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マナーは思いやりではなくて、単なる他者との共存のすべである、という話。 -野矢茂樹編『子どもの難問』を読んで-

 野矢茂樹編『子どもの難問』を読んだ。
 幾人もの日本を代表する哲学者たちが、「子どもの難問」に、こたえていく内容。
 一つの問いあたり、二人の哲学者が担当しており、その対比も見どころ。

 じつは、最大の読みどころは、巻末に載っている哲学者たちの出身地と履歴だったりする(マテヤコラ。
 (あながちウソではない。みんな、当然だが、高学歴である。)。 

 本書の哲学者の回答の中から、特に興味深かったところだけ。
 誰がその回答をしたのかについては、実際に本書をあたられたい。



 「生きている」のは、「生きている」こと自体を深く経験するため。これが、あえて言えば、「なぜ」に対する私の答えです。/「あえて言えば」と言ったのは、「生きている」ことの自己目的性を強く意識しすぎると、それはそれで、深く経験することを阻害するようになると思うからです。ちょうど、眠ろう眠ろうと意識しすぎると眠れなくなってしまうように。 (78頁)

 生きることは味わうこと、それ自体が目的、とでもいうべきものだ。
 だがしかし、その自己目的性を意識しすぎると、かえって、生きることを味わえなくなる。

 味わうとは、何かのために味わうのでも、味わうために味わうのでも、ない。
 そういう「目的-手段」関係から距離を置くものなのである。

 この手の議論については、以前書いていた(のをさっきまで忘れていた)。



 誰にも見えない心の奥でキミは自分を育てている。そしてそのヒミツの一部をごくわずかな人に伝えることで、キミは濃淡のある人間関係をつくれる。これがプライバシーが大切にされてきた理由なんだ。みんなテレパシーで心の中が御見通しになったら生きやすいと思う? (82、83頁)


 キミは「僕の気持ちをわかってくれない」と思うだろう。この「わかる」は「知る」じゃない。「尊重する」とか「許す」だ。こっちの意味での「わかりあう」方がずっと大切じゃないかな。 (83頁)

 結構、意表を突かれた回答である。
 お察しの通り、これは自然主義を唱える哲学者による回答である。

 プライバシーは人間関係を築く礎として機能している。
 ある人と距離をとり、ある人と距離を縮めるための手段として、プライバシーは機能する。

 大切なことは、ある特定の人と距離をゼロにすることではなく(不可能だ!)、その距離を適度にコントロールできる自由を持てることだ。

 そして、適切な関係を築くことで、他者を尊重し、他者に尊重され、他者と尊重し合うことも、可能になる。
 相手に「僕の気持ちをわかってくれ」るようにするためには、相手との関係を再構築できるよう、自分の「ヒミツの一部」を伝えていくことが大事だ。

 分かってくれないなんて、不満に思ったって何も解決しないから、それよりも、自分がまだ相手に伝えていないことを、適切な形でちゃんと伝えるべきだ。
 (なんだか、人生論っぽくなってしまった、、、)



 科学が提供する「説明」は、基本的には「どういう仕方でそうなるの(how)?」という問いに対する答えであって、「なぜそうなの(why)?」という問いに対する答えではありません。 (100頁)

 科学の話だ。
 火をつけるとモノが燃える一連の現象(how)を説明はできても、なぜ火をつけるとモノが燃えるのか(why)には、突き詰めていくと、答えることはできない。

 こちらのブログさんの記事が紹介している。
 すなわち、夏目漱石が言うように、「科学はいかにしてということすなわち How ということを研究するもので、なにゆえということすなわち Why ということの質問には応じかねる」
 科学は、「いかなるプロセスで花が落ち、実を結ぶのかという一連の手続きの記述」にあり、「なぜ、花は落ち、実を結ぶのかは顧みない」。



 この配慮を思いやりややさしさと取り違えないでほしい。なぜなら、それは気持ちや自発性とは違って、豊かな共同生活に必要なスキル、身に着けるべきものだからだ。 (139頁)


 仮にそれが相手の何の役にも立たないとしても (略) やさしさは誰もそれを要求したり強制することのできないものだからこそ、素晴らしい (同頁)

 マナーと思いやりは、結構混同される。
 だが、混同してしまうと、結構息苦しい。

 マナーの基底にあるのは、他者への配慮である。
 だけど、その他者への配慮は、自発的でなくても可能だ。
 あくまで「べき」という社会的必要によるものだ。
 他者との共存、そのための単なるスキル(すべ)であり、慣習である。

 一方、思いやりや、やさしさというのは、自発性、非-強制性によって成立している。
 愛と同じく、自発的なものだからこそ、尊い。
 愛は素晴らしいが、愛を強要するのは、おかしなことだ。

 二つのものは相異なるものであり、二つの混同は悲劇を招く。

 マナー良くふるまうには、自発性があった方が、そりゃ、やりやすいだろうが、無理に自発性を持とうとすると苦しいだけだ。
 敬語と同じで、突き詰めれば、敬意を持っている必要は無い(この議論の詳細については、滝浦真人『日本の敬語論』などを参照のこと)。

 少し似たようなことを「友情」を主題にして、書いたことがある。
 (いっそう冷めた見方だったけど。)



  僕らの発言や行動の全部を照覧して、その首尾一貫性を要求してくる存在という一種の幻想が生まれる。それが神。僕らが言葉を使って考え、一貫性をもたせようとすると、そこに不可避に生まれる錯覚 (171頁)



 嘘をつけない言葉を語る機会を、われわれ自身が必要としているからである。そういう機会を作らないと自分が何であるかわからなくなってしまうからである。/そのとき、われわれは言葉を超えた神に向かって言葉で語りかけることになる。  (174頁)

 二人の哲学者による、神の存在に対する説明である。
 結構似た回答だ。

 前者の場合、どこか、某社会学者の「第三者の審級」みたいな概念である。
 いわば、「保証人としての神」である。
 自分という首尾一貫性を保つためには、不完全たる生身の人間には事実上不可能。
 ならば神を要請するしかない、というわけだ。(カントかよ。)

 後者の場合、これもまた、「保証人としての神」である。
 嘘をつくには、真実の言葉と嘘を峻別できないといけない。
 しかし、それができないと嘘すらつけないし、言葉が混乱する。
 そこで、その真実の言葉を保証する存在が必要になる。
 もちろん、その必要とされた存在が、本当に存在するのかは、著者が述べるように、分からないのだけれども。

 神とは、寄る辺なき人間の不完全性に由来するものなのである。



 (未完)
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マイノリティが切り開いた自由と平等の両立 -ついでに政治への無関心と憤りについて- 福田歓一『近代民主主義とその展望』を読んで

 福田歓一『近代民主主義とその展望』を読む。
 確かに、繰り返し読みたくなる名著。
 近代の民主主義を押さえる上での基本文献の一つ。
 
 興味深いと思ったところを。



 近代民主主義の起源と、自由と平等の関係について。
 二つは背反していると思われがちだが、必ずしもそうではない歴史を持つ。

 近代の民主主義の特徴とは、「一切の権力に先立つ個人の自由」(113頁)。
 身分も、所得も、宗教も、性別も関わりなく、自らの権利を主張することができること、これが特徴。
 これは、政治社会に先立つ人間の生まれながらの権利、つまり自然権と呼ばれるもの。

 こういった権利が生誕したのは、一七世紀におけるイングランドの革命のときであり、基本的なモデルは、国教制度に反抗するピューリタンたちの信教の自由、内面の自由、良心の自由の主張だった。
 (もっと起源を遡れば、ルターの宗教改革にまで届きうる)

 こうした近代の自由とは、古代における自由とまったく異なる。
 それは「権力からの自由」であり、この自由は、身分に属するのではなく、人間全てに共通のものだという普遍性の主張と結び付いた(115頁)。
 このとき、自由と平等とは、不可分のものとして規定されることになった。
 
 近代における自由と平等の上記のような関係は、国教制度に対するマイノリティの主張に由来しており、マイノリティの主張であったがゆえに、彼らの主張は、他の人間の自由の尊重と結びつかざるを得なかった。

