湾占領は実現可能性が無い、と判断すべきなのかもしれません。

(注2) ソ連がアフガンに、既に軍事顧問として内部に深く入り込んだ経験があることについては、前掲「アフガニスタン紛争 (1978年-1989年) - Wikipedia」をご参照ください。なお、上に書いた「内通者」とは、ここではアフガニスタン人民民主党の一派閥、パルチャム派が該当するでしょう。


(追記) 調べてみたら、自分の文章のコピペが使われているのを発見しました。
 こういう文章です。

アフガンでの「斬首戦略」は、台湾版でも類比可能か?

アフガンでの事例はあくまでも、既に軍事顧問としてアフガン政府内部に深く入り込んだ経験があり、かつ、少なからぬ「内通者」の協力があったという条件がある点です。
 アフガンのクーデタの場合、アミンは自身の所属する政党の覇権争いに負ける形で、裏切られたのではなかったでしょうか。しかも、当時アフガンはすでに、イスラーム原理主義者たちの抵抗運動による内乱状態にあったはずです。そして、アミン自身が、対応のためにソ連軍介入を要請したはずなのです。
 ですので、この件を使って、台湾斬首作戦を、本気で正当化しようという人がいたとしたら、考え直す必要があるように思います。

このケースと比較するのであるなら、台湾内部に「内通者」が必要となるはずです。台湾内部に、中共の侵攻に呼応してくれる存在がいるのかどうか、この点は重要です。それも、ここまで事を荒立ててでも、中国との併合を望む「内通者」です。
可能性があるのは、国民党の親中的勢力なのでしょうが、彼らは、与党ですし、野党だとしても、これを実行するだけの動機があるでしょうか?
そもそも、現状において、「イスラーム原理主義者たち」のような存在が内乱状態を引き起こす可能性は、あるのでしょうか。
仮に万一あったとしたら、台湾軍が介入を要請するのは、おそらく米軍ですので、もしかしたら米国海兵隊こそ脅威なんじゃないかね。
 以上、今回のケースにおいて、アフガンのクーデタを事例として持ち出すことは、荒唐無稽に思われます。
もし仮に、「嘗てのソ連がアフガンに侵攻したケースと同様の事態に陥っても、初動で介入を行う事が出来ます。この選択肢は、台湾有事の可能性がある限り、放棄すべきではありません」などとの給う人がいたとしたら、優しく指摘してあげたほうがよいでしょう。
考えすぎですよ、正気ですか、と。

なるほど。
 100%パクリです。出典書いて欲しかったですし、コピペするにしても、「アフガンでの「斬首戦略」は、台湾版でも類比可能か?」は消すべきでしたね。
 で、こんなコピペ文章に対して、マジで反論している方がいたみたいです。「第1海兵航空団司令部のグアム移転が中止、沖縄に残留する方針」(『週刊オブイェクト』様)のコメ欄です。
 曰く、

>>内通者についてならそれについての懸念を書いた報道がどっかにあったような……
「台湾有事で海兵隊は役に立たない」という主張でも内通者の存在を根拠の一つに挙げている人が居るし
台湾の中にも裏切り者が居る状況で海兵隊に何ができるんだ、って主張をしてたってことね
動機にしてもそもそもの中国が「一つの中国のためあらば」な国だから、そちらにつく人間というのは……

だからその『内通者』の存在を持ち出して「海兵隊を投入しても無駄」って反論があるのが現実なんだが?
現実にもそういった『内通者』を危惧する報道がされているし、そういった存在に邪魔されても海兵隊で
何とかできるのか、という反論が米海兵隊に関する議論で出てくるぐらいなんだから
それに中台の場合には「一つの国家になるべき」と考える人間が存在しても不思議じゃないない、つうか居る
「事を荒立てても」と言っても、チベットやウィグルのあれを穏便と称する人間は中国内外にいくらでも居る
むしろ全面的な戦争行為なしで台湾を軍事的に制圧できれば褒め称える人が出てきそうだ

だそうな。

 コピペ文章ですが、これすらきちんとお読みでないようですね。面白いから、反論してみましょう。
 
>内通者についてならそれについての懸念を書いた報道がどっかにあったような……
>「台湾有事で海兵隊は役に立たない」という主張でも内通者の存在を根拠の一つに挙げている人が居るし
>台湾の中にも裏切り者が居る状況で海兵隊に何ができるんだ、って主張をしてたってことね
 じゃあ、今すぐに情報ソースを出しましょうね。
 あと、一応上のコピペの方も、「現状において、「イスラーム原理主義者たち」のような存在が内乱状態を引き起こす可能性は、あるのでしょうか。」と書いてあります。
 別に内通者だけで成功するのではなくて、台湾国内が内戦規模の動乱に巻き込まれていることや、ソ連が既に軍事顧問としてアフガンの政治に深く入り込んでいたことも重要なのです。そこは、気付いて欲しいですね。
 それから、そんなに内通者を気にするくらいなら、米国語自慢のCIA様のお力で排除すべきなんじゃないでしょうかね。解決するなら、沖縄の基地云々よりも、そっち先ですな。頑張りましょう。

