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健康優良児たちは、戦争へ行った -北澤一利『「健康」の日本史』を読む(後編)-



 西欧の解剖図。
 こういうのは、一般的にたくましく均整のとれた身体が描かれるもの。
 これは、特定の人物を標本にしたものではなくて、人間を代表するモデルなのだという(137頁)。
 というのは、解剖図における身体は、人の個人差等の要素を完全に取り除き、全ての人間に共通する特徴だけを抽出して記録しないといけないからだった。

 その共通の特徴だけを抽出しても、別に、もっと太ってたり痩せてたりした身体を選んでいいはずなんだけど、あえて均整の取れた身体を選んだってわけだw
 西欧的な理想の身体ってのは、こういうものだった。(古代ギリシアとかの彫刻の影響かしら。)

 マネキンとかも、そういう思想に基づくのね。



 徴兵検査、そこでは当然、合格しないためにごまかす人間が現れる。
 明治8年の徴兵検査規則から既に、「詐術」といって、病を偽る受検者の問題に触れているほどだ(190頁)。

 その「詐術」のなかで一番手軽かつ多く行われたのが、視力を偽ることだった。
 陸軍では、それらの「詐術」に対して、「看破法」というマニュアルを作成していた。
 
 効果的なものとして、例えば「癇癪」を偽る人間に対してのもの。
 それは、「本当の癇癪の場合、パシチンソン氏がスコットスヌナッフの粉末をひと匙鼻孔に吹き入れると激しく噴しゃする療法があるから、ただ、激しい疼痛を生じて一日危篤に陥るような療法なんだけど」と受検者にウソを言う方法。
 こういうと、病気を偽った人間なら白状するだろう、というわけだ。
 難しい医学用語を使って脅すこの方法、結構使えるかもね。

 ちなみに、視力を偽る人間に対しては、焦点距離が異なるめがねをかけさせて、結果を見る。
 近視を偽る人間ならどんな反応をしたらいいか戸惑うためだという(193頁)。



 日本近代において剣術を救ったのは何か。
 それは西南戦争だった。

 この戦争において官軍の主力となったのは、徴兵軍だった。
 しかし政府はこれを補うため、地方で職にあぶれていた士族を警官である「巡査」として採用する。
 これを前線の薩摩兵と戦わせた。
 で、戦争後、多くの人間は警察に残り、警視庁も巡査の訓練に剣術を採用することとなった。
 こうして剣術は警察の中で生き延びることに成功するのだった。

 
 新撰組の斎藤一も、警察で生き延びたわけだし、納得ですな。



 「健康優良児」について。

 昭和5年、朝日新聞社が、「健康優良児」の審査を行った。
 身長、体重、胸囲、座高、栄養、疾病異常などの項目や、
 走力、聴力、投力などの項目、
 病欠日数、学業成績、普段の行いなどの項目、
 果ては、分娩状況、哺乳状況、歩行を始めた年齢月、祖父母以下の家族の年齢や健康状態、死因、家族の経済状況などの項目に至るまで、広範囲に審査した(224頁)。

 文部省は朝日新聞社と協力し、各地方の予選から全国大会に至るまで、学校を通じて行わせた。
 これには学校側の名誉も関わっており、積極的に参加した。
 学校のみならず、子供にも家族親戚田中にも大変な名誉とされた。 

  
 んで、そんな健康優良児だが、戦争を始めると、どうなったか。
 健康優良児として選抜された男子はいち早く招集された。
 太平洋戦争中、国民全体の死亡率が0.4%、日本陸軍全体で18%。
 そんな中、健康優良児たちの場合、追跡できた限りで、50%が亡くなっている(227頁)。

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