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「ことだま でしょうか いいえ、誰でも」後編 -言霊について私が知っている二、三の事柄-

川村湊『言霊と他界』(講談社学術文庫版)を読んでみる。



Wikipediaの項目に、「声に出した言葉が現実の事象に対して何らかの影響を与えると信じられ、良い言葉を発すると良い事が起こり、不吉な言葉を発すると凶事が起こるとされた」とあるように、元々言霊ってのは、声に対して宿ると考えられてたわけです。
 文字=漢字=中国に対抗する意味で、言霊=音声が強調されるという歴史経緯が合ったわけですな(14頁)。
 もともと、言霊というのは、文化的な「劣位」な側が、優位な方の文化に対して、何とかアイデンティティを確認するためのものだったわけです。
 この出自を忘れてはいけません。
 (ちなみに、「文字霊」っていうのがあるらしいですが、これは、どう考えても、「言霊」の後追いみたいなもんでしょう。言霊が、中国文明に対する反動というなら、「文字霊」は、中国文明からの剽窃(?)なのかもしれません。)

 (言霊信仰の起源を、大陸からの文字文化の到来へのリアクションに求める考えかたは、西郷信綱「言霊論」とかも、既に唱えている説のようです。31頁の註を参照)



 江戸期の国学者たちにとっての「言霊信仰」ってのは、「五十音」が基本でした。
 この五十音(母音5個 × 子音(母音含め)10個)の"音声の秩序"こそが、本居宣長らの根本的な原理
だったわけです。
 これには、漢字(中国)の秩序に対抗する意識がこめられていました。(カラゴコロ批判ってやつですな)

 しかし一方、この五十音から漏れるものも、ありました。
 それが、「ん」です。「ん」なんですね。
 それと、半濁音や促音です(17頁)。
 で、宣長は、「ん」は不正の音だ、日本古代にはなかったんだ、とか言っちゃいます。
 ヲイヲイ。
 上田秋成との論争で持ち上がった論点の一つは、この点だったわけです。



 そんな上田秋成も、実は、言霊を信奉していました。
 確かに、『霊語通』で、"五十音"は、「霊妙」だとは述べています(19頁)。
 ただし、宣長みたいに、「不正」云々とかは、一切いってません。 
 その点が、後世の人間から見ると、マトモに思えます。

(注: ちなみに、本書の構図は、端的にいうと、
 「言語は音声第一で、音声には秩序(「五十音」)があって、それを乱す奴は許さない派」(本居宣長ら国学主流派)
 VS
 「その秩序なんてお前らが考えただけだろ、言語って秩序に納まるようなもんじゃないんだよ派」(言語のダイナミズムに肯定的だった上田秋成や、鳥の鳴き声のような声に肯定的だった幸田露伴(宣長たちは、鳥や獣の声を侮蔑してた)たち)
 の対立
です。 )



 時代を下り、折口信夫。
 彼曰く、"言霊というのは、単語とか音声とかじゃなくて、一続きの言語(もしくはそれが断片化したもの)に潜むものですよ"というもの(288頁)。
 つまり、「単語」じゃなく「ひとかたまりの言葉」に宿りますよ、っていってるんですね。ここが、折口の他の人らと違う所。
 
 ちなみに、この本の著者は、折口にかこつけて、「日本語としての言霊が力を失えば失うほど、「言霊」を言挙げするような人物がその声を大きくしてゆく」と述べています。
 そう考えると、昨今「言霊」を声高に言う人もいれば、逆に"「言霊」信仰"批判みたいなことをしている人もいますけど、結局この人たちがいる時代って、既に「言霊」が衰退してる時代だってことですよね。
 言霊が称揚されたり批判されたりする時代、その時既に、「言霊」は衰亡しているのですな。



 注意が必要なのは、言霊そのものに、雨や風を直接動かすような力があるわけじゃなくて、雨や風の精霊を揺り動かすことで、間接的に雨や風を動かしているということ(295頁)。
 逆に言うと、「言霊信仰」云々というのは、"精霊"という形而上的な存在を抜きにしては語れないわけです。
 この辺抜きにして、「言霊信仰」とかいっちゃうと、ワケがわからなくなります。
 様々なる精霊の存在を信じることなく、「言霊」を進行するなどありえないわけですから。



 以上のまとめ。

・言霊は、「古代日本で言葉に宿っていると信じられていた不思議な力のこと」ではありますが、正確には「言葉に宿っている」というより「音声に宿っている」ですので、一応の注意が必要です。
・「言葉の力に呼応して現実も動く」といういわれ方をされますが、正確には、形而上的な精霊を媒介して、間接的に現実が動く、というのが正しいです。
・もし仮に、「言霊信仰」とやらが現代日本にも続いているというなら、既に精霊の存在が信じられていない以上、それは精霊抜きの干乾びた「敬虔さなき迷信」にすぎません。



(追記)
 本書で面白いのは、第三章かな。
 民俗学の祖父祖・平田篤胤と民俗学の父・柳田国男が、ともに、「家族」からはみ出た存在であることを指摘し(少なくとも、篤胤は家庭環境に恵まれていない)、自分のいる世界に平安を見出せなかった者がその平安(死後の世界)を求めた結果、彼ら二人は民俗学の先駆者となったのではないか、という風に述べられてます。
 そして、柳田と、折口信夫と南方熊楠との死後観とを対比させる第十三章も、面白い。詳細は本書に譲るが、各人各々、個性ある死後観・他界観が出ていますね。

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