>そういった存在に邪魔されても海兵隊で何とかできるのか、という反論が米海兵隊に関する議論で出てくるぐらいなんだから
 なら、それでもなお海兵隊が活躍できるようなプランを呈示しましょうね。こっちの批判は、ディテールがダメダメだということです。

>それに中台の場合には「一つの国家になるべき」と考える人間が存在しても不思議じゃないない、つうか居る
 情報ソースを要求します。

>「事を荒立てても」と言っても、チベットやウィグルのあれを穏便と称する人間は中国内外にいくらでも居る
>むしろ全面的な戦争行為なしで台湾を軍事的に制圧できれば褒め称える人が出てきそうだ
 「チベットやウィグル」は、一応、中華人民共和国の一部という扱いを、米国様も公式には認めてるんじゃないですかね。チベットの場合、ダライ・ラマも、一応は、中国からの独立じゃなくて、自治を要望していたわけで。一応。
 一方、台湾の場合、北京政府の実質的な統治下には無いわけだから、一応政治的には独立の勢力と見なしうるでしょうね。米国には台湾関係法もあるくらいだし。
 前者と後者は、立場上は、実質的な統治主体が異なることになります。北京政府が、自身が実質統治していない台湾を侵攻したら、「事を荒立てて」国際問題になるでしょ。少なくとも米国政府には、「穏便」じゃないでしょうね。

>それに中国政府は、台湾が独立をほのめかすぐらいで過剰反応するからね。だから台湾はいろいろ神経使う
 ちなみに、中国政府なら、「台湾政府は、中国からの独立をほのめかすという『一つの中国』の原則に反する冒涜的行為をするからね。だから中国はいろいろ神経使う」と反論するでしょうな。彼らからしてみるなら、過剰反応どころか、当然だと見なすでしょ。何せ、中国にとって、自国の面子と政治的正当性が関るわけだから。

 ちなみに、台湾内部に中国の内通者という実例を見つけますた。「これまでにも贈収賄容疑などで摘発された国民党政治家の多くが中国に逃亡するケースが相次いでいた。台湾メディアは捜査当局内に内通者が存在する可能性も指摘している」だそうな(「台湾最大の司法汚職摘発 馬英九政権への影響は?」『MSN産経ニュース』より)。
 アフガンの事例の場合、こういった(金銭的な?)買収レベルじゃなくて、「政党の覇権争い」で、一方の勢力がソ連と組んだという、政争レベルなのお話なんで、そこんとこ勘違いしちゃダメですな。
 もういっかい、念のため引用です。「1978年にアフガニスタンでは、共産主義政党であるアフガニスタン人民民主党による政権が成立したが、これに対抗する武装勢力蜂起が、春頃からすでに始まっていた。ほぼ全土が抵抗運動の支配下に落ちたため、人民民主党政権はソ連に軍事介入を要請した。ソ連軍は1979年12月24日に軍事介入した。人民民主党内の反大統領派は、介入を要請したハーフィズッラー・アミーン大統領を処刑し、バーブラーク・カールマルを新たな大統領とし、アミーン政権に対立していた人民民主党内の多数派による政権が樹立された」。
 こういうことです。「内通者」って、「アミーン政権に対立していた人民民主党内の多数派」ことだったわけですな。注意しようね。

2010/10/9、追記

海兵隊「即応後方配備」の行方 1996~2010 -普天間基地問題の解決案について- 小川和久『ヤマトンチュの大罪』(1)

・小川和久『ヤマトンチュの大罪 日米安保の死角を撃つ!!』小学館 (1996/02)

■1996年の普天間基地問題解決案■

 海兵隊の部隊を、基地は現在のレベルで維持したまま部隊だけをアメリカの領域に戻し、日本の周辺で緊張状態が生じる可能性が出てきたときのみ沖縄に戻すという、いわば有事駐留の形をとる (51-2頁)

 海兵隊の部隊自体は「アメリカの領海」に戻して、基地は現状レベルで空けておく。有事の際は、基地に戻す、という方法です。
 なぜ、「アメリカの領域」と書いているのかというと、曰く、日本側がその場所を指定すると、その当該の地域から反発を食らうので、場所はあくまでアメリカに決めさせるべきだ、という理由のようです。
 著者は、さらに、「広大な面積を占めてきた嘉手納基地を民間空港化する提案」(52頁)を行っています。 
 嘉手納基地のハブ空港化を目指しているのです。そして、自衛隊と民間とで共用している那覇空港は、米軍と自衛隊が共用する軍事基地に転換する、という方法です。嘉手納基地にある空軍部隊は、その一部を基地になった那覇空港に移し、大部分は、北海道の千歳空港に移駐させるようです。
 千歳空港においては、除雪作業をきちんとしており、航空自衛隊第2航空団の戦闘機が降雪のために発進できなかったことはほとんどないという理由のようです。実際、アメリカにはアラスカに航空部隊があるわけだから、それは可能だというのです。
 以降、著者の議論を見ていきましょう。

