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重大なものが書き落とされたとき、あるいは「セカイ系」な記事 -とある産業経済新聞の記事を読んでの感想-

 産経新聞の記事を読んで、すごく違和感があったので、書いていきます。
 (「教師が反日誘導「日本人に拉致を言う権利はない」 元生徒が朝鮮学校の実態告発」)

 ここで問題として扱うのは、①この文章そのもの「フィクション性」、すなわち(この高校生が"実在"するのかどうか)と、②無償化を止めることと学校選択の自由の関係です。
 以降検証を行います。



朝鮮学校から自分の意思で別の学校に移った高校生が初めて産経新聞に実態を告発した。

 この記事全体において、親(保護者)の存在は希薄になっています。

「生徒の立場が理解されていない。無償化するぐらいなら学校を選ぶ自由をください」。生徒は悲痛な声を上げた。

いやいや、重要なのは学校選択の自由の問題であって、無償化云々は実はこれとは無関係です。論理的には、二つは両立しますので。

「学校がそのままなのに無償化が適用されてしまえば後輩たちが苦しめられ続ける」と取材に応じた。

 いやいや無償化があろうがなかろうが、「後輩たちが苦しめられ続ける」ことに変化などないはずです。
 無償化と「学校選択の自由」は、実は関係のない問題であるはずなのに、何故か変に混同されている。
 これは本当に、実在する人なのか、と疑問を覚える所です。


「日帝(植民地)時代にあれだけ朝鮮人を拉致した日本人が拉致問題を言う権利はない」

 とりあえず、もしこの高校生が実在するのなら、太田昌国『拉致異論』を読むことをお勧めします。
 この二つの問題(植民地時代の問題と日本人拉致問題)は、両方問題にされるべき事柄であって、片方だけを問題にすることも、両方とも不問にすることもしてはならないのです。
 その意味で、両方の問題にきっちりコミットしている太田昌国『拉致異論』はお勧めです。

生徒が北朝鮮について「独裁」と漏らすと呼び出された。教師の板書の間違いを指摘しても叱り飛ばされる。「目上の言うことを聞くのが朝鮮文化だ」。教師の指導は「絶対服従だった」と今、思う。

 当然この事態は批判されるべきです。
 だって、某国の「戦前」と同じレベルですからw
 ていうか、「目上の言うことを聞くのが日本文化だ」って言う言説も、当然批判されるべきですよねw

 生徒が朝鮮学校から移ろうとすると、この学校では教師や同級生が集まって思いとどまるよう圧力をかけたという。学校側は他校に受験し直すのに必要な書類の記入を渋り、「内申書はゼロだから」と告げた。

 奇妙なことにここでも親の姿は希薄なのです。
 親は出てこないんですか?将来の問題に、親が一切絡んできません。

 生徒は「人権というなら国や自治体は無償化で学校を支援するより、生徒が自由に学校を選べる環境を作ってほしい。学校を変わると一時的に苦労するが、朝鮮学校に通い続けると日本社会に適応できず苦しむ」と語った。

 選択の自由は大切です。
 なので、当然朝鮮学校を選択することも認められるべきですし、なら、無償化に反対する理由にはなりません。
 少なくとも、このことが無償化を止める理由にはなりえません。

 第一、無償化というのは結局、「父兄の負担が軽くなるだけで、学校は無関係」です。(ここら辺の論点は、既に Gl17さん が指摘しています)

 朝鮮学校から別の学校に移った高校生が耐えられなかったのが「反省会」と称するホームルームの存在だった。
 クラスはいくつかのグループに分けられ、一日を振り返って得点をつけさせられる。教室で日本語を使ったら減点。「反省することがない」と報告すると、教師から「ダメだ」と突き返された。
 北朝鮮で職場や地域ごとに相互批判させられる「生活総和(総括)」の朝鮮学校版だ。

