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サルコジ(当時,大統領候補)より労働者に優しくないニッポンの政治 orz -あと、「いい加減、供託金自体廃止しろよ」な件-

 薬師院仁志『民主主義という錯覚』を再び読む。



 J・S・ミルは、「知性の度合いが低い」人間が投票する危険を排除するため、普通選挙のために「試験」を実施すべきと提案した。
 衆愚政治を嫌ったためだ。

 現代からすると、奇異に思う人もいるかもしれないので、こう考えた方がいい。
 例えば、もし10歳の子供に選挙権を与えるなら、どのような試験をすべきだろうか、と。

 正直、ミルの意見には反対だが、ミルの考えは生かされるべきかもしれない。



 「民選議員設立の建白書」は、国民の平等参加ではなく、士族および豪商・豪農にだけ資格を限定しようとしていた(154頁)。
 これは結構有名な話。



 植木枝盛の憲法案は、基本的人権に関する規定は明確こそだが、世襲の皇帝を議会から独立した行政権力の地位に置きつつ、しかも、一方的に議会を解散させる権利を持たせる条文を作った(171頁)。
 ・・・ぜんぜんルソー主義じゃないw
 人民の意志を体現する議会を、世襲の君主が一方的に解散させちゃうとか、ルソーが聞いたらひっくりかえっぞww
 実際の所、植木は、連邦制を導入したくて、その正当化のためには、天皇を必要としていた。
 なぜ連邦制かといえば、沢山の異なる州(70州も!!)を作って、政府機関を各々作り、さらに民兵(常備兵と護郷兵)を置けば、失業士族の雇用が出来ると考えたからだろう、と著者はいう(168,9頁)。
 エモリン、乙w



 「圧政への抵抗」というのは、既に、16世紀にラ・ボエシーが、王政下の農民暴動に対して用いた言葉(186頁)。
 民主主義と関係はなく、ルソーとも関係はない。
 抵抗権は、あくまでも、「伝統的な人権の範囲」。

 そしてなにより、著者が言うように、「圧制への抵抗」とかいうなら、その圧政自体を潰して、新しい政治秩序を立てないと。
 お上に一揆を起こして、考えを改めてもらったらそれで終了、とかいう日本的"反抗"は、「圧政への抵抗」とはぜんぜん関係ない。

 (勿論、日本的な"仁政要求"がダメなわけじゃない。詳細は、好著・牧原憲夫『客分と国民のあいだ』を参照。)



 著者の指摘は全う。
 例えば、イギリス型立憲君主を志した昭和天皇と西園寺公望だけど、大日本帝国憲法だと軍のトップは天皇なのだから、天皇が止めなかったら軍部の暴走阻止は不可能だろ、という指摘とか(208頁)。
 ごもっともな話。
 英国的立憲君主制を理由に動かなかったっていうのは、確かに、日本の当時の国制からすれば、軍部の暴走を容認したも同じなのだ。
 厳しい言い方をすれば、当時の国制を十分理解しその中で勤めを果たそうとするなら、むしろ、君主として主体的に軍部を止めるしかなかった。
 彼らが理想とした君主像と、実際の国制で必要だった君主像のギャップ orz

 あと、護憲三派が治安維持法にはほとんど反対しなかった(209頁)件もちゃんと書いてる。
 おいっww



 大統領になる前のサルコジの公約を見てみる。

 サルコジは、従来の4時間増の週39時間労働にしようとした(256頁)。
 みんなが多く働いて稼げば、購買需要も増え、それが新しい雇用を生む、と論じた。この点が、選挙に勝てた論点ではないか、と著者はいう。
 一方で、不安定雇用を廃止し、雇用を正規雇用に一本化しようとした。

 サルコジのこのときの政策は、現代日本の現状からすれば、むしろ労働者寄りな方である。
 嗚呼情けない、日本国 orz

 さらに、相続税などの資産税減税には、サルコジは批判的(259頁)。
 富裕連帯税廃止も、彼は拒否している。

 富裕連帯税は、資産評価額が76万ユーロを越える個人に固定資産税とは別に課せられる税金。
 金持ちから"廃止しろ"の声が大きい税金だが、サルコジはこの時点では、拒否をしている。
 改めて、嗚呼情けない、日本国 orz
 


 著者のサンデル先生的な話。

 ムスリムが多く住む町のお店から、豚肉と酒が消えた。
 別に多数派のムスリムが意図したのではなくて、彼らが豚と酒のない店を選んだだけだ。
 しかし、結果的に、豚と酒を置く店は、隣町にしかなくなってしまった。
 少数派の非ムスリムの高齢者たちは、近くの店に豚と酒がなくて困っている。
 さあどうしようか(264頁)。
  
 こんな著者の提起だが、解決は結構、簡単だろう。
 ネット販売するなり、行商に来てもらうなりすればよい。
 行商は、それの利用者の負担で来てもらえればいい。(公的な補助があってもよい)



 無給のボランティアを使うことは、恒常的な公的業務の場合、賃金をもらえる雇用を削減することにもなる(272頁)。
 少なくとも、雇用への影響に気を使わないボランティア活動など、有害極まりない。
 完全雇用を目指すこともなく、恒常的な活動をボランティアに任せるのは、失業者を生み出すことと同じ。



 選挙に立候補するのに、バカ高い供託金を求められるのは、先進国で日本だけ。米仏独伊には事実上存在しない(208頁)。
 衆議院の比例代表だと、一人600万円の供託金!!!
 立候補するのに、こんなバカ高い金を用意させといて、政治に関心持てとは、頭悪すぎ
 日本の民度云々抜かす愚か者どもは、さっさとこの供託金を廃止させるよう動け!!!、と煽っときます。
 一定の得票数があれば返してもらえるから大丈夫、なんていうのは、そもそも払うこと自体がおかしいだろ(怒)って反論しますよ。

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