■2005年の普天間基地問題解決案■
 次に、2005年度の著者の案を見てみましょう(「⑥【沖縄の自治と米軍基地】」『尾形宣夫のホームページ』様)。
 辺野古案については、「沖縄で守るべき環境は優先順位で一番は海だ。海に手をつけてはいけない」のであり、「(普天間の代替施設は)完全陸上基地になると思っている。辺野古の計画は白紙還元せざるを得ない。」といいます。
 何よりも大事なことは、「返還合意と同時に仮の移駐先を決め、普天間駐留の航空機の部隊をたとえば1週間以内に移駐させ、住民の危険をなくすることだった。これが行なわれなかった」。本当は真っ先にやるべきであったといいます。
 著者は、「普天間はキャンプ・ハンセンに移転、嘉手納基地はハブ空港化」を主張します。まず、①「普天間と同じ大きさの海兵隊専用の飛行場をキャンプ・ハンセンの陸上部分につくり移設する」。②「キャンプ・シュワブに沖縄の抜本的振興を視野に入れた完全な陸上型の軍民共用空港を新設、これと連動する形で嘉手納飛行場をアジアのハブ空港として運用する」。
 重要なことは、ハブ空港化による経済的メリットと、海兵隊の海外への「即応後方配備」による住民感情の緩和です。「県民が一番嫌がっている海兵隊地上部隊の犯罪をなくすため、部隊の即応性を下げない状態で後方に配備する」わけです。普天間基地問題が個々まで大きくなった発端は、在日米軍兵(特に「県民が一番嫌がっている海兵隊地上部隊」)の犯罪にあるわけですから、これは住民感情の緩和に寄与するはずです。
 その「後方」については、米国が決め、「24時間以内に戻ってこられる有事協定を結ぶ」ことになります。これによって、米国政府にも受け入れやすい条件となります。finalventさんも、「「いずれにせよ海兵隊はグアムに出て行くけど、沖縄から居なくなるわけじゃない。普段空家だけど好き勝手に出入りできるよう施設はどんどん日本に整備させて、いざというときにちゃんと使えるように維持もしっかり面倒見させよう」というのは私にはまったく同意です」と述べられています(「沖縄基地のこれだが」『 finalventの日記』様)。
 嘉手納飛行場は、その特性上、在日米軍があろうがなかろうが、日本国、ひいては沖縄自身にとっても、枢要な場所です。そこで、「平時にはハブ空港として使」い、「有事にはきちっと軍事に使えれ」るようにするわけです。嘉手納の空軍の移設場所については、新しくない方の千歳空港(北海道)の民間機部分を使用し、「6時間以内に戻って来られる有事協定」を結び、米国に認めさせます。「早期警戒管制機(AWACS)や海兵隊の空中給油機12機は岩国(山口)に移る。嘉手納には空軍のKC-130とKC-10は合わせて15機いる。これを千歳にもっていく」と考えています。
 著者のハブ空港への構想は、「地元が同意すればだが、キャンプ・シュワブには、4000㍍クラスの滑走路をもつもの、あるいは3000㍍2本ぐらいあるものをつくりたい。アジアの高段階整備の拠点にすれば、それだけで航空宇宙産業や関連産業の大規模な展開や大学などの教育機関の誘致も期待でき雇用の確保と人口増が実現できるだろう」というものです。
 ここまでは、見てみると、ほとんど、96年の議論と変わっていません。
 ただし、懸念材料もありました。当時(04年)に、「中国原潜の日本領海侵犯事件以来、米国が海兵隊地上部隊の即応後方配備をノーという可能性が高くなった。台湾をめぐって緊張が高まっていて、台湾に対する弾道ミサイルと巡航ミサイルを使った政治・経済・軍事の中枢に対する「断頭」攻撃と特殊部隊の急襲に備えたいということが理由」で、「沖縄の海兵隊地上部隊は、何が何でも後方配備したくないという姿勢」だったそうです。これについての見解は「その辺をどうするかということは日本側の交渉能力だ」としています。