 これが本当なら酷い話です。
 でも、これが行われたのは、「朝鮮学校」なんですか? 「別の学校」なんですか?
 多分これ、朝鮮学校での出来事、って受け取っていいんですよね?
 てかそもそも、この生徒がどうやって別の学校に移れたのか、そのプロセスが記載されていないのも奇妙です。そここそ重要じゃないでしょうか。 

 学費面での不公平感も拭えなかった。毎月、授業料に加え、施設修繕費などとして4万円近い金を納めさせられたが、学校の設備はボロボロのまま。「お金はどこに行っちゃったんだろう」と感じ続けた。

 だから、そのお金を支払っていたはずの親の姿が(ry

 在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)職員の子供たちは学費さえ免除されていた。この事実は他の学校関係者も証言している。

 かろうじて、この文章中で一番信頼度が置けそうなのは、この一文です。
 情報の確度だけは、他の分に比べ高いです。相対的な問題ですが。

 しかし生徒が通っていた朝鮮学校では、故金主席の業績を称賛する教科書記述を暗記させられ、土曜日の課外授業では、北朝鮮の経済発展をたたえる映像を見させられた。教師は「わが学校は世界的に優れた教育だ」と自賛したという。

 素朴な疑問ですが、それ以外の朝鮮学校ではもっとマトモだった、と受け取っていいんでしょうか?
 この記事は、高校生の出身地などをも曖昧にすることによって、「ある朝鮮学校ではOOである」を、「朝鮮学校(全体)ではOOである」に、容易に混同できてしまう構成になっています。
 せめて、どの地域の朝鮮学校なのかが特定できればある程度防げるであろうこの混同も、それすらぼやかすことによって、こうした混同が可能になります。
 一部を全体に転嫁させる論法が、この文章では炸裂しています。
 (もっとも、地域を明示しても、混同されがちではありますが orz)
 

 しかし生徒は「小学生のころ、肖像画が外されたが、教室の横の壁に金日成の別の写真が掲げられた」と振り返る。

 こういう肖像画を飾る行為は賛成しません。だって、何か御真影みたいだしw

 神奈川県の補助金問題でも学校側は拉致問題などに関する記述を訂正したとしているが、多くの学校で変わっていなかったことが判明している。
生徒も「絶対変わっていない。教師のメンツを考えると変えられるわけがない」と断言する。

 つ http://b.hatena.ne.jp/entry/sankei.jp.msn.com/affairs/news/111002/crm11100201320000-n1.htm
 産経新聞の悪質なレトリックです。(この記事が最新の記事ですが、事態は産経新聞の言う通りにはなっていません。)

 

こうした状況でも通い続ける生徒がいるのは「幼いときからこの世界に漬かって日本の学校を知らない」からだという。

 最後の最後まで、親(保護者)の存在は希薄なままです。親の存在こそ、幼少時に大きく影響するはずなのですが。

 授業内容があまりに違い、日本の学校を受験しにくい点も挙げ、「朝鮮学校内で日本の学校の説明会を開いたりして他の学校に行きやすいようにしてほしい」と訴えた。

 それ自体は正しいことでしょう。学校選択の自由はよいことです。
 もしこの高校生が実在して、他の新聞が取材しているなら、ここが本題になるはずなんですけどね orz



 そんなわけで、まとめると、
・この記事全体において、親(保護者)の存在は希薄です。幼少期からの環境に重大な影響を与え、かつ、学校の授業料を支払う主体であるにもかかわらず。
・無償化と、学校選択の自由は、実は関係のない問題であるはずなのに、何故か変に混同されています(無償化は、「父兄の負担が軽くなるだけで、学校は無関係」です)。
・朝鮮学校では、一昔前の野蛮な日本の風習が残っているのかもしれません(一昔前ではない、か?)。
・太田昌国『拉致異論』は良本です。
・地域などが特定できなっていることで、「ある朝鮮学校ではOOである」を、「朝鮮学校(全体)ではOOである」に、容易に混同できてしまう構成になっています(そうでなくても混同されやすいのですが)。

