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「彼らの労働を肯定できずに、誰の労働を肯定せよというのか」、あるいは「迷惑上手」のススメ -大熊一夫『精神病院を捨てたイタリア 捨てない日本』を読んで- (追記あり)

 大熊一夫『精神病院を捨てたイタリア 捨てない日本』を読む。
 かの悪名高い、宇都宮病院、大和川病院の話も出てくる。



 日本の精神病棟は、九割が私立。
 23頁の箇所を引用すると、

 先進国のほぼすべてが一九八〇年以降、精神科病床を急激に減らして、精神病院に代わる公的地域精神保健サービス網を発展させたというのに、日本国の精神病院だけは右肩上がりで増えて、今も高どまりが続き、肝心の地域サービスは貧弱なままである。

 これが日本国の精神病院・治療の実態 orz



 アメリカの場合、

 ホームレスの二八%が重い精神病で、本来なら入院治療が必要な人たちだった。そのほかに三〇%がアルコール依存症や薬物依存症患者、つまりホームレスの六〇%近くは、本来なら医療の網にひっかからなければいけない人々だ、グリーンブラットは語った。 (50頁)

 日本のホームレスの実態も、数こそ違うだろうが、似たような事例は少なくないはず。



 イタリアの精神治療に革命を起こしたバザーリア(彼の偉業については省略)。
 彼は、精神病院を映画として撮らせ公開したり、仲間を募って、国際学会で「精神病院廃止」という学者の度肝を抜く宣言を行ったり、入院者たちの写真集を作ったり、テレビ取材を受け入れたりした。
 これらはすべて、世間説得のためだった。

 彼曰く、 

 病院の外で生活するには、なにも完治する必要はない。患者は専門家の支援のもとで自分の狂気と共存できるのだ。精神科医の変革を待っていたって何も変わらない。今は、大きな文化運動を起こして、精神科医が変わらざるを得ない状況を作ることこそが大事なのだ  

 バザーリアの全てがこの言葉にあるように思う。
 


 

 生協はイタリア社会協同組合法に定められた活動である。 (119頁)


 イタリアが協同組合の国であることは良く知られている(はず)だが、精神保健サービスにも、生協は関与している。
 生協を作って、そこで、"患者"の労働や生活の支援をしている。

 生協では、全メンバーが総会で投票権を持ち、幹部は全メンバーの投票で選ばれる。
 利益は再投資することが義務となる。
 こうした仕組みが背後にあるからこそ、イタリアが、精神病院をやめることができた、といえる。



 国は、精神科病院のベッドを一〇年で半分にするための計画を立てて実行する。各市町村は、精神病の人々がそれぞれの市町村の中で暮らせるような社会資源をつくる。 (206頁)

 このような政策こそが、求められている。
 精神病の人々の中には、支援さえあれば、ちゃんと働くことの出来る人もいる。
 彼らは働けないのではなくて、社会が彼らが働くことを許していないだけではないか。
 彼らの労働を肯定できずに、誰の労働を肯定せよというのか。




 帯広の門屋充郎らPSWの活動は、徹底している。 

 必要とあれば青年会議所にも入って副理事長まで務め、そのネットワークをフルに使って福祉畑以外の人々を巻き込んだ。いつしか、帯広市長も、このネットワークで重要な位置を占めるようになった。 (209頁)

 活動するとは、周りを巻き込むこと。
 場合によっては迷惑だってかける。
 迷惑をかけることがダメなのではない。
 迷惑上手になる必要がある。
 「べてるの家」を含め、彼らは、迷惑をかけるのが大変に上手だ。

 (本件については、「困っているならどうすればいいか、なら周りも巻き込んでしまえばいい」で、少し書きました。)



 トリエステの地域精神保健のコストは、精神病院全盛時代だった一九七一年のコストの六割強にしかならないという(225頁)。
 実は、地域精神保健のコストの方が、安上がりなのだ。

 これは日本でも同じらしい。
 ACT-K推進者の精神科医・高木俊介曰く、自身の活動も、精神病院より、低コストらしい。
 人口40万人の地域のうち、総合失調症の発症率は0・8%。そのうち入院率が25%。想定入院者は800人になる。一人当たり、月に30万円以上入院費がかかるので、年の入院費総額は、28億8千万円。
 対して、ACTの場合、月に1チーム当り1100万円で、800人に対応するのに7チームが最低必要なので、年間9億2400万円。

 仮に高コストだったとしても地域精神保健は推進すべきと思っているが、これなら、高コストだとか抜かす者共も、口出しできないだろう。



 (追記)
 ブコメでコメントをいただきました
 ただ、拝見する限り、こちらの意図が伝わってない部分が多いように思います。
 そこでお返事がてら、きちんと説明をしておこうと思います。

 BUNTEN 医療, 社会 うーんこりゃどうなのか。たとえば、アル中者が社会に紛れて暮らす迷惑感>入院をやめて社会で暮らさせるコストの減分、と思われたら入院政策は続くわけで、額の問題というより額と不効用の比較の問題だからなぁ。 2011/07/11