■2010年度の普天間基地問題解決案■
 2010年においても、あまり中身は変わっていないようです。しかし変化もあります。同じ著者の『この1冊ですべてがわかる 普天間問題』(2010年)を見てみましょう。 
 前提として、本格的な移設先が決まるまでは、固定翼機・ヘリは仮の移駐先を決めて設置し、普天間を現行の「危険な状況」から逃れさせる必要性があると、説かれています。仮の場所として、固定翼機は岩国か嘉手納へ、ヘリはキャンプ・シュワブか、キャンプ・ハンセンへ移設することをお考えのようです。
 そして、①キャンプ・ハンセンに普天間程度のレベルの海兵隊用飛行場を設置する、②嘉手納基地はハブ空港化して、③キャンプ・シュワブに軍民共用空港を建設する、という案です。これらについては、あまり変わっていません。
 そして徐々に、時間をかけて着実に、米軍基地の返還と整理・統合・縮小を目指していくわけです。そこまでの道程(ロードマップ)を日本政府がきちんと作成した上で、です。そして日本政府は、そのロードマップを実行していくことを、沖縄と米国に約束せよ、というのです。これもこれまでの議論を踏襲しています。
 著者は一貫して、日米地位協定の改定と、沖縄の経済的自立のための政策についても、言及しています。
 しかし、見当たらないものもあります。海兵隊の「即応後方配備」です。

■海兵隊の「即応後方配備」の行方■
 著者が、2010年版において、「即応後方配備」を前面に押し出していないのはなぜでしょうか。海兵隊の航空部隊はともかくも、地上部隊は全て後方配備できないのでしょうか。
 重要な点は、これが2006年のロードマップ合意の後の事柄だということです。この合意では、第3海兵機動展開部隊のグアムへの機能一部移転が、日本側も負担を負うことと、普天間の代替施設を提供することを条件として、約束されました。
 著者の当初の計画は、海兵隊陸上部隊の全国外移設でした。しかし、このときの合意で、それは叶えられなくなりました。【グアムでは収容能力に限界があり、どうしても他の地域へ舞台を回すほかない。もう米国領に置けないとすれば、日本国内だけだ。】おそらく、このように考えたと思われます。
 また、著者は、さらに二つの点に言及しています。①ヘリ部隊と地上部隊との共同訓練の必要上、二つは隣接した形で移設されることが望ましい、②台湾や韓国に対するミサイル攻撃や特殊部隊による攻撃(「斬首戦略」)も懸念され、これに即応する必要がある。【①を行うには、二つの部隊は隣接せねばならず、しかも、斬首戦略に即応するには、海兵隊の部隊は沖縄にいた方がいい。】以上のように考えたのだろうと思います。
 そして、これらを総合した結果、普天間の代替としてのキャンプ・ハンセンに海兵隊の部隊を存置させる方がよい、と考えたのだろうと思います。

■海兵隊の県外移設の可能性と、斬首戦略の問題■
 グアム移設において、グアムに収容するのには限りがあるから、日本国内に部隊を置かざるを得ないというのは、首肯可能です。しかし、なぜキャンプ・ハンセンに駐留なのか。海兵隊のグアムへの一部移設によって、沖縄の負担が抑制されることは喜ばしいことですが、県外への部隊移転では本当にいけないのでしょうか。
 【①ヘリ部隊と地上部隊との共同訓練の必要上、二つは隣接した形で移設されることが望ましい】、というのは、重要ですが、必ずしも絶対事項ではありません。【②台湾や韓国に対するミサイル攻撃や特殊部隊による攻撃(「斬首戦略」)も懸念され、これに即応する必要がある。】というのにしても、2005年から五年間で、飛躍的にヘリの速度が上がったなど聞いたことがありませんし、著しく中国の特殊部隊が増強されたとも考えにくいのです。中国軍の近代化ということを懸念した可能性もありますが、ミサイル攻撃の質量が5年間で急激に増強されたとは考えにくいのです。
 とすると、県外移設の考えは、著者の事実認識の変化によるものではないと思われます。つまり、5年間で事態で変わったから、著者の考えが変わったとは考えにくいのです。とすれば、この著者の「転向」は、海兵隊との交渉の都合上の問題、と考えるべきでしょう。
 【沖縄に部隊を置いておかないと海兵隊が納得しない。グアム移設で沖縄の負担は軽減されるから、今回はこれで妥結すべきだろう。】おおよそ、このような考えなのだろうと思います。
 著者は以上の案を、あくまで「一案」であって、沖縄、米軍、日本が納得するないようであれば、別解でもよい旨を記しています。また、情勢の変化、各国の交渉によって、沖縄から基地をなくしていく方向性を著者は示しています。だから、2010年の案はあくまでも、最初のステップとして考えるべきなのでしょうし、それであれば、納得のいくものでもあります。
 そこで、次は、キャンプ・ハンセンに作る基地は存続させつつ、部隊だけは県外移設させる可能性を探りたいと思います。

