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新年、米国の"ソーシャル代表"としてのクルーグマンを考える(ための準備) -ブクマ風に書いてみた-

 新年です。書評代わりに、はてブのコメント風に、読んだ本の感想を書いてみたいと思います。
 今回は、ポール・クルーグマン『クルーグマン教授の経済入門』(2003年、山形浩生訳)から、特に気に入った箇所を抜き出して、コメントしてみました。

(以下、冒頭に""付けされた箇所は、本文からの引用。「…」の箇所は、本文の省略。矢印「→」からは右は、その本文に対するブログ主のコメントです。)

■①ある国の生産性と国際競争とは、まず無関係だよ■

"アメリカの生活水準のトレンドは、自分とこの生産性成長で決まってる…国際競争なんか、何の関係も" →クルーグマン曰く、外国の成長はあちらのマーケットを広げてくれるし、その国の労賃も上がるはず、と。
(p45)

①の補足:中国を想起してみましょう。中国の成長によって、中国のマーケットは広がりますので、日本の輸出チャンスが大きくなり、中国の労働者の労賃は一応は上がるのですから、輸入の旨みも減じます。
 まあ、日本の場合、まず自国のデフレを何とかすべきなんですけどね。

■②増税は、結局中流層へ■

"増税も大部分が中流層にふりかかってくる" →財政赤字の件/米国の話だが、日本でもそれは同じ。金持ち層だけじゃ制度設計上無理。北欧では、中流層の「納税者の反乱」に対応するために、大きな政府になったけどね
(p155)

②の補足:なんで北欧諸国が大きな政府のままでいるのか、というのは、要するに中間層に対する対策という面があるわけですね。あまり気付かれませんが。そこらへんは、宮本太郎『生活保障』なんかをお読みくださいまし。
 ちなみに、個人的にはクルーグマンこそが米国の"ソーシャル代表"だと思っております。hamachan先生もそう書いていたし(詳細「ソーシャルなクルーグマン」の稿参照)。
 ただ一言いえるのは、"我々には、自らをソーシャルであると名乗る権利があり、それは嬉々として享受してよいのだ"ということです。クルーグマンの主張の多くを支持できるなら、明日からでも、ソーシャル名乗っていいのです。

■③ほっといても市場は歪む■

"住友商事の事件…政府なんかが関わらなくても市場がおかしくなる…という事実" →政府が、市場のインセンティブを歪めなくても、人は市場をおかしくします。/人は元来からおかしいのだからw
(p279)

③の補足:政府が市場に何もしなければ、市場はちゃんと機能するという考え方です。この考え方ですが、業の深い人間の性を顧慮したものとはどうしても思えません。まあ、個人的意見に過ぎないのですが。

■④"長期"になったらみんな死んでる■

"長期的には…この罠を脱することになる。でも…長期的には、われわれみんななんとやら" →ケインズのコメを踏まえてる。訳者註にあるように、要はさっさとインフレ期待をつくろうね、という意味。インタゲを。
(p404)

④の補足:クルーグマンの主張の簡潔なものとして、「独占インタビュー ノーベル賞経済学者 P・クルーグマン 「間違いだらけの日本経済 考え方がダメ」」(『現代ビジネス』様)もご参照を。(また、念のため書いておきますが、経済学用語における"長期"は、期間は関係ありません。1年間も知れないし、100年かもしれませんので。ご注意を)

(終)


(追記) 上記②ですが、記事「「右」「左」を分解してみる」(『bewaad.com』様)では、「クルーグマンは、完全競争状態に市場を近づけるには再分配を弱めた方がよいとの現状認識があれば、何の躊躇もなく再分配を弱める施策」を擁護するだろうと予測されています。
 個人的には、クルーグマンは、「穏健派ソーシャル」あるいは「ソーシャル穏健派」と名づけたいところです。例えば労組が、何でもかんでも再分配を弱めることに反対かといったらそれは間違いであって、欧州などでの場合、あくまで労使の間の協議の上で実現されるのなら、それは許容するでしょう。そんなものです。

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