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コーチング入門としても最適かもしれません -でも演劇より映画のほう好きw- 平田オリザ『演技と演出』を読む

 平田オリザ『演技と演出』を読む。
 演劇に関心のある人もない人も、読んで損なしの良書。



 俳優はどうしても台詞をうまく言おうとして、台詞に意識が集中してしまう。
 著者は、そこで、俳優に色々な"負荷"(歩かせたり、時計を見たりする等の、動作)をかけ、意識を分散させてようとする。
 例えば、長い台詞をいうときに力が入ってしまう人は、長い台詞のどこかに、他の動作を入れてみると、肩の力が抜ける(73頁)。

 著者の述べることは、いちいち実践的で、実に理にかなっている。
 


 相手に話しかけるという芝居を、自然にやるのは、結構難しい。
 そこで、著者は、話しかけやすい状況を作ってあげようとする(111頁)。

 例えば、「旅行ですか?」と話しかける演技の時。
 話しかける人(Aさん)が、「もし話しかけられる人(Cさん)がこれに興味を持ってたら、自分は話しかけやすい」と思うような話題を、予め聞いておいて、これを、芝居の前の場面に挿入する。
 例えば、サッカーだったら、Aさんはまず、サッカーの話題でCさんに話しかける。
 この演技であれば、リラックスした状態で、次の場面につなげられる。
 そして、次の「旅行ですか?」という演技も、リラックスして演じられるわけだ(111頁)。

 この本、コーチング入門としても、使えますな。



 著者曰く、演劇というのは、社会的なテーマを、きわめて人間的な、個々人に切実な問題として描くことの出来るものであり、また、そのように描かれていないなら、演劇作品にする意味すらないもの、である(154、155頁)。
 逆に、小津『東京物語』なら、ある老夫婦と、その夫婦の息子(故人)の嫁に当たる女性との"人間的"な話だが、これは、戦争という社会的背景をもっている。
 著者曰く、よい演劇作品とは、人間的要素と社会的要素が上手く配分されているものなのだ、と。
 確かに、殆どの優れた演劇は、①社会的テーマが、個人の切実な問題として扱われているか、②人間ドラマが、社会的な背景を持っているか、のどっちかだろう。

 (じゃあ、『ゴドー』はどうなんだ、定義に当てはまるのか、ってことになるが、これは例外事項ですよね。)



 喜劇などが特にそうだが、ある社会的なものに人間的なものが侵食してくる、というのは、優れた演劇全体に共通する構造だという。
 例えば、『リア王』ならば、社会的な王様という地位の人間が、家族という人間的な要素によって足元をすくわれるお話(169頁)。
 
 「人間的なもの」とは、例えば、恋愛であり、痛いとか痒いとかといった生理現象であり、飲食物(食欲)であり、家族問題であり、宗教の問題であり、金銭の問題であったりする(169,170頁)。
 これらを使って、演劇における秩序の空間を"撹乱"させていくわけだ。
 なるほど。

 じゃあ『ゴドー』はどうな(ry



 本書では触れられていなかったが、演劇でも音楽は当然重要な要素になるはず。
 
 映画とかだと、下手な役者には音楽をきっちりかぶせるのが常道。上手な役者はその逆。(昔、坂本龍一が、自分の演技するシーンに音楽(BGM)をかけまくったらしいがw)
 
 そういえば、映画の製作現場でBGMをかけ、その現場を自分の望むリズムにしてから撮影に望んだ、という風な話を、今は亡きダニエル・シュミットが、蓮實『光をめぐって』で言ってたたっけな。

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