■まとめ■
・1996年の小川の普天間基地問題解決案は、海兵隊の部隊自体は「アメリカの領海」に戻して、基地は現状レベルで空けておく。有事の際は、基地に戻す、という方法でした。
・2010年時点で、この考えには変更がありました。
・小川の当初の計画は、海兵隊陸上部隊の全国外移設でした。しかし、2006年の合意のあと、小川は普天間の代替施設に、海兵隊の一部を駐留させることを許容します。
・小川の「転向」は、軍略的に必要だからというよりも、米軍(の海兵隊)との交渉を円滑に進めるための都合上の問題、と考えるべきでしょう。

(続く)

スルタンガリエフと第三世界の知識人 山内昌之『スルタンガリエフの夢』(1)

・山内昌之『スルタンガリエフの夢 イスラム世界とロシア革命』岩波書店 (2009/1)

■スルタンガリエフと第三世界の知識人■

 スルタンガリエフは、ロシア共産党の同志との論争を通して、「中心」における社会主義・労働運動にしばしば見えかくれする「植民地社会」または「社会主義的植民地政策」ともいうべき傾向を正面から批判した。これこそ、現代でも第三世界の一部で信奉者や追随者を生みだすスルタンガリエフの思想の核心なのである。 (17頁)

 平等を志向するはずのロシア共産党にさえも、広義のオリエンタリズムは存在していました。このようなロシアとタタールとの支配・被支配関係に対して、スルタンガリエフは異議を唱えます。そして、イスラム、タタール・ナショナリズム、マルクス主義の複合化を成し遂げようとします。このような彼の思考は、第三世界において少なからぬ知識人に影響を与えます。
 例えば、アルジェリア独立運動のベン・ベラや、イラン革命期のシャリーアティーを挙げることができるでしょう(シャリーアティーについては、「イスラム教と遊牧民」『heuristic ways』様も御参照)。しかし、ここで注目したいのは、次の一文です。

 スルタンガリエフが未完成のまま後世の審判に託した独特の思想は、インドネシアのタン・マラカや、ペルーのマリアテギの志とも、多分に共通している。 (V頁)

 タン・マラカは、オランダ植民時代から独立闘争期まで活動した革命家です。共産主義とイスラームを両立させ、東南アジア地域一帯を社会主義的な共同体にする構想を持った人物でした。この途方もない政治的スケールと、共産主義とイスラームを両立という朝鮮が、スルタンガリエフと共通しています。
 一方マリアテギは、スルタンガリエフと同時代を生きたラテン・アメリカのマルクス主義者でした。彼は、先住民の権利回復あってこそペルーに社会主義は土着する、という考えを持っていました。その点で、階級よりも先に民族の権利回復を唱えたスルタンガリエフに似たところがあります。
 彼らのような、スルタンガリエフと共通する志を持った第三世界の有志たちのために、どなたか一書を設けてください。(ただし、マリアテギについては『インディアスと西洋の狭間で マリアテギ政治・文化論集』や、小倉英敬『 アンデスからの暁光 マリアテギ論集』が存在しています。)

■シャリーアティーと「ムジャヒディン・ハルク」■

 かれの思想的な影響を受けた「イスラム人民戦士機構」(モジャーヘディーネ・ハルク)は、イラン・イスラム革命に大きく貢献するとともに、革命後のホメイニー体制にもイスラムの文脈で十二分に対抗できる有力な反対派に成長したのである。 (407頁)

  シャリーアティーの話をしたので、つぎに「イスラム人民戦士機構」の話を。
 「イスラム人民戦士機構」は、いろんな言葉で訳されますが、「ムジャヒディン・ハルク」という名が一番有名でしょう。
 イスラームとマルクス主義を融合させる立場をとり、イランの現体制の打倒を目指す武装組織です。イラン革命では反王政運動に加わりますが、ホメイニたち宗教勢力による弾圧のため、反体制組織となります。イラン・イラク戦争ではイラク側に協力するなど、その軍事的拠点はイラクにありました(ただし、2003年にイラクから追放を受けています)。
 なお、ロバ中山「アンチ西洋的書評 第1回」での瀬木耿太郎『中東情勢を見る眼』への書評には、「全盛時代のシャー(国王)と生命を賭けて闘い、ようやくそれを打ち倒したのは、ムジャヒディン・ハルクやフェダイン・ハルクの若者たちであった」と書いてあります。こちらの知る限り、少なくとも、ホメイニ等の勢力一派だけでなく、左派をはじめとする多様な勢力によって革命が成功したのは、紛れもない事実です(桜井啓子『現代イラン』等を参照)。 (本件詳細、「モジャーヘディーネ・ハルグ」『 Wikipedia』も参照。)


(続く)


(追記) ムジャヒディン・ハルクについては、興味深い記事があります。「M さんのこと」(『弱い文明』様)です。この記事では、ムジャヒディン・ハルクのサポーターでもある在日イラン人Mさんが、とりあげられています。
 そして、以下の言葉は重要です。

