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歴史学における「偶然」の問題 蓮實重彦・山内昌之『われわれはどんな時代を生きているか』(9)

伊達千広大勢三転考』、または歴史書をめぐって■
 第9章で山内は、歴史叙述について考察します。歴史叙述というものが、そもそも「国家」(狭義の政治的勢力)の存在を強く意識するところから出発している事実を語る山内は、「史書」(「史料」と区別される)というものが、未来に向けての教訓や指針として書かれるものであることを確認します。
 ここで参照されるのが、内藤湖南の『先哲の学問』における「白石の一遺聞に就(つい)て」という史論的文章です。湖南は、『愚管抄』より『神皇正統記』の方が、世の中の努力による改革の志向もつ点で、後者の方が優れていると指摘します。未来への指針という点での高い評価といえるでしょう。
 そして新井白石の『読史余論』より、伊達千広大勢三転考』の方が、前者が支配勢力の交代という表面に着目したのに対し、後者が支配制度の変化という深層に目をつけた点で、より優れているとしています。
 伊達千広大勢三転考』は、日本の歴史を三つに区分しています(伊達は、陸奥宗光の実父です)。最初の「骨(かばね)の代」は、血族によって職務が世襲される制度の時代で、大化の改新により廃れます。この「大化の改新」を画期の事件として取り上げたのは、『大勢三転考』が最初といわれています。次は「職(つかさ)の代」で、天皇のトップダウンに基づいて、官職中心に政治運用を行う制度の時代です。
三番目が「名(みょう)の代」という、武士たちの実力による競争と変革が世を動かす時代です。これが伊達の同時代であり、彼がこの本をこのように書いたのは、「名の代」の安定が崩れた時代における危機意識かもしれない、と山内はいいます。そして、日本国外の歴史書もまた、危機意識を元にかかれたものが多いことを指摘しています。

山内昌之による「偶然的原因」擁護■
 山内は、歴史を著す目的とは、事件の原因を分りやすく生き生きと連関付けて明らかにすることだけではない、といいます。そこで、『平家物語』における「運命」の主題を、石母田正に見るのですが、この辺の問題は、ここでは脇においておきます。ここで書きたいのは別のことです。
 山内は、E・H・カーの「合理的原因」と「偶然的原因」との区別について、それらを区別するのは「簡単な作業なのだろうか」(170頁)と述べて、偶然的原因を擁護しています。詳細は次のとおりとなります(「偶然的原因」の擁護というより、「合理的原因」と「偶然的原因」の境界線の不確定さの擁護というべきかもしれませんが)。
 カーの『歴史とは何か』は、歴史における偶然について、「クレオパトラの鼻」を例に出します。このブレーズ・パスカルの例えの意味するところは、歴史とは何かが少しでも変わるだけで、何もかもが変わってしまいうるほど儚い、ということです。このような些細ともいえる偶然的要素が、歴史を大いに動かしてしまうことを述べているのです。カーは、このような考えに否定的です。対する山内は、この偶然的要素に注意深くあろうとするのです。
 塩川伸明「E・H・カー『歴史とは何か』 」(『塩川伸明のホームページ』様)は次のようにまとめます。「飲酒運転、自動車整備の落ち度、道路管理の不備は一般的な交通事故原因として想定されうる」のだが、「ある人が愛煙家だから事故に遭うとか、禁煙運動をすれば事故が減るだろうというようなことは、一般命題として意味をなさない」。
 塩川は、「一般化可能性」と「歴史」に強い結びつきを志向するカーの考えに対して、「これは、歴史の登場人物個人により大きな関心を寄せるか、それとも個々人を取り巻く集団や社会により大きな関心を寄せるかという問題とも関連している」として、次のように述べています。

およそ「進歩」という考えそのものを拒否するような発想もありうる。私自身はあまり通じていないが、極端にミクロな生活史に着目するような歴史論も一部にはあるようだし、歴史の大きな流れから見れば完全な負け犬だった人の個人史を共感を込めて描き出すような歴史書もある。これらはおそらく、カーによって「無意味」と評されるようなものを重視するものだということになるだろう。

山内が述べたかったのはこの点でしょう。山内は、カーが差し置いたであろうものに与して、『スルタンガリエフの夢』などの書物を著し、本著でもオナシスや陸奥宗光らある個人へまなざしを向けていたのです。歴史学への志向の違いが、山内に「偶然的原因」を擁護させたといえるでしょう。

(続く)
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TAG : 伊達千広 山内昌之 大勢三転考 歴史学 偶然 歴史とは何か

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