 (なお、「国家への自由」(国政への参加)もまた、深く平等の主張と結び付いており、マイノリティであるレヴェラーズ(ピューリタン・平等派)は、自分たちの主張を守るためには、自分たちもまた権力に参加せねばならないとして普通選挙権を要求するため、「人民協約」を著している。)

 マイノリティこそが、近代における平等性(普遍性)の道を切り開く結果となった事実は、良く抑えておくべきこと。



 大衆化が、政治において個人に与えるものは、皮肉なことに「無力感」だ。
 有権者が増えれば増えるほど、逆に一人の有権者の影響力は反比例して減っていく。

 さらに、政治権力に対抗するには、巨大な組織の一員になるほかないが、やはり、その巨大な組織の前に個人は無力となる。

 さらにさらに、社会組織事態が非常に複雑になって、見通しが利かなくなって、無力さは増す。
 さらにさらにさらに、技術革新や経済的変動などの社会変動の圧力に対して、個人は無力さを感じる。
 こうして、社会の当事者になったはずの大衆は、政治的に無関心となる。

 ところが、いざ、その個人が社会生活に適応が上手くいかないと、政治に対する要求は高まり、立腹する。
 その憤りは、激しいものとなり、時に方向性を見失いがちになる。
 この憤りは、社会と政治の複雑さに対する把握のし難さに直面した時、単純に白黒をはっきりさせたがるモラリズムに行き着き、デマゴーグの入り込む余地を生む。

 政治に対する無関心と憤りとは、正反対のように見えて、実は、「現実と政治に対する無力感」という点は共通している(169頁)。
 昨今の実例がそれを示しているだろう。



 (追記) 

 myogab と言うか、大航海時代に異人が政治力を持ち始めた時に、自国の弱者保護を方便に民族主義で対抗した残滓だろう。そこで歌われた平等の適用範囲がグローバル化の中で適宜拡大されていった先に今があるだけで。 2012/02/0

 このコメントですが、上に「自然権」と書いたのをお見過ごしのようです。
 また、「権力からの自由」を主題にしているのに、なぜナショナリズムの話になるのか、正直ギモンです。
 おそらく、ナショナリズム(民族主義=国民主義)に関わる領分と、「信仰の自由」という人権に関わる領分とを、混同してるんじゃないでしょうか。
 二つは同じものではありませんし、時に相対立したものです。
 是非、福田歓一『近代民主主義とその展望』を一読してみてはいかがでしょうか。

「ソシアル」をちゃんと知っていた福田徳三(当たり前だが) -市野川容孝『社会』を読んで-

 市野川容孝『社会』を読む。



 「ナチの優生政策と安楽死計画を、ドイツの一精神科医として批判的に検証してきたK.ドゥルナー」は、その計画にあたった人びとの背後にあった心性を、「死に至る憐れみ」と表現する。
 「何て可哀相な人」
 「何て気の毒な人」
 「何て惨めな人」
 「そういう深い同情とともに、「健康」な人びとは、自分たちとは違う生命を大量に殺した」。

 医師たちは哀れみを持って応じたが、その哀れみは、「自分への同情」にすぎなかった。
 病気のない世界、病気のない人間、そういった理想を抱いた医師たちにとって、目の前にいる者たちは、否定せざるを得ない存在だった。
 自分たちの理想のためには、殺害するほかなかった。




 ソシアル、と聞いて、それが、リベラルと対立する概念であることを知る人は少ない。
 正確には、そういう用法があることを知る人は少ない、というべきか。

 日本では、その「ソシアル」という概念への認知度が低い。
 著者の言うように日本の知識人には、「18世紀の政治経済学に対する批判のすべてはマルクスに集約されているのだから、マルクスが批判した他の政治経済学批判=社会科学は読む必要がない、読むに値しないと決めつける傾向」があるからだろう。
 しかし実際は、マルクス主義は欧州において、「確かに最も有力なものとはいえ、社会科学の一つにすぎない」のであり、それ以外の様々なソシアルの思想が「多重で分厚い層を形成していったのである」。
 このような伝統の厚みこそ、「冷戦崩壊後もヨーロッパにおいて、政治的言葉としての「社会」が衰滅しない一つの理由」。
 だから、日米における「ソシアル」の弱さは、その伝統の薄さによるものといえるかもしれない。



 一方、福田徳三のような戦前の学者の場合、「独語の"sozial"」を、「被抑圧者の解放に関すること一切を形容する語である」として、きちんとわかっていた。
 「福田は、今日のドイツやフランスの「社会的な国家」という憲法規定にも継承されている「社会的」という言葉の意味を正確に理解して」いた。
 しかし一方で、その福田自身が、「厚生」という("「上」から与えられる"というニュアンスの強い)語を導入することで、日本における「ソシアル」のあり方を幾分も変質させてしまったことは本書でも触れられている。

社会主義は容認し、民主主義は容認しなかった、「国体」

■ドイツ社民党の国民政党への道■

 ドイツ社民党の場合、階級政党から国民政党への方向転換は、1959年のゴーテスベルク綱領で決定的となった。無論、この方針転換をめぐって、その後、党内では議論(たとえば青年組織であるJUSOからの批判)が繰り返され、またAPO(議会外反対勢力)も生まれるのだが、中産階層がナチの支持勢力なっていたという苦い経験ゆえに、中産階層をしっかり支持基盤に取り込むことは、ドイツ社民党にとって、戦後民主主義を確立し、これを安定させるためにも、重要な課題だった (某書より引用)

 ゴーテスベルク綱領が、ドイツ社民党にとって重大な転換だったことは良く知られてます。
 そのために、社民党が政権をとるチャンスを得たと同時に、党内左派の分離を招いたことも。
 それでもなお、中産階級を取り込み国民政党へと転換せねばなかったことは、上の理由によるものです。
 無論それは再軍備にも関わるものでもあり、そこらへんの詳細は、岩間陽子『ドイツ再軍備』とかを読むべきかもしれません。

■ドイツの社会民主主義の歴史の一例■

 国家による社会主義、官僚制によって実現される社会主義、つまりは「上」からの社会主義、それらもまた「社会主義」だという認識が広がっていく中、ベーベルとリープクネヒトたちは、これらと自分たちを明確に区別するために「社会民主主義」という理念を党名に復活させた (某書より引用)

 ドイツ帝国時代、政府に恐れられていたのは、社会主義ではなく、社会民主主義のほうでした。
 社会主義的な政策自体は、かのビスマルクも行っているわけですから、社会主義者鎮圧法の狙いは、社会主義自体ではなく、社会民主主義、すなわち、「下からの社会主義」にあったことは、十分了解できると思います。

■社会主義は容認し、民主主義は容認しなかった「国体」■

 1901年 […] 社会党の「宣言書」を準備していた頃、その概要を事前につかんでいた神楽坂警察署長が、安部の自宅を訪ねてきて、こう言った。党の綱領に掲げられた「軍備を縮小すること」「重大なる問題に関しては一般人民をして直接に投票せしむるの方法を設くること」「貴族院を廃止すること」という三つの主張、これらだけを削除すれば、政府は社会民主党の設立を禁止しないだろう、と。典型的な社会主義的要求である、土地と資本の共有化や富の公平な分配には、何の言及もなかった。しかし、安部らは、この三つの要求の削除を拒む。 […] 社会民主党が禁止された以上の経緯 […] 当時の政府が最も危険視していたのは、社会主義よりも、むしろ民主主義であった (某書より引用)

 先に紹介したドイツの先例と同様、日本の場合もまた、恐れられていたのは、社会主義というよりも、社会民主主義でした。
 「軍備を縮小すること」「重大なる問題に関しては一般人民をして直接に投票せしむるの方法を設くること」「貴族院を廃止すること」という、「民主主義」的な政策は、当時の「国体」と相反するものと見なされました。
 しかし一方で、「土地と資本の共有化や富の公平な分配」などの社会主義的政策は容認されました。
 これは、その後の「戦争」の時期における、日本の「社会主義者」(社会民主主義者ではなく)の行動を予見させるものでした。
 
