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二大政党制じゃなくても、ちゃんと政治ってできるから。これ豆な。 -吉田徹『二大政党制批判論』を読む-

 吉田徹『二大政党制批判論』を読む。
 正直、第3章が一番面白い。
 それ以外の章は、その分、色あせてしまうくらいだ。



 政党助成金。これは世界各国で導入されている。
 ただ、ドイツでは、90年代に入って、政党活動の自由に抵触する可能性があると憲法裁判所が認め、助成額は政党の収入を上回ってはならない、っていう判決が出ているらしい。

 で、日本の場合、政党助成金の上限がない。
 2003年の場合、民主党のうち85%、自民党の60%、社民党の61%が、政党助成金でまかなわれている。(しかも、この助成金は積立可能。)
 
 もし、健全な政党政治を目指すなら、イギリスのように、野党だけに政党助成をすべきだろう(128頁)。
 英国における「ショートマネー」と呼ばれる政党助成も、野党の第一党のみに与えられる。
 (ただし、英国の場合、2000年から、与野党ともに「政策開発補助金」という補助金が出ている。)
 日本の場合は、与党を除いて野党政党全部に、政党助成をすべきと思われる(連立政権の場合は、適宜判断すべき所か)。

 ちなみに、英国の場合、「官僚は、マニフェスト作りなど野党の政策策定への支援が義務づけられている」という(「イギリスの政権交代から何を学ぶか?」より引用)。
 確かに、官僚っていうのは、与党の占有物ではなくて、野党も活用できる存在であるべきですな。
 


 著者は、本題で分かるように、二大政党制には、批判的。
 二大政党制の弱点の一つは、新たに政権に就いた政党が、自らを支持した有権者の期待に応えようとするあまり、前政権との違いを出すためにと、急進的かつ対立的な政策を出す誘惑に駆られる可能性があること(134頁)。
 しかし、これは結果、国民を分断して、政策的なブレを大きくする。
 政権交代によって、かえって、社会に大きな負担をかけることになる。

 日本の現状そのまんま orz
 多分、今度民主党が下野しても、今と同じことになる。



 イギリスで有名なマニュフェスト。
 しかし、実際のイギリスのマニュフェストは、数値目標満載なんかではない。
 必ずしも、財源や期限とセットになっているわけじゃない。
 たいていの場合、アリバイとして数字が明記されはするが、有権者との「契約」として呈示されてはいない。(まあ、概算ですよね、あれは。)

 数字、特に財源を明記するやり方は、ブレア労働党によって強調されたものだった(138頁)。
 当時の労働党が、政権交代を恐れる有権者にアピールするために、マニュフェストを導入したのだった。安心してください、我々は、前政権と断絶した政治をするんじゃないんですよ、と。
 ブレア労働党のターゲットは、中流層であり、彼らの支持を得て政権を獲得しようとした。
 このように、「政権担当能力」を保守党支持者に示すために、マニュフェストを使ったのが実情である。

 そもそも、マニュフェストどおりに政治をするなら、政治家なんて、政治政党なんていらないだろう。
 政治がなぜ必要かといえば、予見できない課題や、新たな利害対立が生じた時に、万人に対して説明責任を果たすためだ。

 マニフェストに、頼りすぎはいけないよね。

 マニフェストについては、以下の記事もご参照あれ。
牧原出『東電の工程表と民主党の政策が絵空事に陥る本当の理由(時評2011)』
豊永郁子「マニフェスト政治にもの申す」



 政治学者のトッドは、西欧17カ国の戦前・戦後を対象にした場合、単独内閣と連立内閣という形態と、政権の寿命には因果関係がないと実証した(144頁)。
 多党制でも、安定した長期な内閣は、戦後西ドイツやオーストラリアなどいくつもある。
 戦後・戦前で、50ヶ月(4年以上!!)の長期続いた内閣のうち、60%は多党制だった。


 レイプハルトも、連立政権や比例代表制は、決して不安定じゃない、と述べている。
 
 要するに、"連立政権・比例代表性=短命"ってのは、神話に過ぎないのですな。



 連立政権の場合。
 オーストリアは、長く、二つの大きな政党による大連立が、戦後ほぼ一貫して継続して安定していた。
 ベルギーやフィンランド、イタリア、60年代までのフランスは、連立政権だったけど、選挙による政権選択で混乱したことはない。
 
 イギリスの場合、欧州議会選挙のとき、99年から、全国を12選挙区の比例代表制度にしたら、戦後政治史上、最も高い投票率になった(153頁)。

 著者曰く、日本に欠けてるのって、「強いリーダーシップ」とか云々じゃなくて、「政治が自分たちのためにある」って感覚じゃない、と。
 まあそういう意味でも、死票つくったらだめだよね。



 坂野潤治先生の福沢批判。
 福沢の二大政党制論は、薩長閥が保守主義政党を、福沢率いる交詢社が自由主義政党を担うという前提が必要だったし、自由民権の愛国社の存在を無視していたんじゃないか、と(170頁)。
 『日本憲政史』を引いて著者はそう述べている。
 そういや、『明治デモクラシー』でも、そんな批判してたっけな。

 福沢は藩閥と政党の中立のスタンスでいたけど、どう考えても当時強力だったのは藩閥政府の方であって、そんな力の非対称性をわきまえないで中立面したら、政党もそりゃ弱体化するよね orz



 著者曰く、大正時代の議会政治は、院外の政治活動へと波及しないで、下からの運動としての政党を排除してしまった(178頁)。
 結果、足腰の弱いデモクラシーのままになった、と。

 当時の政党は治安維持法を容認したが、その思考回路も、院外の政治活動を嫌った当時の政党の思惑があるのだろうなあ。



(どーでもいい追記)
 ブクマコメにある件

toycan2004 単に政治について学校で全く教えないからそうなってる、中学の政治経済の教科書や近代史をどの程度教えてるかについて調べるといい

 そういうのは、ご自分でおやりくださいw

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