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「唯一の被爆国」というナショナリズムについて 【短評】

 前回、高田純『核爆発災害』を紹介しました。ですので今回も、「被爆」という問題について、書きたいと思います。

 「日本は唯一の被爆国」との表現に対して、次のような反論があります(注1)。
 「世界で初めて原爆の犠牲になったのは、史上初の原爆実験に立ち会った、ほかならぬ米軍兵士であった。また、ヒロシマ・ナガサキへの原爆投下の際、数多くの朝鮮人や米軍捕虜も命を落とした」「朝鮮人被爆者の数だが、広島では、当時5万人近い朝鮮人が居住していて被爆、うち2万人が死亡したと推定されている。長崎では、被災地内にいた1万2000~1万4000人の朝鮮人のうち1500~2000人が死亡したと推定されている」。
 よく考えたら、確かに最初の原爆被害は、実験台になった米国兵です。しかも、広島に落とされた原爆により、米兵捕虜12名が「殺害」されています(森重昭『原爆で死んだ米兵秘史』)。英蘭の捕虜も、同様でした。ところが日本では、彼らの存在はほとんど知られていません。また、同じ被爆者でも、当時台湾系や朝鮮系だった人々が、「本土」の人々に比べてほとんど注目されることが無かったのも、紛れも無い歴史的事実です。「唯一の被爆国」という唯一性が、かえって被害者的ナショナリズムを形成した事例といえるでしょう。

 「第五福竜丸にしても、被ばくしたのは同船だけでない。太平洋の島のひとびとは、自分の生活の場で被ばくし、故郷を失い、生命を失った」という反論もあります。実際、第五福竜丸以外にも、「数百隻の漁船が被曝し、またロンゲラップ環礁などにも死の灰の降灰があり、2万人以上が被曝し」ています(注2)。被害を受けたのも、無論日本だけではありません。
 以前、普天間基地問題によって、沖縄の基地問題・経済的問題が日本のメディアに比較的取り上げられる一方で、グアムの基地問題・経済的問題は、ほとんど取り上げられない旨を述べましたが、同じ構図といえるでしょう(注3)。

 次回は、核問題と、反共主義の関連について書きたいと思います。


(注1) 岩垂弘「やめたい「唯一の被爆国」」『リベラル21』様

(注2) 「キャッスル作戦 - Wikipedia

(注3) 拙稿「グアムでポリネシアンダンスという不可思議

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