 以上のように見てみると、この高校生の実在性は疑わしいです。
 親の存在が希薄すぎる、というのが最大の理由です。
 可能性としては二つ考えられます。①この高校生が"非実在"である、②実在はするが、記者が変な「操作」を行った結果、非実在っぽくなった。


  この生徒は、複数の朝鮮学校に対する言説を寄せ集めて出来た「言説的構築物」かも知れません(個人的には、その可能性が高いと踏んでいます。入沢康夫『わが出雲・わが鎮魂』みたいなw)。
 もちろん、この生徒は実在するかもしれませんが、しかし、親の存在を事実上消去したのは重大な「操作」です。親すらそぎ落としたなら、他の重要な事柄も書き落とした可能性があります。
 親の存在までも消去しているというのは、大問題です。親やコミュニティの問題も絡むはずのこの手の問題を、それを書き落とすことによって、朝鮮総連だけの問題に転嫁できるからです。そこにあるはずの複雑な事情は、この「操作」によって、無視することが可能になります。
 そもそも、この生徒がどうやって別の学校に移れたのかという過程が書かれていないことに、もっと疑問を持つべきなのですが(親はそのときどう動いたのか、とか)。



 というわけで、産経新聞の記事の「モヤモヤ」する所を見てきました。
 最近、産経新聞の「レトリック」に対して興味がわいてきまして、今回の記事を読んで、上の文章をものしてみました。
 メディアリテラシーの好材料として、産経新聞を是非使ってみてくださいw



後々で気付いたのですが、これまでの本稿の内容は、

 bogus-simotukare  匿名と言うことは産経名物「非実在」元生徒ですね、分かります。つうか1億歩譲って実在だとしても「元生徒の多数意見」でもないし、事実だとして「無償化除外」という差別の正当化理由に全くならないが

 というズバリなブコメを希釈したものに過ぎません orz



 更に後で気づいたのですが、結局、今回の産経の記事って、親の姿も地域コミュニティも希薄で、まるで「セカイ系」なんですよね。
 だって、家族とか地域社会とか、そういうのをガン無視して、学校と個人が直結してるんですよ。
 以降、もしこういう記事があったら、今度から「セカイ系記事」って命名したいと思います

コメント

No title

>当然この事態は批判されるべきです。
>だって、某国の「戦前」と同じレベルですからw
>ていうか、「目上の言うことを聞くのが日本文化だ」って言う言説も、当然批判されるべきですよねw

いやいや、戦前の学校の生徒と保護者は、今のモンスターペアレントも真っ青になるぐらい、激しく自己の権利を主張してたみたいですよ。
私も読んでびっくりしました。
結局、「上のいうことを聞くものだ」というのは、またしても保守派による「伝統の創造」であり、歴史をクリエイトしていたわけですね。

戦前の親を見習おう
http://blog.livedoor.jp/kangaeru2001/archives/51444894.html

戦前の親は権利意識が非常に強くて、殊に子どものことでは見境がありませんから、自分の子どもに多少の非があろうがなかろうが平気で訴訟を起こします。
とくに体罰には厳しくて、ちょっと殴ろうものならケガなんかしなくとも生徒も親たちも断固学校と闘い、新聞は教師を袋叩きにするわで、学校は徹底的にやられてました。戦前は法律で体罰が禁止されているのですから、学校に勝ち目はありません。

Re: No title

管理人です。

> いやいや、戦前の学校の生徒と保護者は、今のモンスターペアレントも真っ青になるぐらい、激しく自己の権利を主張してたみたいですよ。
> 結局、「上のいうことを聞くものだ」というのは、またしても保守派による「伝統の創造」であり、歴史をクリエイトしていたわけですね。

 リンク先拝見しました。面白かったです。
 
 おそらく、実際はどちらも矛盾なく並存していたと思います。
 片や、「目上の言うことを聞く」・「絶対服従」があり、その一方で、「戦前の親は権利意識が非常に強く」・「自分の子どもに多少の非があろうがなかろうが平気で訴訟」だったのだと思われます。
 両者は無矛盾です。(あくまで推測ですが。)