■その「比較」からの、卒業♪■

 ルソーと同様、ニーチェにおいても「自由」とは、他人と自分の比較によって、他人と自分を恥ずかしい思いにさせることそのものからの自由であり、さらに言えば、他人と自分の比較によって初めて意味をなす平等と、これに定位した社会的なものそれ自体からの自由なのである。 (某書より引用)

 ニーチェは、他人と自分との比較そのものから解放されようと試みました。
 ヘーゲルの、例の主人と奴隷の話(要するに「承認」の話)を考えてみると、ニーチェの企ては、その「承認」自体からの解放にあった、といえると思います。

■永劫回帰VS優生学■

 私は、この生を変えられない。だが、この生を微塵も変えることなく、何千回も、何万回も繰り返してみせよう。それが永劫回帰の教えであり、「勇気」である。こうして、「退廃者」--それはニーチェ自身である--を含むすべての生命が「勇気」によって、肯定されるべきものとなる。ニーチェの優生学も、ここで打ち殺される--本来ならば、である。 (某書より引用)

 ニーチェは優生学的に、「劣等」と見なした存在に対する抹殺を説いています。
 先ほど比較そのものからの「卒業」を説いたはずのニーチェが、自分の言葉を忘れてしまったかのように、存在の優劣の比較を行い、劣等なものの抹殺を説いている。
 しかももっとおかしいのは、その抹殺されるべき存在のなかには、定義上、「病弱」たるニーチェ自身が入ってしまうことです。
 そうなると、自分で自分の抹殺を宣言することになる。
 もし、このようなニーチェの矛盾を打ち砕くものがあるとすれば、それは、永劫回帰による運命の受容、肯定に他なりません。




(追記) ブコメにてご指摘いただいたが、この場合「某書より転用」と書いたら問題ないのでしょうか? 「某書より引用」と書いておきながら、実は自分で捏造したものも含んでいる(ケースも多い)ので、どうしたらいいものか。お知恵を拝借したいところです。



 (さらに追記) 色々考えましたが、次回から、書名はちゃんと書いておくことにします。あと、主従の問題もあるかと思うので、少しくらい自分の手でコメントを書き足すようにします。ご指摘いただきありがとうございました。



 (さらにさらに追記) とりあえず、何か補足コメント書いておきますw

『純粋理性批判』が読みにくい理由

■『純粋理性批判』が読みにくい理由■

 彼はみずからラテン語をドイツ語に翻訳しながら執筆を続けていた。そのさい、構文もずいぶんラテン語ふうになっていて、そのままドイツ語で読むと奇異なところもあるようです。
 例えば、ラテン語は文章の区切りがはっきりせず(句読点がなく、大文字もなく)、どこまでも続くのですが、時には一ページを超えるカントの異様に長い文章もその「影響」と思われる。
 […]
 書き始めるや(岩波文庫にして上、中、下合わせて千ページ近い)浩瀚な書物を四~五ヶ月という信じられないほどの猛スピードで完成してしまったのです。
 そのため、やはりわかりにくくなったのではないかと本人も気にしていたようですが (某書より引用)



■無限は「理念」(πとか。)■

 われわれが概念において一挙に理解している全体性は、すべて「現にたどること」によってとらえられる有限の量と区別して「現にたどること」によってはとらえられない量、すなわち「理念」という身分に甘んじるわけです。 (某書より引用)



■無限の話、空間(有)を取り囲めるのは空間(有)だけ■

 ある有限な空間Rで止まる場合、そこで世界は限界に達するわけですから、その外は無となり、無がRnを条件づけることになるが、無は「条件づける」という作用を持ちえないはずだから、それは背理だということ。 (某書より引用)



■ヘーゲル先生のぼやき■

 一足の靴を作り上げるためには、その仕事を修得し練習しておかなければならないことは、誰でも認める・・・。だが、哲学することそのことだけは、こうした勉強や修得や努力は必要ないと言うのだ。 (某書より引用)

自分が大事だったモンテーニュ

■スタンダールェ...■

スタンダールも『イタリア絵画史』と『イタリア画派』で、アモレッティ、ボッシ、ヴェントゥーリ、ビニョッティなど「誰彼カマワズ」大量に剽窃している […] 『ローマ、ナポリ、フィレンツェ』はどうか? この本の著者を賞賛する記事が『エディンバラ評論』に載り、かなりの分量にのぼる抜粋が掲載された。しかしその二年後、『エディンバラ評論』の編集者は、スタンダールがこの抜粋を雑誌のバックナンバーから盗用していたことに気づき、それがきっかけで同じ手口により窃取した論文が他にも多数あることが発覚した。 (某書より引用)



■自分が大事だったモンテーニュ■

 千冊余の蔵書 […] ときおり順序も脈絡もなく本をめくる。モンテーニュにとって本はたんなる刺激でしかなかった。本に書かれたことよりも、本のおかげで成長できた現在の自分のほうがはるかに重要だった。 […] モンテーニュにとってセネカなどはどうでもよかったのだ。モンテーニュは自分自身の思想を追っていたのである。 (某書より引用)



■伯爵も盗んだようです。■

 『マンドロールの歌』 […] 「第二の歌」の、マンドロールと雌鮫の交合はどうか? ミシュレの『海』からそっくりそのまま引いている。 […] トウゾクカモメ(「第五の歌」)、ペリカン科の仲間(「第五の歌」)、アカトビの飛行(「第五の歌」)、七面鳥の上嘴についた厚ぼったい肉垂れ(「第六の歌」)。以上の記述についてはビュフォンやシュニュ博士の『博物誌百科』から引いている。観察記録や科学的な語彙が持つ公理のなかにはあまりに完璧で奇抜で詩的なものがあるため、彼はそれらを作品にそのまま取り入れている (某書より引用)



■排除のルールは、大抵わからない■

 国は正体を持たぬことで呪術性を持つ。 […] 「国民」とか「我々」とか「長島を守る会」とか、とにかく共同体意識をそそって仲間はずれを作り出すような、しかも仲間はずれの基準が判らないものを設定すれば良い。 […] みんな現代人と称していても名前の呪殺や墓参りや、日本国の象徴なんかに振り回されている (某書より引用)

なるほど、「冗長性」(本書では「畳長性」と表記)って、とても大切なんですね、分かります -山内志朗『畳長さ”が大切です』-

 山内志朗『畳長さ”が大切です』を読む。
 「冗長さ」(本書では「畳長性」と表記)をポジティブに論じる。

 なお、以下の文章自体が、本書の「冗長さ」(本書では「畳長さ」と表記)を削り取って出来ていることは、一切気にしてはならないw



 「冗長記号」(本書では「畳長記号」と表記)というのがある。
 たとえば、学籍番号などの数字の最後に、一つ余計に記号をつける、あれのこと。
 何のために必要なのかといえば、書き間違えなどがあったときに、いちいち本人に確認しなくてもいいようにするためだ。
 「冗長性」(本書では「畳長性」と表記)には、誤りに備える、という意味がある。
 
 また、「冗長性」(本書では「畳長性」と表記)のおかげで、ある言葉が一文字虫食いになっていても、前後関係でそれを補うことが出来たりする。
 言語に、「冗長性」(本書では「畳長性」と表記)が存在することで、円滑なコミュニケーションが出来るわけだ(61頁)。

 ありがとう「冗長性」(本書では「畳長性」と表記)。


 
 本書では、「マレービアンの公式」が出て来るが、これに関する誤解については、Wikipediaの当該の項目を御参照あれ。
 (この指摘も当然「冗長」(本書では「畳長」と表記)なのだ。)



 本書は、創造的な面をも担うものとして、「冗長性」(本書では「畳長性」と表記)を取り上げている。

 「あしびきの山鳥の尾のしだり尾のながながし夜をひとりかも寝む」という有名な歌。
 序詞が長いことで知られるこの歌だが、実は、ひとり寝の夜の長さを聞き手に追体験させている、という意味合いがある(47頁)。
 序詞というのは、決して無駄な記号ではなくて、「散文によって時々刻々表現したのではあまりにも長くなってしまう」のを、簡潔に表現するためのもの。