 せめて日本が「難民の地位に関する条約」に加入していながら、先進国中、難民人定数が群を抜いて少ない*、ことくらいは知っておかねば。ソマリア沖に軍艦など派遣するより、はるかに国際貢献になり、日本自身のステイタスを高めることにもつながるのに、それをやらないでいる政府は日本人の利益を阻害しているのだ、ということを。

 改憲が「普通の国」を目指すというなら、まずこの点をこそ、「普通」な制度になおすべきだと思うのです。

TAG : スルタンガリエフ 第三世界 ロシア共産党 タン・マラカ マリアテギ シャリーアティー ムジャヒディン・ハルク

本当の湾岸戦争の教訓、及び日本の対イスラエル政策 豊下楢彦『集団的自衛権とは何か』(3)

■【敵の敵は味方】という論理が招いた、【悪の枢軸】の存在■

 レーガン政権は、イラクがイランに対してばかりではなく、国内のクルド人に対しても化学兵器を使用しているという確かな情報をつかんでいたのである。(中略)しかしレーガン政権は、(中略)イランの「敵」であるイラクを援助するという基本路線を継続し、制裁に反対するという結論に至ったのである。 (148頁)

 レーガン政権は、イラクの非人道的な行為を知っていながら、【敵の敵は味方】という論理によって、引き続きイラクのフセイン政権を支援したのです。よく知られているように、【悪の枢軸】の一国であったイラクのフセイン政権を支援してきたのは、ほかならぬアメリカ合衆国です。
 認識しておくべきは、このような【敵の敵は味方】という論理をアメリカが安易に用いた結果、フセイン政権が生き残り、さらには武器輸出を含む支援によって増強してしまったという点です。

■真の湾岸戦争の教訓:真の平和のために■

 日本が恥じ入る必要があるとすれば、それは「カネ」の貢献しかできなかったといった皮相な問題では全くなく、イラクへの最大のODA(政府開発援助)供与国として、そのODA資金がフセインの兵器輸入に悪用された可能性がある、という一点においてである。 (154頁)

湾岸戦争について、日本は金しか出さず、兵士を送ることをしなかったから、どの国からも【感謝】されなかった云々という批判が、日本国内で起こりました。おそらく、冷戦後の保守的な論客の多くに共通する認識だと思われます。(注1)
 しかし、よく考えれば多国籍軍の主要各国こそ、当の【敵】であったフセイン政権を、過去に武器輸出を含め支援していたのです。ある意味では、自分で焚き火に油を注いでおいて、その後ですぐ消火を試みようとする粗忽者とおなじです(マッチポンプとはまさにこのことです)。
 このような主要国に、兵士を戦場へ送ることで感謝されようというのは、いかがなものでしょうか。むしろ、「イラクへの最大のODA(政府開発援助)供与国として、そのODA資金がフセインの兵器輸入に悪用された可能性」を考え、二度と、このようなことが起こらないよう努力を払うことこそ、必要なはずです。
 著者は、紛争地域への兵器輸出を規制する国際的枠組みを作る資格が日本にはあり、日本はこのような国際的枠組みを作るべきである、と述べています。こういう働きかけこそ、【平和主義】を掲げている憲法を持つ国のすべきことでしょう。(注2)

■イスラエルによるアメリカのこうむる不利益■

 彼らは、問題の「テロとの戦い」に関して、「パレスチナのテロリズムは、むやみやたらにイスラエルや西側諸国に暴力を行使しているのではなく、その大部分はヨルダン川西岸やガザ地区を植民地化するためのイスラエルによる長期にわたる作戦に対抗するため」なのであり、従って、テロ組織はイスラエルには脅威であっても、米国にとっては脅威ではない、と指摘する。 (194頁)

 ジョン・J・ミアシャイマーとスティーヴン・M・ウォルトの共著論文『イスラエル・ロビー』を参照して、このように述べられています。アメリカは、自身の不利益も省みずイスラエルに献身的な政策を行っているが、これは米国内でのイスラエル・ロビーの活動によるものである、というのがこの論文の乱暴な要旨です(この論文は既に邦訳書籍化されています)。
 彼らによると、「パレスチナのテロリズム」は、イスラエルの植民化とそのための作戦への対抗であって、その脅威はアメリカには本来は関係しない、というわけです。アメリカはそのような自国の不利益にもかかわらず、イスラエルに協力をしていることになります。

■日本のすべき対イスラエル政策■

 イスラエルの核問題に切り込むことによって核不拡散の方向性を提示していくことこそ、(中略)日本が、中東地域で果たすことのできる重要な「国際貢献」のはずなのである。 (198頁)

