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『これからの「国家」の話をしよう』(みたいなタイトルには、ならなかったw) -杉田敦(編)『連続討論 「国家」は、いま』を読む-

 杉田敦(編)『連続討論 「国家」は、いま――福祉・市場・教育・暴力をめぐって』を読む。
 
 本書の要点は、このブログが書いておられるので省略する(http://anglo.exblog.jp/12598554/)。
 巻末で杉田先生が述べている、国家は完全に肯定も、かといって完全に否定も、どっちもできない代物なのよ、的な話だ。

 個人的には、広田照幸先生がめっさ大活躍した「教育」の章が一番面白かった。
 「暴力」の章での、石川健治先生のウェーバーの「暴力論」に関する件も面白かった。
 是非読んで確かめて欲しい所だが。

 特に気になった所だけ。



 石川健治先生曰く、そもそも塾というのは、補習などの教授技術を専門にしているのだから、学校に勝るのは当然じゃねえの、というお話(117頁)。
 学校って、良くも悪くも、教授技術以外の部分も担わされていたわけであって、もしも教育技術だけに特化させようとするなら、代替の機関なり組織なりが必要になっちゃうわけだ。
 教育技術以外の部分、つまり、「コミュニティ」としての役割
を、日本社会において学校がどのように担わされてきたかについては、柳治男『<学級>の歴史学』を参照のこと。



 広田先生曰く、ロバート・アスピノールの研究によると、多くの国の教員組合は、どれも政治的に極端な立場を取っているわけではないが、教育への行政の介入は嫌う傾向がある、という(126頁)。
 実際の所、日教組なんぞは、他国の教員組合と大して相異ないってことだろう(ちなみに、全教すら知らないのに、只管、日教組を叩いている奴もいると聞くw)。
 教育に対し行政が介入を強めようとしている昨今、アスピノールの研究はもっと知られるべき、と思う。



 その広田先生、日本におけるコミュニティ・スクールの制度的問題についても語っている(132頁)。
 
 日本の場合、組織内部での意見対立が激しくなって、円滑な運営が難しくなった場合、コミュニティ・スクールの指定が取り消される可能性のある制度になっている。
 一見よさそうに見えるが、この制度だと、内部での多様で活発な意見などが出にくくなってしまい、画一的で一元的なコミュニティしか、作れなくなる可能性もある。
 これだと、いったい何のために、「普通」の学校を離れてコミュニティ・スクールを作ったんだよ、「普通」の学校の画一性から離れるためじゃなかったのか、という話だ。



 教科書の検定制度は、行政の一部が行うのではなくて、行政から一定度独立した機構が行うのが一番よいかもしれない、という意見が出た(141頁)。
 まあ、その通りだろう。
 最近の原発事故を見ていると、「行政から一定度独立した機構」ってどうやって作ればいいんだろう、とか思ってしまうのだが。
 (「アームズ・レングスの原則」http://eigageijutsu.com/article/149097085.htmlも参照あれ)。



 そして、教育の力をあまりにも過信してはいけない、教師も学校もあくまでワンオブゼムにすぎない、という意見(151頁)。
 左右が多様に存在し、様々な意見に触れる経験・機会がある限り、そう簡単に「洗脳」なんてされない。
 むしろ、そういった多様性を、国などが強制して押さえてしまうことの方が危険だろう、という話。

 教育の力を過信するな、は正しいだろう。うん。
 もちろんここで言われる「多様性」というのは、「歴史修正主義」のような低品質商品を含んで欲しくはないんだがw



 市野川容孝先生曰く、戦前の「国民優生法」はあまり機能しなかった、という話(203頁)。
 優生学が日本で機能したのはむしろ戦後だ、というのは先生の持論だが、何故戦前は機能不全だったか。

 その背景には、「家」の血筋を絶やしてはならない、という「家」の論理(家族国家イデオロギー)があった、という。
 総動員体制は、家族国家イデオロギーを与件としているため、それとぶつかり合った結果、あまり機能しなかったわけだ。
 (一方で、戦前でも、ハンセン病者の隔離政策は機能した。)



 新川敏光先生曰く、家計内の富の移転というのもある、という話(20頁)。
 つまり、高齢者が、子供のローンや孫の教育費を払うケースは多いが、巷の議論ではあまり想定されていない、というわけだ。
 「世代間格差」云々というのが取りざたされるとき、こういうのは忘れ去られる。

 結局のところ、問題になるのは、同世代内での所得格差だったり、もしくは、(ハビトゥスまで含む広義の)「相続」による格差の方だったりするのだが。
 「世代間格差」なんて、上記二つの格差に比べればマヤカシみたいなもんじゃないんですかね?

 (終)
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