 散文に比べて、短く書かざるを得ない歌。
 そんな字数の限られた歌なのにわざわざ枕詞や序詞を使うのは、こうした長々しさを表現するためだったり、あるいは、言葉に「ため」を作って歌にメリハリをつけるためのものだったりする。
 こうした冗長性(本書では「畳長性」と表記)は、無駄に見えるけど違うわけだ。



 著者は、言語における新しい表現は、「冗長性」(本書では「畳長性」と表記)を前提にしているからこそ、新しい表現として登場することが出来るのだ、とも述べている(127頁)。
 要するに、新しい表現だと認識されるためには、今や新しくない表現(つまり「冗長性」(本書では「畳長性」と表記))との違いが必要なわけだ。
 新しくない表現というのは、新しい表現が理解・受容されるための可能性の条件だといえる。
 (ここら辺の指摘は、実は渡部直己『リアリズムの構造: 批評の風景』の、正岡子規論にも通じている。「月並」もまた「冗長性」(「畳長性」と表記)といえる。詳細、当該の書を参照されたし。)



 著者は、この「冗長性」(本書では「畳長性」と表記)の概念を更に推し進める。
 つまり、存在というのは、「冗長性」(本書では「畳長性」と表記)を帯びることによってしか顕現し得ないのではないか、ということ(58頁)。
 有限なる存在は当然、可謬的。つまり、誤りうる。ならば、それを補うような「冗長性」(本書では「畳長性」と表記)は、存在論において必須なのではないか、ということだ。

 いってしまえば、人間やモノに無駄が存在することは、実はその存在にとって本質的なことだというわけだ。



 以上、「冗長さ」(本書では「畳長性」と表記)についてでした。

サルコジ(当時,大統領候補)より労働者に優しくないニッポンの政治 orz -あと、「いい加減、供託金自体廃止しろよ」な件-

 薬師院仁志『民主主義という錯覚』を再び読む。



 J・S・ミルは、「知性の度合いが低い」人間が投票する危険を排除するため、普通選挙のために「試験」を実施すべきと提案した。
 衆愚政治を嫌ったためだ。

 現代からすると、奇異に思う人もいるかもしれないので、こう考えた方がいい。
 例えば、もし10歳の子供に選挙権を与えるなら、どのような試験をすべきだろうか、と。

 正直、ミルの意見には反対だが、ミルの考えは生かされるべきかもしれない。



 「民選議員設立の建白書」は、国民の平等参加ではなく、士族および豪商・豪農にだけ資格を限定しようとしていた(154頁)。
 これは結構有名な話。



 植木枝盛の憲法案は、基本的人権に関する規定は明確こそだが、世襲の皇帝を議会から独立した行政権力の地位に置きつつ、しかも、一方的に議会を解散させる権利を持たせる条文を作った(171頁)。
 ・・・ぜんぜんルソー主義じゃないw
 人民の意志を体現する議会を、世襲の君主が一方的に解散させちゃうとか、ルソーが聞いたらひっくりかえっぞww
 実際の所、植木は、連邦制を導入したくて、その正当化のためには、天皇を必要としていた。
 なぜ連邦制かといえば、沢山の異なる州(70州も!!)を作って、政府機関を各々作り、さらに民兵(常備兵と護郷兵)を置けば、失業士族の雇用が出来ると考えたからだろう、と著者はいう(168,9頁)。
 エモリン、乙w



 「圧政への抵抗」というのは、既に、16世紀にラ・ボエシーが、王政下の農民暴動に対して用いた言葉(186頁)。
 民主主義と関係はなく、ルソーとも関係はない。
 抵抗権は、あくまでも、「伝統的な人権の範囲」。

 そしてなにより、著者が言うように、「圧制への抵抗」とかいうなら、その圧政自体を潰して、新しい政治秩序を立てないと。
 お上に一揆を起こして、考えを改めてもらったらそれで終了、とかいう日本的"反抗"は、「圧政への抵抗」とはぜんぜん関係ない。

 (勿論、日本的な"仁政要求"がダメなわけじゃない。詳細は、好著・牧原憲夫『客分と国民のあいだ』を参照。)



 著者の指摘は全う。
 例えば、イギリス型立憲君主を志した昭和天皇と西園寺公望だけど、大日本帝国憲法だと軍のトップは天皇なのだから、天皇が止めなかったら軍部の暴走阻止は不可能だろ、という指摘とか(208頁)。
 ごもっともな話。
 英国的立憲君主制を理由に動かなかったっていうのは、確かに、日本の当時の国制からすれば、軍部の暴走を容認したも同じなのだ。
 厳しい言い方をすれば、当時の国制を十分理解しその中で勤めを果たそうとするなら、むしろ、君主として主体的に軍部を止めるしかなかった。
 彼らが理想とした君主像と、実際の国制で必要だった君主像のギャップ orz

 あと、護憲三派が治安維持法にはほとんど反対しなかった(209頁)件もちゃんと書いてる。
 おいっww



 大統領になる前のサルコジの公約を見てみる。

 サルコジは、従来の4時間増の週39時間労働にしようとした(256頁)。
 みんなが多く働いて稼げば、購買需要も増え、それが新しい雇用を生む、と論じた。この点が、選挙に勝てた論点ではないか、と著者はいう。
 一方で、不安定雇用を廃止し、雇用を正規雇用に一本化しようとした。

 サルコジのこのときの政策は、現代日本の現状からすれば、むしろ労働者寄りな方である。
 嗚呼情けない、日本国 orz

 さらに、相続税などの資産税減税には、サルコジは批判的(259頁)。
 富裕連帯税廃止も、彼は拒否している。

 富裕連帯税は、資産評価額が76万ユーロを越える個人に固定資産税とは別に課せられる税金。
 金持ちから"廃止しろ"の声が大きい税金だが、サルコジはこの時点では、拒否をしている。
 改めて、嗚呼情けない、日本国 orz
 


 著者のサンデル先生的な話。

 ムスリムが多く住む町のお店から、豚肉と酒が消えた。
 別に多数派のムスリムが意図したのではなくて、彼らが豚と酒のない店を選んだだけだ。
 しかし、結果的に、豚と酒を置く店は、隣町にしかなくなってしまった。
 少数派の非ムスリムの高齢者たちは、近くの店に豚と酒がなくて困っている。
 さあどうしようか(264頁)。
  
 こんな著者の提起だが、解決は結構、簡単だろう。
 ネット販売するなり、行商に来てもらうなりすればよい。
 行商は、それの利用者の負担で来てもらえればいい。(公的な補助があってもよい)



 無給のボランティアを使うことは、恒常的な公的業務の場合、賃金をもらえる雇用を削減することにもなる(272頁)。
 少なくとも、雇用への影響に気を使わないボランティア活動など、有害極まりない。
 完全雇用を目指すこともなく、恒常的な活動をボランティアに任せるのは、失業者を生み出すことと同じ。



 選挙に立候補するのに、バカ高い供託金を求められるのは、先進国で日本だけ。米仏独伊には事実上存在しない(208頁)。
 衆議院の比例代表だと、一人600万円の供託金!!!
 立候補するのに、こんなバカ高い金を用意させといて、政治に関心持てとは、頭悪すぎ
 日本の民度云々抜かす愚か者どもは、さっさとこの供託金を廃止させるよう動け!!!、と煽っときます。
 一定の得票数があれば返してもらえるから大丈夫、なんていうのは、そもそも払うこと自体がおかしいだろ(怒)って反論しますよ。

究極的な民主主義は、確かに"くじ引き"だ -英米的な所有権優先主義 VS ルソー的"みんな"による法治国家主義-

 薬師院仁志『民主主義という錯覚』を読む。
 タイトルを実際の内容に即して付け直すと、『日本人が誤解している「民主主義」のあれこれ』見たいな感じかな。
 正直言うと、米国はともかく、英国の政治に対する考察が不足しているため、いまいち内容がまとまっていない気もする(内容はすごく面白い)。
 以下の内容が分かりにくいのは、そのためだ(←責任転嫁w)