 どのみち、「目上の言うことを聞くのが日本文化だ」って言う言説は、マヌケなんですけどねw
 戦前を見直しましたw

 コメントありがとうございました。

No title

恐らく、戦前の日本人にとっては、教師や学校という存在は「目上」の存在ではなかったのではないかと推測しています。
ひょっとしたら、「教師は聖職だ」とかいう権威付けがされ始めたのって、実は戦後からなんじゃないでしょうか?
聖職なんだから生徒への体罰も許される、みたいな。

Re: No title

管理人です。

> ひょっとしたら、「教師は聖職だ」とかいう権威付けがされ始めたのって、実は戦後からなんじゃないでしょうか?
> 聖職なんだから生徒への体罰も許される、みたいな。

 少なくとも、「1941年から敗戦までの天皇制を支柱とする超国家主義のイデオロギーの支配した、教師を「聖職者」とする教師像の時代」とあるので、戦中には「聖職」だとする認識はあったようです。
 http://www.edu-kana.com/kenkyu/nezasu/no30/sinpo1.htm

 それ以前の実態は、わかりません。
 ただ、当時の教師が師範学校出身者だったことは何か関係するかもしれません。

 聖職者論と体罰の関係はわかりません(日教組が元気だった頃も、教師が体罰を振るったという記述は、ウェブ上にあります)。
 でも、聖職だと考えられたことと、体罰を振るったこととは、あまり関係ないことだと思います。
 例えば宗教者なら体罰を正当化される、と考えられるでしょうか。

 そもそも、教師聖職論というのは、教師の労働者性を否定すべく生まれた言説です。
 http://blog.livedoor.jp/sho923utg/archives/51597512.html
 公務員の聖職としての高いモラルを要求し、その労働者性を否定する公務員叩きは、それにどこか似ています。
 
 判らないことだらけです。すいません。

 コメントありがとうございました。

No title

>そもそも、教師聖職論というのは、教師の労働者性を否定すべく生まれた言説です。

こっちのサイトで面白いことが指摘されてます。
教育労働者の法律論(19)ー超勤手当不払いを合法化した給特法(2)の項を見てください。

http://www.wb.commufa.jp/sho-tati/roudou.htm


「山本吉人は「教師聖職論」についてつぎのようにのべている。「古くから教員については、「聖職教師論」の立場から、その労働者性を否定したり、一般労働者とは特殊の存在であるとする見解が展開されてきている。しかし、かつてこの議論は、教員の労働条件を向上させるための役割を果したことはなく、逆に、労働運動を抑圧したり、労働条件の切下げのための議論であったことに注目する必要があろう。聖職者論が花盛りであった戦前の教師がいかなる生活をしていたか、いかに国家権力に対し弱い存在であったか、などについてはあらためて論ずるまでもない」(『労働時間制の法理論』総合労働研究所)。
 教師聖職論に戦後の教員も強く呪縛されて、時間外・休日労働が賃金によってペイされる労働であるとの認識を失い、「愛による無償労働」を内在化してきた。このような教員の聖職意識を利用して、戦後の教育行政はタダ働きによる無報酬労働を基盤とした学校運営をおこなってきた。」

かつての聖職者論争というのは、実は教師の賃金闘争だったのではないでしょうか。
教師側は労働者だから時間外手当を払えといい、政府と文部省は聖職者だから無償労働は当然として払わず・・・。
私は教師=労働者論を支持しますね。やはり公務員である以上、仕事に対してはきちんと対価を払わないといけないでしょう。