 事実上の核保有国家であるイスラエル。この国に対して、日本ができる外交的政策はなんでしょうか。それは、親イスラエル的な国民が多いアメリカや、過去のユダヤ人迫害で負い目のあるヨーロッパ、パレスチナ問題等で対立を起こしやすいアラブ諸国と違い、比較的イスラエルと客観的な付き合いの可能である日本の国際的地位を生かすことです。
 すなわち、イスラエルの事実上の核保有にコミットすることで、従来のイスラエルの核に対する【特別扱い】をやめることです。例えば、イスラエルにもまた、NPT(核拡散防止条約)への加盟を働きかけることで、NPTに未加盟のインドやパキスタン、北朝鮮等の核保有国、イランなどの保有疑惑国に対して、説得力ある働きかけを行うことができます。これにより、これまでの未加盟の核保有国の反論、「イスラエルだけ特別扱いするな」という反論に対抗できるようになります。

■天皇制肯定者こそマッカーサーに感謝せよ■

 天皇制を支持する立場にたつならば、マッカーサーに心からの感謝を捧げこそすれ、非難する根拠は皆無なのである。 (224-5頁)

 著者曰く、極東委員会という天皇制に批判的な国々で多く構成された委員会が憲法を作る前に、マッカーサーは憲法作成を急いだ。もしこの委員会が憲法を作ったら、天皇制は廃止、少なくとも今より権限は縮小していただろう、と著者は言っています(鈴木昭典『日本国憲法を生んだ密室の九日間』等を参照)。
 

 (注1) 本件については、半田滋『「戦地」派遣 変わる自衛隊』に、「米国へは一兆円をはるかに超える実に84・8%を供与し、クウェートへは約6億円だけで、わずか0・05%しか渡っていない。クウェート政府による感謝の広告に日本の名前がないのもうなずける。」という一文が掲載されているそうです(「「湾岸戦争のトラウマ」の真実!? (一主婦が日本の安全保障について考える その3)」『クマのプーさん ブログ』より孫引)。

(注2) 紛争地域への兵器輸出を規制することについては、軍事について詳しい一般人の方も、賛同されている模様です(「武器輸出三原則についてのよくある誤解」(『リアリズムと防衛を学ぶ』様))。
 「紛争当事国や非政府組織に軽火器(小銃、軽機関銃など)を売る」ことは、「日本は紛争の可能性を高めているとして批判されてもしかたがないでしょう。前述したように日本の人件費でこれを行うのはほとんど不可能だと思いますが」と述べています。日本が兵器輸出大国になれないのは、「日本は人件費が高く、低価格兵器では中国製やロシア製に(恐らくほぼ確実に)対抗できないから」だそうです。
 (この点については、「完全なる買い手市場 & 過当競争と化している現在の兵器輸出市場で、日本が新規参入してどれだけやっていけるのかというと、いささか疑問に思える」という井上孝司「武器輸出三原則の見直しに関する疑問 (前編) 」(『Kojii.net』様)もご参照ください)。
 ただし、「売り先が平和を愛する現状維持国で、平和のための抑止力として使ってもらえば、誰も死なないために役立つこともあるでしょう。」というふうに、部分的に容認はしています。ここの所は、その是非と程度について議論が必要と思われます。例えば、どこの国が「平和を愛する現状維持国」なのか、という基準についてです。
 なお、おなじブログの「北朝鮮のミサイルから日本を守る5つの方法」では、核シェルターの有効性について書かれています。

TAG : フセイン 湾岸戦争 兵器輸出 イスラエル ロビー マッカーサー NPT アメリカ

ミサイル防衛を考える際の3つの前提 豊下楢彦『集団的自衛権とは何か』(2)

ミサイル防衛を考える際の3つの前提■

 迎撃できる可能性はきわめて小さく、たとえ迎撃に「成功」したとしても、日本の国土で核爆発が起こるか、広範な核汚染にみまわれるのである。 (129頁)

 ノドンに核弾頭が搭載されていたら、という最悪の仮定での話です。核を搭載したミサイルの場合、たとえ撃墜しても、核の汚染は避けられません。
 江畑謙介氏は、都心のミサイル防衛について、「都心に向かってきても撃ち落とせるだろう」と迎撃システムを信頼していますが、対処方法については「降り注ぐ破片を避けるために、情報をキャッチし、家などの建物の中にいるようにするしかない」といってます(「北ミサイル 迫る“Xデー” 見えぬ恐怖どうすれば」『産経ニュース』)。
 破片というのを、核汚染ないし核爆発に変えて読んでみると、その被害は甚大であることがわかります。仮にミサイル防衛体制を完璧にしていても、相手が核弾頭を搭載したミサイルを持っていれば、仮にミサイル防衛システムで完全に迎撃できても、必ず重大な被害は出てしまうのです。これが、前提条件の一つ。(注1)

 そもそも米国の本土にある世界最強の核戦力をもってしても抑止できず、「核の傘」も機能しない相手に対し、日本に持ち込まれる程度の核によって、なぜ抑止が可能なのであろうか。 (206頁)