 少数の代表者を人為的に(つまり投票で)選ぶこと。それだけで十分、非民主主義的である。
 そうモンテスキューとルソーは考えた。
 議会制度(間接民主主義)は、本来的には、民主主義に属さない(22頁)。

 著者はいきなり、こんなすごいことを言っている。
 まあ、実際その通りなのだけど。
 だって、支持されて選ばれた人間(立候補者)というのは、例えその人が優秀でも、その投票の結果は、全有権者の正確な縮図じゃない。
 立候補するほどの能力がなかったりする人もいるからだ。
 地盤や看板やカバンに格差だってあるだろう。
 くじ引きなら、そういった優秀じゃない人も、地盤も看板もカバンも関係なく、確率的に平等に、選ばれる。
 くじ引きとは、選挙の際に絶対出てしまう、金戦力や実務力やコネの力を、なくす手段なワケだ。


 (注:議会選挙による"間接民主主義"を、ルソーは肯定していたが、彼からすると、これは民主主義じゃなくて"貴族政"(選ばれた人間がする政治)、ということになるらしい。間接民主主義も民主主義だぜ、と主張し始めるのは、本書によると、米国の建国者たちだそうな)



 モンテスキューは、君主制を擁護していた。
 その正当化のために、君主に行政権だけはもたせようとした(32頁)。立法から追い出された君主に、せめて、執政の領域は与えよう、と。
 ケルゼンもその点を批判してた、らしい。



 三権分立と民主主義も、実は関係はない(120頁)。
 古代アテナイでは、民会が全ての意思決定を行うのであり、民会が全権を持つべきなのだから、権力を分割して、一部を民会以外の機関に与えるのは、「民主主義の一部制限」、というわけだ。
 違憲立法審査権の導入が、ヨーロッパ諸国で遅かった理由も、"民主主義≒議会"をずっと優先していたためなのだ。



 ちなみに、日本だと、地方議会と首長の関係が、大統領制のように拮抗する関係だが、
 多くのヨーロッパ諸国では、市町村議会から独立した首長はいない。首相のように、議員からの互選だ(122頁)。
 米国的な大統領方式というのは、実は欧州ではあんまりない。



 ルソーの定義する「共和国」は、君主の有無も関係なく、議会や選挙の有無も関係ない。
 実は、民主主義とも関係はない(55頁)。
 あくまでも、"全員のもの"というのが共和国[res publica]の原義。
 著者曰く、共和国とはつまり、法治国家のことである。

 そして、その共和国の法律は、多数派や権力者の利益ではなく、「全員に共通する利益」を目指す。

 分かりやすくいうと(57頁)、
 国を治めるのは国民全体の意思(「一般意思」)であり、その意思は、"法"として表現される。
 当然、その法は、国民全員の意思によって改廃される("国民主権")。
 いわば共和国とは、公道のように、私的に占有されず、みんなの利益のために作られ、みんなが使うことが出来るもの。
 但しそれを利用するには法を遵守する義務もある。
 そして、その法は、国民の意思で変えることが出来る。
  
 極端な話、上記のような"法治国家"であれば、君主がいても問題なく両立できるし、議会という手続きとも関係がない。



 イギリス(やアメリカ)の場合、法というのは、個人の自由を守るための規定のことで、他者の支配や拘束を脱するのが主目的(96頁)。これが、"法の支配"の結果としてある。
 一方、ルソーの理論の場合、全体の利益のためには、個人の自由を制限することを認めている。
 ルソーの考える"全体の利益"とは、メンバー全員の利益を考え、その中の不平等を出さない、ということを含意している。この点に注意。

 そもそも、ルソーの言う社会契約というのは、自然状態の中で人間と自然環境との間で成立していた調和的関係を、人間と社会環境の中にも成立させようとすることだった(97頁)。
 彼にとって、社会契約とは、"第二の自然"を作ることだったといえる。
 元々人は、他人に支配されず、自然界の法則にのみ従属しており、"自然"はみんなのものだった。
 対して、社会契約後の人間は、他人に支配されず、全員が従う同じ法律に従属し、"自然"はみんなのものだ。
 
 例えば、土地所有の場合。
 全員の共同のものとなるか、一定の比率で分有する、というやり方をルソーは紹介した。
 土地は社会契約の時点で、共同体に譲渡されているはずなので、原則だけいうと、土地の私有は出来ない。
 自然はみんなのもの、という関係を社会に成立させれば、土地もみんなのもの、にならざるを得ない。



 インディアンの集団的大規模移住を強制したのも、労働運動弾圧のために連邦軍を出動させたのも、ジャクソン大統領(103頁)。
 ジャクソニアン・デモクラシーで良く知られているが、実態はこんな感じ。

 この時代の米国におけるデモクラシーとは、インディアンは埒外だった。
 アメリカ的な民主主義というのは、こういう側面を持つ。
 一方、二月革命期に既に、フランスは奴隷制度の廃止を決めていた。

 図式的にいうと、奴隷制度における"所有権"(奴隷の所有!!)の維持を優先した米国と、奴隷制度における根本的な不平等(の解決)を優先した仏国。
 ここに、米仏の政治のあり方の違いがある。いいか悪いかは、別にして。

「彼らの労働を肯定できずに、誰の労働を肯定せよというのか」、あるいは「迷惑上手」のススメ -大熊一夫『精神病院を捨てたイタリア 捨てない日本』を読んで- (追記あり)

 大熊一夫『精神病院を捨てたイタリア 捨てない日本』を読む。
 かの悪名高い、宇都宮病院、大和川病院の話も出てくる。



 日本の精神病棟は、九割が私立。
 23頁の箇所を引用すると、

 先進国のほぼすべてが一九八〇年以降、精神科病床を急激に減らして、精神病院に代わる公的地域精神保健サービス網を発展させたというのに、日本国の精神病院だけは右肩上がりで増えて、今も高どまりが続き、肝心の地域サービスは貧弱なままである。

 これが日本国の精神病院・治療の実態 orz



 アメリカの場合、

 ホームレスの二八%が重い精神病で、本来なら入院治療が必要な人たちだった。そのほかに三〇%がアルコール依存症や薬物依存症患者、つまりホームレスの六〇%近くは、本来なら医療の網にひっかからなければいけない人々だ、グリーンブラットは語った。 (50頁)

 日本のホームレスの実態も、数こそ違うだろうが、似たような事例は少なくないはず。



 イタリアの精神治療に革命を起こしたバザーリア(彼の偉業については省略)。
 彼は、精神病院を映画として撮らせ公開したり、仲間を募って、国際学会で「精神病院廃止」という学者の度肝を抜く宣言を行ったり、入院者たちの写真集を作ったり、テレビ取材を受け入れたりした。
 これらはすべて、世間説得のためだった。

 彼曰く、 

 病院の外で生活するには、なにも完治する必要はない。患者は専門家の支援のもとで自分の狂気と共存できるのだ。精神科医の変革を待っていたって何も変わらない。今は、大きな文化運動を起こして、精神科医が変わらざるを得ない状況を作ることこそが大事なのだ  

 バザーリアの全てがこの言葉にあるように思う。
 


 

 生協はイタリア社会協同組合法に定められた活動である。 (119頁)


 イタリアが協同組合の国であることは良く知られている(はず)だが、精神保健サービスにも、生協は関与している。
 生協を作って、そこで、"患者"の労働や生活の支援をしている。

 生協では、全メンバーが総会で投票権を持ち、幹部は全メンバーの投票で選ばれる。
 利益は再投資することが義務となる。
 こうした仕組みが背後にあるからこそ、イタリアが、精神病院をやめることができた、といえる。



 国は、精神科病院のベッドを一〇年で半分にするための計画を立てて実行する。各市町村は、精神病の人々がそれぞれの市町村の中で暮らせるような社会資源をつくる。 (206頁)