>例えば宗教者なら体罰を正当化される、と考えられるでしょうか。

欧米の中世の教育では、キリスト教倫理観から体罰が正当化されていたそうです(もちろん欧米でも教育の近代化とともに正当化されなくなっていくのですが)。
日本の教育に体罰の習慣がなかったというのが本当なら、恐らく、明治維新後に欧米から教育制度を輸入したとき体罰の習慣まで輸入してしまったのではないでしょうか。
思うに、日本の保守派と呼ばれる存在は、実は明治期に輸入されたキリスト教的倫理観の支持者ということなんでしょうね。

http://members.jcom.home.ne.jp/katoa/kiyosue.html
「ことに中世では、教育が教会の管理の下におかれ、そこで主役を務めたのは僧侶たちであった。こうした事態は、僧侶だけが、当時学校できちんとした教育を受けた唯一の階級であったという事実に起因しているが、その結果キリスト教の教義が学習の中心におかれ、授業には「教義問答書」とよばれる教会当局公認の教科書が使われるようになった。このようにして、教会は教育を利用して絶えずキリスト教教義の純正さの保持と、その勢力拡大を図ったのである。

 こうした状況が何百年も続けば、キリスト教的人間観が定着するのは当然のことである。すなわち、人間は万物の創造主である神の似姿として創られた存在であるが、この人間には、神の教えに背き、その創造の作業を攪乱し破壊する性向が本来的に具有されている。つまり、人間は「原罪」を負うた存在である、という人間観が深く浸透していった。そしてこの罪から救われるための方法は、もっぱら神の恩恵にすがることであるとされ、神に対する畏敬と神の教えの遵守が要請されることになったのである。

 このようなキリスト教的人間観は、たとえ子どもに対してであろうとも、彼らが人間である以上等しく適用された。そして教師は、「原罪」を負うた存在である子どもを救済するために、彼らに神を愛し、その教えを正しく実践するよう指導することを求められたのである。これが、「原罪」の人間観から導き出された教育観であり、大人たちに課された教育義務であった。

 ここで懲戒が教育の必要かつ有効な手段として登場することになる。なぜならば、気ままに放任されれば、「原罪」を負うた存在である子どもは神の教えに背き、神から遠ざかって野獣化してしまう。これを未然に防ぐためには、鞭による矯正が不可欠と考えられたからである。聖書にも、「子を憎む者は鞭を加えず、子を愛する者はこれを罰する」とある。かくて中世の学校では体罰の使用が公認され、鞭打ちが盛んに用いられることになったのである。 」

Re: No title

管理人でございます。


>教員の聖職意識を利用して、戦後の教育行政はタダ働きによる無報酬労働を基盤とした学校運営をおこなってきた。」
> かつての聖職者論争というのは、実は教師の賃金闘争だったのではないでしょうか。
> 私は教師=労働者論を支持しますね。やはり公務員である以上、仕事に対してはきちんと対価を払わないといけないでしょう。

 まったくもって、おっしゃるとおりです。
 実際、こちらが前のコメントで参照したURL先には、その通りのことが書かれています。


> 欧米の中世の教育では、キリスト教倫理観から体罰が正当化されていたそうです(もちろん欧米でも教育の近代化とともに正当化されなくなっていくのですが)。
> 日本の教育に体罰の習慣がなかったというのが本当なら、恐らく、明治維新後に欧米から教育制度を輸入したとき体罰の習慣まで輸入してしまったのではないでしょうか。
>  ここで懲戒が教育の必要かつ有効な手段として登場することになる。なぜならば、気ままに放任されれば、「原罪」を負うた存在である子どもは神の教えに背き、神から遠ざかって野獣化してしまう。これを未然に防ぐためには、鞭による矯正が不可欠と考えられたからである。聖書にも、「子を憎む者は鞭を加えず、子を愛する者はこれを罰する」とある。かくて中世の学校では体罰の使用が公認され、鞭打ちが盛んに用いられることになったのである。 」

 「欧米の中世の教育では、キリスト教倫理観から体罰が正当化」の件は、そういえば昔タラル・アサドの著作で読んだことがある気がします。
 今度調べてみようかな、と思います。

