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イーストウッドと50年代映画 蓮實重彦『映画論講義』(4)

■映画の覇権と、イーストウッドの行方■
 「21世紀の映画論」の章では、「伊藤大輔から山中貞雄への覇権の移行」というテーゼが出てきます。このテーゼは、映画の視覚的効果重視から、視覚効果の物語への従属へ、という世界的な流れをあらわしています。著者は、無声からトーキーでもなく、白黒からカラーでもなく、この1930年代に起きた変化が、大変重要だと述べています。特に、その分かりやすい「変化」を、身をもって体現した作家こそ、フリッツ・ラングだというわけです。
 また、著者は、1950年代の無声映画経験者(小津、溝口、ジョン・フォード等)と未経験者(黒澤明、リチャード・フライシャーなど)とが共存・競合しえた時代について語り、現在における映画出身者とテレビ・ビデオ出身者の共存・競争の存在について問うています。
 まず、ここで問題となるのは、50年台における、無声映画を経験していない作家たちの問題です。
 著者は、無声映画経験者と未経験者の違いについて、「【週刊読書人】21世紀の映画批評 (2008年10月3日号)(2008年10月3日)」で、以下のように述べます。

 「必ずしもサイレントにこだわらなくても構いませんが、あるひとつの現象をワンショットで撮るとする。次に、別のショットがくる。そこでは、前のショットを次のショットが否定するにせよ肯定するにせよ、サイレント出身監督は、何らかの意味で葛藤関係にある画面を撮るのが普通です。ある意味で、そのことが映画の本質になっていて、そこに生じる葛藤が画面にショックを与える。」


 このような手法を無声映画経験者たちは、持っていた(もちろん全員であるはずなどありません)。では、50年代において、無声映画経験者たちはいかなる意味を持ち、いかなる形で位置づけられるのか。この、【遅れてきた】彼らは。
 先のインタビューで聞き手の「五〇年代は映画において、語りの経済性の抑圧を逃れて、画面の視覚的効果が徐々に露呈していく時代だったのではないでしょうか」という発言や、「一九五〇年代を別の観点から見ると、演出の映画から撮影の映画へ変わっていったとも考えられます」という質問・疑問に対して、著者は、「画面の視覚的効果に向かう時期があったけれど、それはついに覇権とはならなかった」のであり、「それは個人的なスタイルの追求でしかなかった」のだから、「山中貞雄の覇権の中にゴダールやトリュフォーもいたと考えておかないと、後の彼らの様々な試みも見えなくなってしまう」と答えています。
 聞き手が、50年代の作家たちの映画に、著者のテーゼをはみ出すような要素を見ているのに対し、蓮實はあくまで、「山中貞夫の覇権」の中に、50年代の映画の「画面の視覚的効果が徐々に露呈していく」要素は収まってしまうのであり、これは「個人的なスタイルの追求でしかなかった」というのです。
 ニコラス・レイやアンソニー・マン、ジョゼフ・ロージーにサミュエル・フラーといった、50年代の作家としてひとまずくくりうるだろう作家たち(蓮實の愛する作家たち)が、本書に主役として出てこないのはもしかしたら、それに関係するかもしれません。彼らのようなタイプの無声映画未経験者たちが持ちえていたものが、本章のテーゼを阻害するという危険があった、と考えるのはうがちすぎでしょうか。(ただし、先に問うべきなのは、50年代無声映画未経験者たちの中の、黒澤明やフェリーニと、ニコラス・レイやフライシャーとの映画的な質の違いのほうでしょうが。)
 50年代の無声映画未経験者たちの映画は、覇権の覆りそのものなのか、それとも覇権の中の個性にすぎないのか。
 しかし、一方で、蓮實は「視覚的効果」と「説話論的有効性」の関係について、「「山中貞雄の覇権」が、今尚、我々の周りに成立しているのかというと、成立していない」のであり、

 「ショットだけで押さないで、その連鎖がやや弛緩したものでも映画は語れるというところまで、イーストウッドは行っている。言わば、小津や溝口、成瀬とも違う語りで映画を作っている。もしかすると新しい覇権を予見させるものなのかなと、私は思っています」


と述べています。これらの点も含めて著者は、映画の「覇権」について、「そこは皆さんと議論してみたいこと」だというのでしょう。
 ならば、本章で述べられたことについては、著者の『ハリウッド映画史講義 翳りの歴史のために』でのテーゼ、【70年代以降の画面のスペクタクル化流行と、イーストウッドの簡潔性のそれへの優位】も含めて、議論されるべきでしょう。50年代無声映画未経験者たちの、とくに著者が愛したその作家たちと、そしてイーストウッドの位置づけこそ、映画の「覇権」問題を解きほぐす鍵のはずです。
 その準備運動として、なぜ海軍の衛生兵が陸戦の海兵隊に同行するのか、という疑問を導きに、『父親たちの星条旗』での炸裂する銃弾のさなかに切れ切れに響く声の重要性を説いた「合衆国海軍の衛生兵をめぐる長年の疑問について」の章は読まれるべきなのです。『父親たちの星条旗』は、準備運動にするにはもったいない、すばらしい映画なのですけどね。

(続く)

TAG : 蓮實重彦 映画論講義 伊藤大輔 山中貞雄 イーストウッド 1950年代

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