 このような政策こそが、求められている。
 精神病の人々の中には、支援さえあれば、ちゃんと働くことの出来る人もいる。
 彼らは働けないのではなくて、社会が彼らが働くことを許していないだけではないか。
 彼らの労働を肯定できずに、誰の労働を肯定せよというのか。




 帯広の門屋充郎らPSWの活動は、徹底している。 

 必要とあれば青年会議所にも入って副理事長まで務め、そのネットワークをフルに使って福祉畑以外の人々を巻き込んだ。いつしか、帯広市長も、このネットワークで重要な位置を占めるようになった。 (209頁)

 活動するとは、周りを巻き込むこと。
 場合によっては迷惑だってかける。
 迷惑をかけることがダメなのではない。
 迷惑上手になる必要がある。
 「べてるの家」を含め、彼らは、迷惑をかけるのが大変に上手だ。

 (本件については、「困っているならどうすればいいか、なら周りも巻き込んでしまえばいい」で、少し書きました。)



 トリエステの地域精神保健のコストは、精神病院全盛時代だった一九七一年のコストの六割強にしかならないという(225頁)。
 実は、地域精神保健のコストの方が、安上がりなのだ。

 これは日本でも同じらしい。
 ACT-K推進者の精神科医・高木俊介曰く、自身の活動も、精神病院より、低コストらしい。
 人口40万人の地域のうち、総合失調症の発症率は0・8%。そのうち入院率が25%。想定入院者は800人になる。一人当たり、月に30万円以上入院費がかかるので、年の入院費総額は、28億8千万円。
 対して、ACTの場合、月に1チーム当り1100万円で、800人に対応するのに7チームが最低必要なので、年間9億2400万円。

 仮に高コストだったとしても地域精神保健は推進すべきと思っているが、これなら、高コストだとか抜かす者共も、口出しできないだろう。



 (追記)
 ブコメでコメントをいただきました
 ただ、拝見する限り、こちらの意図が伝わってない部分が多いように思います。
 そこでお返事がてら、きちんと説明をしておこうと思います。

 BUNTEN 医療, 社会 うーんこりゃどうなのか。たとえば、アル中者が社会に紛れて暮らす迷惑感>入院をやめて社会で暮らさせるコストの減分、と思われたら入院政策は続くわけで、額の問題というより額と不効用の比較の問題だからなぁ。 2011/07/11

 おっしゃる所に間違いはありません。
 お返事は、すでにブコメで書いたとおりです。
 結局、"労働とは何か"、"人とは何か"という根本に関わると思います。
 もちろん、"額と不効用の比較"を覆すために、バザーリアは世間に相当アピールを行ったのであり、日本を含め各国の意欲的な活動者たちは、世間を巻き込むような精力的な活動を為したのです。世間を巻き込むことによって、"額と不効用の比較"の関係を一気に変えていったのです。彼らの活動を忘れて、この問題は論じることは出来ないと考えます。
 次に、

anomy メンタルヘルス, 雇用, 精神疾患 メンタルをこじらせた人は、真っ当な生活を維持できる仕事に就けない、というアタリマエのこと。

 このコメントに対しては二つの解釈ができると思います。①アタリマエだから、この問題は放置してよい、と、②アタリマエではあっても、この問題は放置できない、の二つがあると思います。
 後者ならともかく、前者であるなら、首肯することは出来ません。
 "アタリマエ"というなら、当然、宇都宮事件のことも、ライシャワー駐日大使刺傷事件のあと、精神障害者の隔離政策が進行したことも、1968年のクラーク勧告で、日本の収容的な精神医療のあり方が非難されたことも、1984年の宇都宮病院事件で、患者がリンチ死が起き、同様の事件が続発したことも、当然踏まえておっしゃるのですよね?(本件、こちらのページを参照)
 次に、

 maturi それ知ってて当然問題, 半可通, 社会, 定量化の必要性 アメリカのホームレスは日本にいれば精神科病院にはいるべき人(が入れないからホームレスに)

 タグを見る限り、こういった問題は当然知ってるべきで、なのにお前は半可通だ、とおっしゃりたいようです。
 半可通といわれた点については釈明しません。ただ、肝心のコメントを読むと、疑問が浮かびます。アメリカの事情をきちんと理解されておられるのかどうか。
 これは本書にちゃんと書いてありますが、アメリカでは、1963年に「精神病及び精神薄弱に関する大統領教書」、俗に言う、「ケネディ教書」が出されます。これにより、精神医療における脱入院化が掲げられることになります。
 ところが、地域に出た精神障害者を取り巻く環境を、政府がきちんと整備せず(ちゃんと予算をつけず)、退院した患者に対してケアする地域資源が不足した
のです。
 本書でグリーンブラットが指摘しているのは、こうした政策的失敗の帰結です。「医療の網にひっかからなければいけない人々」という表記は、この点を踏まえてのことです。
 この点を詳しく書かなかったこちらも悪いですが、いただいたコメントは、正直、適切なものとはいえません。
 「アメリカのホームレスは日本にいれば精神科病院にはいるべき人(が入れないからホームレスに)」というのは、正確には、「アメリカのホームレスは、本来は政府が整備すべき、地域のケアの網に引っかかるべき人(それがないからホームレスに)」という表現にすべきなのです。(本件、本書と、こちらのページを参照)
 最後に、

 nekora 精神病院での治療を選択できる日本と、それが出来ず生協に相談しつつ家族が負担するしかないイタリア、アメリカに到っては精神病院に入れず浮浪者になる、という話。 2011/07/12

 なんとすごい。読解力が、池O信夫先生レベルです。突っ込みどころの多いコメントをどうもありがとうございます。
 間違いとしては、①「精神病院での治療を選択できる日本」というのは、上記の日本における精神病に対する治療の歴史を踏まえれば、噴飯ものであることが理解できるでしょう。日本は例えば、抑制廃止運動が起こるような国なのですが。極端な話、病院に閉じ込められることを、恰も権利や自由であるかのように曲解できる頭脳は、なかなか素敵ですね。真似できません。
 ②「それが出来ず生協に相談しつつ家族が負担するしかないイタリア」というのは、御自身の無知を勇敢にさらけ出されていて、感動しました。こんな勇気持てません。
 こちらがイタリアにおける協同組合の重要性を前提として書いてしまったので、このような"するしかない"などという、間抜けな読解をされてしまったのだと思います。謹んでお詫び申し上げます。
 "生協"と表記されてますけど、正確には、「社会連帯協同組合」なのですね。詳しくは、こちらのページ「イタリアの社会連帯協同組合」をご参照いただきたいのですが、「財源の大半を行政から社会サービス費用として受け取っている」とあるように、十分予算はかけられています。もともと、「社会連帯協同組合」自体、家族の負担を減らすために設けられているものなのですが。
 無論「社会連帯協同組合」は、精神病の人々以外にも、雇用につけない若者から老人、身体障害者から元服役囚まで、様々な社会的に弱い立場の人々が、参加出来るものです。そして、そんな彼らのために、きちんと資源配分が為されています。イタリアは、そういった一面のある国なのです。
 で、少なくとも「家族が負担するしかない」云々の件ですが、はっきりいって虚偽です。申し訳ありませんが。
 ③の間違いについては、既に書いたとおりです。

 以上、ブコメに対する返信です。くれぐれも、こんなチンケなブログのいってることを信用しすぎず、ご自分でググってから、コメントをしてください(笑)。
 自戒をこめて、申し上げときます。
 (この追記は長いので、時期が来たら、別の記事として独立させる予定です)

 あと、本書の書評として、優れたものとして、
 「措置入院と刑法39条 - Apes! Not Monkeys!  本館
 「積読よみ崩し読書日記-ノンフィクション系: 精神病院を捨てたイタリア捨てない日本@大熊一夫
 を挙げておきますね。

