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戦後憲法を擁護するに至った左派 -戦後の政治の二つの軸について- 松尾匡『商人道ノスヽメ』を読んで

 松尾匡『商人道ノスヽメ』を読む。
 一応は、良作。

 本書で解説される「商人道」は、山岸俊男の説を"参照"する形で書かれている。
 山岸の説に関しては、ここと、ここの疑問点を紹介しておきたい。
 個人的には素朴な疑問として、①その人の出身階層とか出身の地方とかで、結果は違うんじゃないの?、とか、②日米以外の比較はちゃんとしたの?、してないとだめなんじゃないの?、とかが思い浮かぶ。

 著者の松尾先生の論調は、基本的に「商人道」の称揚に(自覚的に)偏していて、参照されるジェイン・ジェイコブズ『市場の倫理 統治の倫理』に比べると、正直バランスに欠けるんじゃないかなーという印象はある。



 本書では、戦後の憲法をめぐる政治の歴史も解説されている(小熊英二『<民主>と<愛国>』が主に参照されている)。
 正直な話、それに対する著者の解説は、「商人道」の原理を押し出しし過ぎているような気味があるので、ここでは書かないw



 本書における、戦後憲法をめぐる政治史に関する箇所をまとめると、次のようになる。

 当初、戦後憲法に対しては、保守政党はもちろんのことだが、実は、共産党も新憲法に反対であり、社会党も批判的だった(220頁)
 平和主義も民主教育も、実は、共産党は嫌っていた。

 資本主義打倒のための戦争は肯定し、革命教育のためには民主教育も反対(教師の「指導性」の擁護)、というのが共産党の立場であり、教育基本法にも反対だった。

 しかし、日教組は、共産党の方針に反対し、戦後民主教育と教育基本法を擁護することとなる(220頁)。
 社会党は、1950年代になると、左右の論客が参加した「平和問題懇談会」の主張の影響で、党内の右派左派ともに護憲へと傾く(221頁)。
 
 その一方、50年代に入って保守政権は、教育委員会委員会の公選制度の廃止、イエ制度の復活を目指す民法改正案や、戦前の内務省を復活させる法案を国会に提出し、改憲も目指した。
 改憲は、再軍備のみならず、天皇の元首化、知事公選廃止、天皇による国会停会制度の導入を打ち出し、集会・結社・言論の自由や男女平等などの条項が再検討の対象となった。
 これらの流れに対抗して、ようやく共産党は、護憲の方針を打ち出す(221、222頁)。

 当初は左右共に、日本国憲法には反対(批判的)であり、いずれ改憲してやる気でいたにもかかわらず、結果的に現在まで存続してしまったという逆説。
 保守勢力同士の妥協の産物としての仏国第三共和制が、実に末永く持続してしまった事実にソックリな事態である。

 戦後当初の内閣(例えば、片山、芦田内閣)の時は、社会党と日本民主党が、吉田茂の自由党と対抗していた。
 吉田自由党より芦田の民主党の方が、ずっと右寄りだったが、社会党と民主党は共に、国家による統制経済の志向が共通しており、連立することができた。
 この時期の政治的軸は、イデオロギー的な問題ではなく、経済問題だった(223頁)。
 ところが結果的に、日本の戦後の政治的な軸は、経済ではなく、安全保障、外交、憲法へと移行することになった。
 前回の記事で書いたとおり、遠因は日本の総力戦体制の名残だろうし、占領軍側の方針も影響していただろうと思う。



 なお、大嶽秀夫によると、1967年時点で、安保・防衛・天皇制の問題に関しては国民の間に保革の対抗軸がはっきり観察されるが、「減税or社会福祉」だと上記の回答とまったく相関がないらしい(223、4頁)。
 とすれば、少なくともこの時代から既に、大まかに言えば、①「保守・減税」派、②「保守・社会保障」派、③「革新・減税」派、④「革新・社会保障」派がいたことになる。

 ①が、現在流行の「小さな政府」が好きな右寄りな人々。
 ②が、かつて主流だった「往年の自民党」な人々。
 ③が、90年代以降跋扈し始めた、「リベサヨ」な人々。
 ④が、欧州とかに普通に見られるタイプの「社会民主主義」な人々。

 90年以降の政治の迷走とは、②の衰退であり、①の躍進であり、③の跋扈であり、④の不在に他ならない、と本書を読みながら考えた。

(未完)



 (未完なのに追記)
 ブクマコメントに、

norton3rd 俺が新聞読めるようになった頃は社会党はモサさんヌマさんの時代を経て護憲だったが共産党は『自主憲法制定』だったと思う 2012/04/02

とのお言葉が。
 
 なるほど。
 モサさんヌマさんっていうのは、鈴木茂三郎と浅沼稲次郎両氏のことですね。

 念の為の補足です。
 
 1945年の行動綱領で、人民による自主憲法制定をうたっていた日本共産党は、1958年の行動綱領で、方針転換を明確にします。
 曰く、

 党は、日本人民の民主的権利をうばいさろうとするすべての反動的なくわだてとたたかい、議会制度・地方制度の改悪、憲法改悪に反対する。

 と(http://space.geocities.jp/sazanami_tusin/platform/platform/p07th.htm)。後ろの方に、「天皇主義的・軍国主義的思想を克服し」云々とは書いてありますが、自主憲法自体はこの段階で引っ込めているのですね。

コメント

No title

http://ameblo.jp/gt4shinsaku/entry-11113415825.html
与那覇潤読んでみてください エンタテイメント(ネタ)

三角測量

 管理人でございます。

> http://ameblo.jp/gt4shinsaku/entry-11113415825.html
> 与那覇潤読んでみてください エンタテイメント(ネタ)

 本書に関してですが、結論から言うと否定的な意見を持っています。
 詳述するとメンドクサイですが、「中国」という過剰かつ重層的な概念を、分析するための用語として用いるという軽々しさは、蔑視の対象以外の何者でもありません。
 他の用語で置換可能な概念を、わざわざこの語を用いて論ずる必要があるのか、正直ギモンです。
 しかも、この語を用いる動機も、正直、残念なものと述べるしかありません。http://b.hatena.ne.jp/entry/www.cyzo.com/2012/02/post_9832.html

 大雑把な文明論というのは元々好きではありませんが、本書は、その類ではないでしょうか。
 (生理的に、好きにはなれない書物です。ただし、「文明論」の書物に、示唆に富む細部があるという点に関しては、否定いたしません。でもそれって、この著者の手柄ではないでしょう。)
 日本と欧米という比較に往々見られる大雑把さを、そのまま日中の比較に移しただけじゃないの?という疑念はぬぐえません。
 (「文化の三角測量」を目指す川田順造先生の、いかに真っ当なことか。)

 紹介先にあった、
>遠い昔、イザヤベンダサンの<日本人とユダヤ人>を読んだ時のカルチャーショツクに似ているか。あるいは、唯物史観という物の考え方を知った時の驚きに似ているか。
 という感想ですが、感慨はこれに近いものがあります(否定的な意味で)。

 読まれるべき書評としては、
http://d.hatena.ne.jp/kaikaji/20111123/p1
http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20111219/p1
 でしょうね。

 コメントありがとうございました。

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