 日本核武装論に対するコメントです。ミサイル防衛信ずるに足らず、ゆえに、日本も核武装、という人もおられるようです。しかしよく考えたら、アメリカの核戦力でも抑止できないのに、日本が核をもっても、抑止力になるという根拠は薄弱です。
 核武装について徹底的に論議すべきだ云々、とよく言われる昨今ですが、この核武装論の効用とは、実質、【頭の体操】程度というのが実のところではないでしょうか(新手の【脳トレ】かも知れません)。
 なお、最近一部で流行しているらしい【核シェアリング論】については、「核兵器シェアリングという覚悟」(『週刊オブイェクト』様)をご参照ください。

 仮にミサイル防衛によって抑止が機能すると仮定しても、相手はそれを上回る兵器の開発にのりだし、際限なき軍拡競争がもたらされることになる。 (133頁)

 ここが、一番肝心です。軍事とか技術とかそういうのばかりに気をとられて忘れがちのことですが、技術のいたちごっこが、何より厄介です。
 ABM条約(弾道弾迎撃ミサイル制限条約)という、弾道ミサイル攻撃をミサイルで迎撃する兵器配備を制限した米露(ソ連)間の条約がありました。1972年に結ばれたこの条約は、しかし、2002年にアメリカが脱退したため、効果がなくなってしまいました。
 この条約は、そもそも、各国の軍事的技術の競争の激化による、軍備増強と軍事費増大の悪循環を断ち切るためにできた条約です。亜門大介「哲学なき弾道ミサイル防衛」(『模型研究室トップページ』様)のいうように、「無限競争は相互に不利益が大きいと人々が思ったからこそABM条約は締結されたのです」。ブッシュ政権が事実上無効にさせたこの条約にこそ、ミサイル防衛論議の喧しい今にあって、考えるヒントが隠されています。

■ドイツが注いだ油■

 ドイツは同月一九日には、クロアチアの一方的な独立承認を閣議決定するに至ったのである。 (178頁)

 1991年12月の出来事。各国外相の批判にもかかわらず、ドイツはクロアチア独立を承認し、結果、旧ユーゴの紛争に対し、油を大量に注ぐ結果となりました。この承認は、現クロアチアの地域にいた少数民族であるセルビア人の権利保護をあいまいにしたまま行われています。無論著者は、それまでの経過にたいする、各国の責任も、忘れずに書いています。

■北朝鮮よりイランより、危険なパキスタン

 米国がイラク戦争の泥沼にはまり込み、あてどもなく大量破壊兵器を探し回っている間に、パキスタンから「ならず者国家」や「悪の枢軸」の国々への核拡散が進行していたのである。 (168頁)

  テロリストに核が流出するリスクが一番高い国は、イランでも北朝鮮でもなく、パキスタンであるというのが、著者の一貫した主張です。核保有国パキスタンは政治的に不安定であり、地理的にタリバン勢力の存在が非常に懸念される地域です。ムシャラフ政権(当時)が倒れた場合、政情が不安定となり、核の管理をどうするのか、というわけです。
 「核も、ミサイルもあり、テロリストが跋扈しているパキスタンの方が、かつてのフセインのイラクより、はるかに『脅威』なのではないか」。この問いが、パキスタンの核保有を認知してしまった日本に、今現在でも突きつけられています。


(注1) 本文では、核ミサイルを迎撃した場合の核汚染の被害について、「重大」と表記しましたが、実際どうなのでしょう。
 大気圏内で迎撃に成功し、弾頭の残骸や弾頭内の放射性物質が降り注いだ場合、「環境への影響は、原子力発電所の爆発事故や核爆発と比較すると、無視できるレベルと考えられている」という意見(Wikipedia:「ミサイル防衛」)から、「特に核物質がウランではなくプルトニウムだった場合、かなり毒性の強い物質ですから、その地上への影響が懸念されます。」という意見(掲示板での「noname#14038」様の意見)まで、ネットで閲覧する限りさまざまです。
 この分野に詳しくない人間としては、専門家による意見を伺いたいところです。
 ほぼ間違いないと思われるのは、①撃墜された核搭載ミサイルからの放射性物質の飛散は、核爆発が起きた場合よりは被害が小さいこと、②大気圏への再突入前に撃破してしまえば、核の汚染はほぼ防げる可能性が高いこと、この二点です。

(追記) 
 「昭和天皇・マッカーサー会見(岩波現代文庫)/豊下楢彦」(『読書日記と着物あれこれ』様)という記事を読みましたが、これを読む限りこの評者は、本書をよんだことが一度もなさそうです。もし本書を読んでいてなお、「政治的センスのカケラもないように思える」のだとすれば、自身の【読書的センス】を疑う努力が必要となるでしょう。

2009/12/7 一部修正

TAG : ミサイル防衛 核武装論 核ミサイル ABM条約 クロアチア パキスタン

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。