 以上、追記:2010/7/12

問題:「海徳格爾」って誰のことでしょうか? -王前『中国が読んだ現代思想』を少しだけ読む-

 王前『中国が読んだ現代思想』を読む。



 中国語では、ハイデッガーのDaseinの訳語は、「親在」らしい(熊偉による訳語)。
 「親」は、身をもって、自ら、親愛などの意味で使われるため、ハイデッガーの言う、「情態性」の意味と一致していると言う(52頁)。
 「情態性」っていうのは、"気分"のこと。
 ハイデッガーは、人間にとって受動的にか対応できない事実として、"気分"というものは立ち現れている、としている。
 Wikipediaが説明するところの、「自発的に惹き起こされるものでも外部の刺激に自動的に反応するのでもなく、世界内存在という在り方として世界内存在自身から立ち上がってくる」ものである。
 それは、気付けば"既に"、立ち現れているものである。
 それは他人が与えるのでも、自分自身に与えようとして与えられるものでもない。受動的なもの。
 この、「既にあるもの」、「受動的にしか対応できないこと」、という"根源的なところ"が、「親」ってことなんだろうね。
 


 この本にも出ていたが、1980年代は、90年代に比べると、ずっと日中の仲がよかった時代だった。
 懐かしい時代。



 デリダが、中国に滞在して講演行脚をしていて、ある場所で、"赦し"について講演したらしい。
 そのあとの出席者の質問で、デリダは次のようなことを述べている(126頁)。
 日中戦争における悲劇的な事件は、自分が講演で取り上げた"赦し" の問題ではない。
 まず、"赦す"か否かは、根本的に、死んだ犠牲者たちにしかその権利がない。
 そして、日本人が謝罪した後は、和解して健全な関係を築くべきかどうかは、政治と外交の問題であり、デリダの取り上げるような、純粋な"赦し"の問題ではない。
 この問題はあくまでも、条件付の問題であって、日中国民と政府が決めることだからだ。
 
 デリダがいうように、"赦す"か否かは、そもそも死んだ犠牲者たちにしかその権利がない、というのは事実ではある。
 無論この重大な事実は、加害者側の免責を意味しているのではない
のは、いうまでもない。
 そして、デリダが、「国民と政府」と述べていることにも注意が必要。
 これは、国家間だけの問題じゃない。
 日中平和友好条約が、少なくとも中国側においては、国民を置き去りにして、政府首脳先行で結ばれた事実を考えれば、なおさら
のことだろう。

 ちなみに、デリダの言う"赦し"とは、つまり、「"赦し"とは、赦しえない事柄を"赦す"こと。なぜなら、すでに赦せるようなものなら、それは"赦し"とはいえないから。」ということだろう。
 やわらかく述べてしまうと、"赦せるって時点で、そんな簡単に赦せるんだったら、そんなもの赦しのうちに入んないし、そうじゃなくって、赦すのがすごく難しいことだからこそ、それが"赦す"っていえるんじゃないの?"ということだろう。



 バーリンの「積極的自由」について、著者は、

 近代以降、独裁者たちにたびたび悪用され、将来の世代の幸せ、公正、進歩といった、聞いた限りではたしかに崇高な理想の実現のために、多くの個人の自由や命が犠牲にされたが、しかしその理想は必ずしも達成されていないという痛恨の歴史がある。

と述べている(181,182頁)。
 これは特に全体主義を念頭に述べられているのだが、「将来世代の幸せ」という点の悪用が、現在、"国の借金"(日本政府の債務)問題でなされているのだろう。
 あの問題は、結局、日本国内の再分配をどうするか、という問題なのだが。
 (日本の国債はほとんど日本国内で消化されており、それを買っているのは主に、銀行や年金機構等なので、普通に消費税とか逆進性の強いもので支払うことにすると、国内の"持たざる者"が"持てる者"に対して支払う、ということになってしまうわけだ)。



 レオ・シュトラウスについて。
 彼は、古代の哲学者は迫害から逃れるために、テクストの行間に深い意味を含ませたんで、その秘義的な意味を読み取らないとダメだよ、というスタンスの人。
 まあ、そんな彼は、確か神崎繁先生に、"行間云々いうわりに、テクストの「おもての意味」を読むの得意じゃないんじゃね?"と突っ込まれてましたがw

 この本の著者も突っ込んでます(214頁)。
 分かりやすくいうと、、「シュトラウスさん、あんた、さんざん近代以降のほぼ全ての哲学者・思想家が、間違った方向に向かっていて、自分だけは覚めた目でいる、的なことをいってるけど、それホントなの?」、と。
 (但しこの著者の批判は、中国におけるシュトラウスの紹介者(かつ信奉者w)・劉小楓に対するもの。)
 確かに、結局レオ・シュトラウスの古代賛美は、ロマン派の人たちの古代ギリシア賛美と同レベルだよね。言っちゃ悪いけど。



 著者は、1980年代を懐かしんでいる(222頁)。
 あの頃は、文革から解放されて、近代化のためにみんなが頑張り、知識人が理想のために奮起し、官民が一体になり、政府と知識人の間に信頼があった。
 みんな学問の遅れを取り戻そうと、何でも学ぼうとするエネルギッシュな姿勢があった。
 経済的に発展して、そんなハングリーさがなくなった90年代と比較しながら、著者は、80年代を回顧している。
 
 なんだが、昔はよかった的な居心地の悪い発言ではある。
 でも、中国の1980年代という、今の日本ではあまり注目されないこの時代に、中国の隠れた姿を発見できるかも。



 なお、タイトルにある、「海徳格爾」については、各自ググってくださいw

(未完)

「ことだま でしょうか いいえ、誰でも」前編 -結局、「言霊信仰」って言いたいだけだろw な話-

 "言霊信仰"ってのが、この世界にはあるそうで。
 で、人によっては、日本人はずっと昔からこれに囚われてるんだ云々、といってる人もいるらしい。
 実際どうなのよ。

 ためしに「井沢説にみる日本人に独特の"宗教感情"」という記事を見てみようかな。
 以下、引用と突っ込み。

「日本はこの戦争に負けるかもしれない」という言葉を公然と口にすることはタブーだった。そんな不吉なことを言うこと自体が、敗戦という現実を招き寄せると考えられたからです。いや、敗戦を望んでいる者、とまでとられかねませんでした

 えーっ、実証なしww
 いや、「敗戦という現実を招き寄せる」とかっていうよりは、「単に負けを認めたらこれまで費やしてきたもの(戦死した人々、戦争に費やしたお金・・・)が全部無に帰してしまう、これを認めるのが怖い」、ってだけの認識論的問題だったんじゃないの?
 言霊信仰云々っていうのは、単に別の原理でもっと合理的に説明可能なものを、「言霊」って言葉で無理やりあてはめたものにすぎないと思うよ。

日本人の「念仏平和主義」は、井沢元彦氏の「言霊」論で明快に説明できます。それは冷静な現実分析を排し、「必勝の信念」を呼号し、それに酔った戦時中の国家指導者の行動原理とまったく同じ物でした。

 やっぱりこれも、実証してないよねw
  国家指導者の中で、少なくとも自身のスローガンに陶酔していた人間は、実際のところ、ほとんどいないと思うんだけど。

 っていうか、それなら公平を期して、ご自身の「念仏"「平和主義」批判"主義」について、真面目に御考えになっては?
 これは断定して言えるけど、「日本人と言霊信仰」を強固に関連付けてその信仰を批判する人って、自分だけは「信じない」って例外扱いなんだよね。
 この信仰から逃れてる俺カッコいい、的な。

 なんなんでしょ。この、「自分は例外だよ」主義。

日本人だけは、軍隊があると戦争を呼ぶんじゃないか。だからないほうがいい。しかしまったくないのも不安だから、軍隊とは呼ばずに「自衛隊」といおうと。内容でも変わっているのかというと、全然変わっていない。ただ、言葉でごまかしているだけです。

 え? 単に、憲法との整合性の問題なんじゃない?
 それに、「自衛隊」の命名は、リアリストな真正保守の政治家の皆様でしょ?まさか、彼らまで、言霊云々をあてはめるんですかww?
 それに、ガチの平和主義者なら、軍隊どころか、自衛隊も無くせよって言うのが正しいはずでしょうよw

