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『プロポ』のアラン、その母と母論  -アランと両親に関して-

 先にも述べたように、アランは愛の原形を母子の関係に求めました。母親にとっては生まれてきた子供は選択の余地がないものです。どの母親も、「この子はかわいくないから愛さない」などといいませんし、「ほかの子と取り替えよう」などといいません。子供が生まれると、母親や自分の子供がどんな顔をしていようとも愛する決心をし、生涯これを変えません。
  「この出現、誕生、誕生の後の誕生、母はひたすらこれを待ち受けるのであり、それも、このものが自分の子を気に入るかどうか知ろうとしてではなく、できるだけ早く、また、あらゆる勇気を揮ってこれを気に入るようにするためなのである」。彼はこの「忠実」という考え方を自分の思想にも適用し、文章の書き方にも、職業にも、友人との関係にも、女性たちとの交際についても適用し、迷うことなく実践しました。

 さて、
 この文章は、「やり直しをしない」という加藤邦宏氏のアランに関するエッセイからの引用。
 要は、"母というものは、子供を何が何でも、叛意することなく、気に入るように出来ているのだ"と言うのがアランの主張だ。
 で、アランはその「忠実」さを、自分の思想にも文章にも職業にも人間関係にも適応して生きてきた、というが、このエッセイの主題だ。



 ところで、"母というものは、子供を何が何でも、叛意することなく、気に入るように出来ているのだ"と要約しうるアランの主張ですが、彼自身の母親はどのような感じだったのか。
 高村昌憲訳『アラン初期プロポ集』にある年表によると、
 「父エチエンヌは馬に関する知識に優れていて読書ずきで、アランは多くの知識を学んだが、酒好きで博打好きでもあった。母ジュリエットは美人であったが町のカフェの娘で浮気っぽく軽薄だったようで、家庭は借金生活であった。夫婦喧嘩が絶えず、アランは登校前に朝食を作った」(382頁)
 意外にも、アランの家庭は円満ではなかった。
 また、母親も、息子に対してはどうか分からないけど、夫にとっては「良妻」かというと、微妙か。

 ちなみに、アランは、その死まで母の面倒を見続けたようだ。
 その時、アラン42歳、母64歳。

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