 で。
 「日本の教育に体罰の習慣がなかったというのが本当なら」の件ですが、紹介いただいたURL先を読む限り、違うと思います。
 引用先を見ると、
> また、富山の人辻意川の手記によると、天保より安政ごろにかけての同地方における寺子屋では、
> 食止め(じきどめ)>昼食をなさしめず。 鞭撻>竹竿にて鞭撻を加える。
> 留置>放課後において習字せしむ。 謹慎>教師の座傍に正座せしむ。
> 掃除>教場、便所の掃除。 破門>放校。 注意>家庭に通知し将来をいましむ。
>といった罰則が行われていた。
> これらの例によると、寺子屋では今日の退学・停学・戒告に当たるもの、さらに現在では禁止されている体罰に当たる罰が日常茶飯事として行われていたのである。そしてこうした懲戒は師匠個人の判断で行われていたわけだが、その背後には「肉を鞭打ち苦しめぬいてこそ文字をよく覚えることができる」という当事の児童観・教育観があった。そして、こうした児童観・教育観を師匠のみならず親も持っており、師匠が我が子に罰を与えるのも、そうした手段によってよく文字を覚え、しつけを身につけることができると考え、容認していたのである。

 って書いてあります。
 これだけを読む限りですと、もしや江戸から続く伝統じゃないかしら、と思います。

 コメントありがとうございました。

No title

他のサイトによると、確かに寺子屋では体罰はあったらしいですがあくまで少数派で、武士の子弟が通う藩校になると体罰はなかったようです。
出展は日本庶民教育史という本だそうですね。
ただ、武士の子弟は刀を持ち歩いてますから、反撃が怖くて体罰ができなかっただけかも、なんて思ったり。

http://www.asahi-net.or.jp/~kf3n-akmt/taibatsu.html
「 1. 学校における体罰についての先行研究の考察
 学校教育での体罰の歴史を扱ったものとしては、江森一郎『体罰の社会史』がある。江森の研究は江戸時代の寺子屋、郷学、藩校ではほとんど体罰がなかったことを資料を駆使して立証している。さかのぼって、昭和初期に乙竹岩造が『日本庶民教育史』全三巻(1929年刊)の寺子屋教育の研究があるが、これの下巻の「第6篇 興隆期庶民教育の全国的総括 第6章 訓育の方法」で体罰を扱っている。乙竹の研究は、「斯かる過酷なる体罰は甚だしき頑童にたいしてのみ稀に加えられたもので、決して常に慣用されたもので無いことは、前表の数字に拠っても知られる」と、言い切っている。 」

http://blogs.yahoo.co.jp/ushidoshimoo0210/23659567.html
「荒れる塾、授業の成立しない予備校なんて、聞いたことがありますか。ありませんよね。知識と訓練を売るショーバイの論理を貫徹したとき、学校は荒れようがないのです。それは、教育の聖俗革命(注1)よりも前、教師が完全に聖職者であり、授業料などという汚らわしい概念さえなかった時、生徒全員が特大ナイフを携帯して登校していながら(注2)、一人の教師も殺傷されたことがなかったのと、同じことなのです。」

そういえば、江戸時代にも体罰論争があったらしいです。
でも、その趨勢を見る限り、体罰否定派のほうが優勢だったんじゃないですかね。
体罰肯定論者の大塩平八郎は、世を憂えてテロリストになっちゃうぐらい気性の激しい人ですから、はっきりいって例外のような・・・。

http://blog.goo.ne.jp/a1214/e/3dee06ca7624862391466263d0cfaa34
「江戸時代以前にあって体罰否定論者はおそらく最澄と道元だろうということである。
江戸時代の初めごろから体罰が忌まれるようになった。
なんと水戸黄門様も体罰反対をはっきり表明しているそうだ。
闇斎、素行、藤樹、蕃山といった儒学者や心学者も体罰を否定している。
熊沢蕃山はこう書いている。
「聞いたことも見たこともない事を、読もうとする気もない子にまずい教え方で読ませれば、先にやったことは忘れてしまうのは当然だ。それを覚えが悪いの、忘れてしまったのと打ちたたきするのは、「不仁」である。(教育方法を)知らないのである」
体罰を否定しているからといっても、厳しく育てるべきだとする点ではほとんど一致している。
しかし、折檻することは、親子の感情を損ね、子どもの性格を表裏あるものにするとして否定的だった。
18世紀後半になると、青陵、大塩平八郎などの体罰肯定論が出てくる。

