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暴力装置の機能不全 -ワイマール共和国内部の武装組織について- 【ブクマを振り返って】

 著者はこの「たたかわなかった」ワイマールという話自体が神話であったのではないかと説く。ワイマール共和国はけっして自らを攻撃する勢力や運動に寛大であったわけではない。むしろ刑法の内乱罪や「共和国擁護法」を活用し、「共和国の敵」に対して言論段階での監視や抑圧を行っていた。要するにワイマールはかなり頑張って「たたかって」いたのだ。
 だがその「敵」として名指しされたのは、もっぱら共産主義勢力であり、保守的な当局はナチスを含めた右翼団体にはその認定を甘くした。このことは結果的に、①共産党と社民党との左派の連携が絶たれることで宿敵ナチスに利をもたらし、さらに②共和国末期に政権入りしたナチスが政敵を「共和国の敵」として弾圧するという悪夢を生み出すことになった。
 (略)戦後ドイツが――「たたかう民主制」の標榜とは裏腹に――平穏な民主主義を実現し得たのも、社会の武装解除が進んだからというリアルな認識に立つ。

 以上、引用(「「たたかう民主主義」は公共性の友か敵か」『一酔人経綸問答』様)。
 ワイマール共和国は、その志の高さで知られております。しかし、実は内部の"武装勢力"と闘っていたのです。ここから引き出せる教訓。それは、どんな高い志を持つ国家も、内部に武装した勢力がある限りは、社会が不安定になる可能性がずっと潜在しつづける、ということでしょうか。彼らが武装解除しない限り、そうなるのは必定です。暴力装置(警察も暴力装置だよ)が機能不全の社会は、まあ、こうなってしまうという恐ろしい教訓。

■ワイマール共和国の各党の武装組織■
 ワイマール共和国時代、武装組織は大抵、各々の政党別に存在していました。
 ナチスには「突撃隊」と「親衛隊」が、保守系のドイツ国家人民党には「鉄兜団、前線兵士同盟」が、ドイツ共産党には「赤色戦線戦士同盟」が、ドイツ社会民主党には「国旗団」が。各々政党が武装組織を持っていたのです。社会民主党さえもが、武装組織を持っていたわけですから、当時がどれほどの状況だったか、分かろうというもの。
 なお、ナチ配下以外の武装組織を見ると興味深いことも分かります。
 例えば、「鉄兜団、前線兵士同盟」は「1935年には完全に解散させられている」のですが、理由が「ドイツ皇室の復活を主張する君主主義的な傾向をナチス党が警戒したためという」のですから、これでナチスの持つ保守性のスタンスが理解できます。かの大統領ヒンデンブルクは皇位復活を望んだようですが、ヒトラーが取り合わなかったそうな。
 次に、「赤色戦線戦士同盟」の場合、「ドイツの政党の警備部隊としては突撃隊に匹敵する規模の勢力であり、最盛期には突撃隊との抗争で数百人の死傷者を出したとも伝えられる。しかし、ナチ党政権下で共産党は非合法化され、党員たちは経歴を抹消するために関連資料などを処分してしまったために詳細は現在も不詳な部分が多い。」
 この「ヴァイマル時代の政治史を研究する上では決して無視できない組織」である「赤色戦線戦士同盟」も、共産党自身の手で資料が処分されたせいで、詳細不明なのです。それにしても、「警備部隊」と書いてあるのですが、数百人規模の死傷者なんですから、立派な武装組織です。

■国旗団と暴力装置■
 最後に「国旗団」です。この組織については資料がしっかり残っていたようで、主力だった「防衛隊はナチ党が政権を掌握した場合に武力抵抗運動を起こす事を想定して訓練をおこなっていた」のであり、「ナチ党政権掌握前にはヴァイマル共和政擁護派が多かった警察から警察官を軍事教官として派遣してもらい、小銃や機関銃の射撃訓練、衛生兵の養成、政治学習、野戦や市街地戦の訓練などを盛んにおこなった。負傷隊員を治療する病院や、戦闘部隊への補給センターまで備えていた」というのだから、かなり周到に社会民主党は、備えをしていたようです。
 ただし、

 穏健な社民党本部はこうした国旗団や防衛隊の「兵隊ごっこ」をあまり好ましく思っておらず、防衛隊結成からしばらくして党の許可なしに武器を集めることを禁止した。社民党党首オットー・ヴェルスはヴァイマル共和政が危険な事態となれば、ヴァイマル共和政を守るために警察が自ら武器を我々に供給してくれるだろう、などと甘い考えを持っていた。ヘルターマンはヴェルス以下社民党幹部の危機意識のなさに呆れ、党本部の意向を無視して隊員に独自に武器を集めることを許可し、防衛隊員には最低でも拳銃を所持させた。なお国旗団の武器の出所はたいてい警察だった。

 ここから読み取れることは、①社会民主党本部と国旗団との間では、警察(暴力装置)に対する認識・信頼性が異なっていたこと、そして、②国旗団側は警察から武器をもらっていたということです。諸事情あるとはいえ、警察が武器を横流しするくらい、当時のワイマール共和国の警察は"甘い"対応をしていたのです。そら、社会も不安定になります。
 なお、1933年の選挙でナチスは国家人民党と合わせて過半数を超えます。そしてその直後に「ナチ党政権は国旗団と鉄の戦線の活動を禁止した」わけです。皮肉にも"武装解除"は、ナチスによって行われることとなります。そして、社会は"安定"へと向かうのでした。

■まとめ(?)■
 暴力装置はきちんと、国民の代表たる議会によって統御されるべきであり、それが出来ないとこのような結果に終わるわけです。しかしそもそも、ワイマール共和国は、各政党が争いあって、議会は不安定という状況だったのです。(日本だと、議会ではなく、内局の統制(俗に言う「"文官"統制」)なのですが、この是非についてはまた今度。)
 各政党に武装組織が存在するから政治が不安定なのか、政党の角逐で政治が不安定だから各武装組織が台頭することになるのか、どっちなんでしょう。(両方かな)

(終)


(注)
 各所、Wikipediaの「鉄兜団、前線兵士同盟」、「赤色戦線戦士同盟」、「国旗団」の項目から引用しました。

(2010/12/26)一部修正

 続きとして、「暴力装置が抱いた欲望 -武装組織が台頭した諸事情-」も書きましたので、是非ご高覧ください。

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