 おっしゃる所に間違いはありません。
 お返事は、すでにブコメで書いたとおりです。
 結局、"労働とは何か"、"人とは何か"という根本に関わると思います。
 もちろん、"額と不効用の比較"を覆すために、バザーリアは世間に相当アピールを行ったのであり、日本を含め各国の意欲的な活動者たちは、世間を巻き込むような精力的な活動を為したのです。世間を巻き込むことによって、"額と不効用の比較"の関係を一気に変えていったのです。彼らの活動を忘れて、この問題は論じることは出来ないと考えます。
 次に、

anomy メンタルヘルス, 雇用, 精神疾患 メンタルをこじらせた人は、真っ当な生活を維持できる仕事に就けない、というアタリマエのこと。

 このコメントに対しては二つの解釈ができると思います。①アタリマエだから、この問題は放置してよい、と、②アタリマエではあっても、この問題は放置できない、の二つがあると思います。
 後者ならともかく、前者であるなら、首肯することは出来ません。
 "アタリマエ"というなら、当然、宇都宮事件のことも、ライシャワー駐日大使刺傷事件のあと、精神障害者の隔離政策が進行したことも、1968年のクラーク勧告で、日本の収容的な精神医療のあり方が非難されたことも、1984年の宇都宮病院事件で、患者がリンチ死が起き、同様の事件が続発したことも、当然踏まえておっしゃるのですよね?(本件、こちらのページを参照)
 次に、

 maturi それ知ってて当然問題, 半可通, 社会, 定量化の必要性 アメリカのホームレスは日本にいれば精神科病院にはいるべき人(が入れないからホームレスに)

 タグを見る限り、こういった問題は当然知ってるべきで、なのにお前は半可通だ、とおっしゃりたいようです。
 半可通といわれた点については釈明しません。ただ、肝心のコメントを読むと、疑問が浮かびます。アメリカの事情をきちんと理解されておられるのかどうか。
 これは本書にちゃんと書いてありますが、アメリカでは、1963年に「精神病及び精神薄弱に関する大統領教書」、俗に言う、「ケネディ教書」が出されます。これにより、精神医療における脱入院化が掲げられることになります。
 ところが、地域に出た精神障害者を取り巻く環境を、政府がきちんと整備せず(ちゃんと予算をつけず)、退院した患者に対してケアする地域資源が不足した
のです。
 本書でグリーンブラットが指摘しているのは、こうした政策的失敗の帰結です。「医療の網にひっかからなければいけない人々」という表記は、この点を踏まえてのことです。
 この点を詳しく書かなかったこちらも悪いですが、いただいたコメントは、正直、適切なものとはいえません。
 「アメリカのホームレスは日本にいれば精神科病院にはいるべき人(が入れないからホームレスに)」というのは、正確には、「アメリカのホームレスは、本来は政府が整備すべき、地域のケアの網に引っかかるべき人(それがないからホームレスに)」という表現にすべきなのです。(本件、本書と、こちらのページを参照)
 最後に、

 nekora 精神病院での治療を選択できる日本と、それが出来ず生協に相談しつつ家族が負担するしかないイタリア、アメリカに到っては精神病院に入れず浮浪者になる、という話。 2011/07/12

 なんとすごい。読解力が、池O信夫先生レベルです。突っ込みどころの多いコメントをどうもありがとうございます。
 間違いとしては、①「精神病院での治療を選択できる日本」というのは、上記の日本における精神病に対する治療の歴史を踏まえれば、噴飯ものであることが理解できるでしょう。日本は例えば、抑制廃止運動が起こるような国なのですが。極端な話、病院に閉じ込められることを、恰も権利や自由であるかのように曲解できる頭脳は、なかなか素敵ですね。真似できません。
 ②「それが出来ず生協に相談しつつ家族が負担するしかないイタリア」というのは、御自身の無知を勇敢にさらけ出されていて、感動しました。こんな勇気持てません。
 こちらがイタリアにおける協同組合の重要性を前提として書いてしまったので、このような"するしかない"などという、間抜けな読解をされてしまったのだと思います。謹んでお詫び申し上げます。
 "生協"と表記されてますけど、正確には、「社会連帯協同組合」なのですね。詳しくは、こちらのページ「イタリアの社会連帯協同組合」をご参照いただきたいのですが、「財源の大半を行政から社会サービス費用として受け取っている」とあるように、十分予算はかけられています。もともと、「社会連帯協同組合」自体、家族の負担を減らすために設けられているものなのですが。
 無論「社会連帯協同組合」は、精神病の人々以外にも、雇用につけない若者から老人、身体障害者から元服役囚まで、様々な社会的に弱い立場の人々が、参加出来るものです。そして、そんな彼らのために、きちんと資源配分が為されています。イタリアは、そういった一面のある国なのです。
 で、少なくとも「家族が負担するしかない」云々の件ですが、はっきりいって虚偽です。申し訳ありませんが。
 ③の間違いについては、既に書いたとおりです。

 以上、ブコメに対する返信です。くれぐれも、こんなチンケなブログのいってることを信用しすぎず、ご自分でググってから、コメントをしてください(笑)。
 自戒をこめて、申し上げときます。
 (この追記は長いので、時期が来たら、別の記事として独立させる予定です)

 あと、本書の書評として、優れたものとして、
 「措置入院と刑法39条 - Apes! Not Monkeys!  本館
 「積読よみ崩し読書日記-ノンフィクション系: 精神病院を捨てたイタリア捨てない日本@大熊一夫
 を挙げておきますね。

 以上、追記:2010/7/12

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