明治初年に出た『日本教育史資料』によれば、体罰規定のある藩校と郷校は維新期に存在した270藩のうち6校である。
しかも、このうち数藩については明治になってからの規定の可能性があるという。
体罰が否定されるということは現実には体罰が行われていたからであり、藩校に体罰規定がないから体罰がなされなかったわけではない。
薩摩藩、熊本藩、会津藩では、青少年自治組織では「粗暴・残酷な罰(大体集団的リンチがある)」が行われていたが、「一般的傾向とは言えない」と江森一郎氏は言う。
また、寺子屋でも体罰はあまりなされていないそうだ。
「江戸の寺子屋では一般的には体罰に対してきわめて慎重であり、羞恥心に訴えたり、恐怖心を適度に利用したりすること自体が主だったと考えるべきである」」

ところで、外国の体罰の例が紹介されてるのを見つけたんですが、ちょっと引くぐらい体罰してますね。
この数字が正しければ、外国人が「日本人は体罰しない!」と思うのも無理ないです。

http://monmon99.blog.shinobi.jp/Entry/144/

「乙竹岩造が紹介するイギリスの例(モンロー編『教育百科辞典』)では、十七世紀に五一年間小学校校長を務めたある教師が、生涯に生徒に加えた「鞭打ち」は九一万五〇〇〇回、「監禁」は二一万九〇〇〇回、「棒突き」が一三万六〇〇〇回、「耳叩き」が一〇万二〇〇〇回、「罰課」一万七〇〇回に及び、そのほかの体罰を受けた者が合計六七〇〇人もあった。
 人数も延べ一回として計算すると、じつに合計一三万九四〇〇回、毎年平均二万七二〇〇回以上、一日最低七五回の体罰が行われたことになる。驚愕すべき数字である。(p103)」

Re: No title

 どうも、管理人です。
 ご教授ありがとうございます。

> 他のサイトによると、確かに寺子屋では体罰はあったらしいですがあくまで少数派で、武士の子弟が通う藩校になると体罰はなかったようです。
> 出展は日本庶民教育史という本だそうですね。
> ただ、武士の子弟は刀を持ち歩いてますから、反撃が怖くて体罰ができなかっただけかも、なんて思ったり。
>  学校教育での体罰の歴史を扱ったものとしては、江森一郎『体罰の社会史』がある。江森の研究は江戸時代の寺子屋、郷学、藩校ではほとんど体罰がなかったことを資料を駆使して立証している。

 なるほど、日本の歴史は元々、体罰に否定的だったのですね。
 掲げられた資料を見てみる限り、納得できます。
 
> ところで、外国の体罰の例が紹介されてるのを見つけたんですが、ちょっと引くぐらい体罰してますね。
> この数字が正しければ、外国人が「日本人は体罰しない!」と思うのも無理ないです。
> 「乙竹岩造が紹介するイギリスの例(モンロー編『教育百科辞典』)では、十七世紀に五一年間小学校校長を務めたある教師が、生涯に生徒に加えた「鞭打ち」は九一万五〇〇〇回、「監禁」は二一万九〇〇〇回、「棒突き」が一三万六〇〇〇回、「耳叩き」が一〇万二〇〇〇回、「罰課」一万七〇〇回に及び、そのほかの体罰を受けた者が合計六七〇〇人もあった。

 ヨーロッパでも地域差はあったかもしれませんが、キリスト教世界が体罰に否定的でなかったことは間違いなさそうですね。
 
 日本とヨーロッパ諸国との間で、子供に対する考え方が違ったりだとか、日本側は体罰に否定的な分だけOOを代わりにやっている、という風なものがあるか、気になります。

 ・・・ところで論点って結局なんだったんでしたっけ?

 コメントありがとうございました。

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