有事立法制定についての意見そのものが非難されるのです。まさに、「そのような事は口にするものではない!」と。これではただの「意見の抹殺」です。

 え、これ、「言霊信仰」?
 単に、異論は一切口にするなっていう全体主義的発想(あるいは、非民主主義的発想)なんじゃないの?
 この人多分、護憲を前提にしてて、その考えからすれば有事法制など議論するまでもない、っていってるだけであって(それが正しいなどとは思わないけど)、別に言霊云々持ち出さんでいいと思うけど。
 改めて。
 言霊信仰云々っていうのは、単に別の原理で十分合理的に説明可能なものを、「言霊」って言葉で無理やりあてはめたものにすぎないと思うよ。
 で、いざ「言霊」ってひとくくりにされているものを分解してみたら、何のことはない、程度の差こそあれ、日本人以外でも結構ある要素ばっかでしょ。
 他の概念で代替した方がより適切な、こんな「言霊」なる概念、使えないよ。



 それにしても、実際の日本の歴史上の「言霊信仰」ってどんな感じだったんでしょ?
 実は、時代や論者によって、その中身は色々異なるのですね。
 ただ、その全貌を紹介する時間も能力もありませんので、次回に、川村湊『言霊と他界』(講談社学術文庫版)にそって、いくつか書いておこうと思います。

(つづく)

「友軍砲火」、あるいは官僚答弁的な戦争のレトリック -あと、議論の作法について少し-

 ロバート・J・グーラー『論理で人をだます法』を読む。あの山形浩生訳。
 レトリック本の網羅版といった印象。
 気になった所をとりあえず二つだけ。



 60頁。軍のスポークスマンの声明が、事例として出ている。

 「昨晩、第43大隊は一連の防衛的行動を実施し、一群の住民を殲滅した。これらの攻撃は、事前指揮の航空支援を受けたものである。友軍砲火は最小限にとどまり、戦略的に無方向の目標決定行動は、低優先度地域に限定された」

 これが翻訳されると、

 「昨晩、第43大隊は、村をいくつか攻撃して人をたくさん殺した。飛行機からの空爆支援も受けた。誤射で何人か死んだが、あまり多くはなかった。標的をはずれた爆弾もあったが、さほどの被害はなかった」

となる。
 「殲滅」は、事実、(この場合は、「住民」を)「たくさん殺した」であるし、「友軍砲火」は、要するに「味方による誤射」である。
 随分と印象が違ってくる。
 まるで官僚答弁だが、官僚答弁の中でも、この手の声明は最も悪質だ。
 戦争報道でもこういう手のがけっこうあるので、気を付けたい。
 ちなみに、確か湾岸戦争でも、30名以上の米軍兵士がこの「友軍砲火」で死亡している。



 議論をするとき、気をつけなければならないこと。
 それは、目的をはっきりさせること。
 もっと具体的にいうなら、相手を感情的に追い込まないことだ。 
 「他の論者を追いつめずに、逃げ道を与え」、「相手のメンツをつぶさないこと」(238頁)。
 でないと、結局、議論そのものが成立しないまま決裂して終わるからだ。
 例え議論に勝っても、そこを気をつけないといけない。
 最悪、何らかの形で、報復される可能性さえあるからだ。
 本書では、ポーの『アモンティリャードの樽』の冒頭の一文を引用して、それを諌めている。


 ・・・と書いてみたものの、この世界に、きちんと綺麗に決着した議論なんて、存在するんだろうか(笑)

『プロポ』のアラン、その母と母論  -アランと両親に関して-

 先にも述べたように、アランは愛の原形を母子の関係に求めました。母親にとっては生まれてきた子供は選択の余地がないものです。どの母親も、「この子はかわいくないから愛さない」などといいませんし、「ほかの子と取り替えよう」などといいません。子供が生まれると、母親や自分の子供がどんな顔をしていようとも愛する決心をし、生涯これを変えません。
  「この出現、誕生、誕生の後の誕生、母はひたすらこれを待ち受けるのであり、それも、このものが自分の子を気に入るかどうか知ろうとしてではなく、できるだけ早く、また、あらゆる勇気を揮ってこれを気に入るようにするためなのである」。彼はこの「忠実」という考え方を自分の思想にも適用し、文章の書き方にも、職業にも、友人との関係にも、女性たちとの交際についても適用し、迷うことなく実践しました。

 さて、
 この文章は、「やり直しをしない」という加藤邦宏氏のアランに関するエッセイからの引用。
 要は、"母というものは、子供を何が何でも、叛意することなく、気に入るように出来ているのだ"と言うのがアランの主張だ。
 で、アランはその「忠実」さを、自分の思想にも文章にも職業にも人間関係にも適応して生きてきた、というが、このエッセイの主題だ。



 ところで、"母というものは、子供を何が何でも、叛意することなく、気に入るように出来ているのだ"と要約しうるアランの主張ですが、彼自身の母親はどのような感じだったのか。
 高村昌憲訳『アラン初期プロポ集』にある年表によると、
 「父エチエンヌは馬に関する知識に優れていて読書ずきで、アランは多くの知識を学んだが、酒好きで博打好きでもあった。母ジュリエットは美人であったが町のカフェの娘で浮気っぽく軽薄だったようで、家庭は借金生活であった。夫婦喧嘩が絶えず、アランは登校前に朝食を作った」(382頁)
 意外にも、アランの家庭は円満ではなかった。
 また、母親も、息子に対してはどうか分からないけど、夫にとっては「良妻」かというと、微妙か。

 ちなみに、アランは、その死まで母の面倒を見続けたようだ。
 その時、アラン42歳、母64歳。

弱者と貨幣とエリック・ホーファーと -再び『エリック・ホーファー自伝』に向けて-

 エリックは言った。
 「弱者に固有の自己嫌悪は、通常の生存競争よりもはるかに強いエネルギーを放出する。明らかに、弱者の中に生じる激しさは、彼らに、いわば特別の適応を見出させる。弱者の影響力に腐敗や退廃をもたらす害悪しか見ないニーチェやD・H・ロレンスのような人たちは、重要な点を見過ごしている。
 弱者が演じる特異な役割こそが、人類に独自性を与えているのだ。」(67頁)
 エリック、君が「人間の独自性とは何か」について考えようとしていることについて、何かを言おうとは思わない。
 でも、言わせて欲しい。ニーチェやロレンスが「弱者」を嫌うのは、彼らがそのエネルギーを、結局「群れる」ことに使うからではないかな
 


 エリック・ホーファーの失敗。
 ある親しかったイタリア人・マリオとのエピソード。1936年のこと。
 「ある晩、私はムッソリーニの話をした。なぜ高貴なイタリア国民が野卑で頭の悪いペテン師にしてやられたのか不思議だ、と。その途端、何か恐ろしいことが起こったことに気づいた。マリオは顔をこわばらせていた。そして急に立ち上がり、荷物をまとめて去っていた。それ以来、二度と私とは口を利かなかった。」(94頁)



 再び弱者について。
 「弱い少数派であるユダヤ人や、銀行取引が発達するなかで、いまだ封建君主の支配下に置かれていた商人階級が果たした役割を考えると、どうも貨幣は弱者が発明したもののように思われる。絶対権力者はつねに金を嫌悪してきた。」(147頁)
 意外に思われるかもしれないが、エリック・ホーファは、貨幣に肯定的だった。
 なぜなら、「高邁な理想によってのみ人びとが行動し奮闘する場所では、日常生活は貧しく困難なものになるだろう」からだ。
 実際インタビューで、お金が「老人を若返らせてくれる可能性を秘めている」とも述べている。
 貨幣は、少なくとも、それを保有する人間に対しては、平等に働く。
 同じことを考えていたのが、他でもない、ユダヤ人だったミルトン・フリードマンではなかったか。



以上、『エリック・ホーファー自伝 -構想された真実-』より引用
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