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「政治主導」の裏で誰が省庁間の調整をやっているのか?、という基本的な話。 -牧原出『行政改革と調整のシステム』-

 牧原出『行政改革と調整のシステム』を読む。
 ある程度、行政学の入門書とかを読んでおかないと、退屈してしまうかもしれない。



 こちらに、行き届いた書評があるので、こっち読んでから本書を読むといいはず。
 ブコメにも書いたとおり、「日常的な『二省間調整』が機能してこそ『総合調整』の負担は軽減され、むしろ十全に機能する」というテーゼが重要(後述)。
 省間調整の円滑さと、国家財政の豊かさとの相関、という重要な論点にも、この書評は触れている。

 本当は、本書の重要な概念である「ドクトリン」について触れておくべきなのだが、正直めんどくさいので、上掲の書評の方をお読みいただきたいw



 政治学者は、「省庁間での調整」の病理をみて、上からの「総合調整」の必要性を説くのに対し、行政学者は、「省庁間の調整」が機能していることこそ、上からの「総合調整」をより活性化するものだと捉えている(182頁)。
 つまり、政治学者は、省間調整に官僚機構が「失敗する」所に着目するのに対して、行政学者は、そもそもその省間調整に日常的には「失敗しない」点に着目する。
 むしろ、失敗せずに機能することで、内閣の仕事を助けていることに着目している。

 政治(「総合調整」)の前提として、「省庁間の調整」が基盤としてある、という観点だ。

 組織における官僚的機構がきちんと機能している前提があってはじめて、クリエイティブな仕事は機能する。
 (沼上幹『組織戦略の考え方』とかにも、似たようなことが書いてあった)



 当たり前だが、同じ官僚機構なのだから、各国で共通することはいくらでもある。

 例えば、会議をあげたり下げたりすること。
 つまり、大臣クラスの会議と、事務方クラスの各会議を行き来させて、省間の調整を図ることは、日本だけでなく、海外(オーストラリアやフランスなど)でも見られる(200頁)。
 国の重大事項であり、その利害調整をきちんとやるためには、欠かせない事柄である。

 また、日本で言う「覚書」のような省間の協定的文書は、海外(アメリカやイギリス)でも見られる(218頁)。
 アメリカでも、省間の合意文書として、「省庁間協定(Interagency Agreement)」がある。
 これを作ることで、省間での合意形成がより円滑に進む。

 但し、上記の「覚書」は公開形式のものだと思われる。
 日本の場合、住専問題(大蔵省と農水省)をきっかけに、覚書の公開と秘密の覚書の作成禁止が、義務付けられるようになった(251頁)ことは、良く知られている。



 官邸主導を掲げた小泉政権。
 しかし、その小泉政権下でさえも、具体的な与党との予算の調整は、査定権を持つ主計局が行っていた。
 財務省は2005年の歳出・歳入の一体改革のころから、影響力を再び強めていった(261頁)。

 こういった財務省(そして法制局)を排除して、自分らで全部何とかしようとしたのが、次の安倍政権だったわけだが、結果は見ての通りだった。
 調整不足が原因だった。
 まさしく、「二省間調整」の「総合調整」が不活発だと、政治側からの「総合調整」の「総合調整」も機能しにくくなるのである(262頁)。
 これを分かりやすくいうと、「財務省及び法制局と多省庁間との調整」が上手くいってこそ、「内閣による省庁との調整」も上手くいくということだ。
 もし、財務省や法制局を通さずに、省間調整をやりたいなら、他の組織をこしらえないといけない
けど、そこらへんがきちんとできていないと確実に次も失敗にいたる。

 小泉政権でさえ越えられなかったハードル、果たして越えられるかどうか。

 (終)

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