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「兵士は天皇のために死んだ」という建前が消えた戦後 -小沢郁郎『つらい真実 虚構の特攻隊神話』再読-

 小沢郁郎『つらい真実 虚構の特攻隊神話』を再読した。
 これで何度目か。
 すでに他のブログさんで取り上げられている( これとか、これ。あとはこれも )が、「特攻」を知る際、読んでおきたい本の一つだ。

 とりあえず、書いておきたいことだけ。



 大西瀧治郎が発案したとされる海軍の特攻作戦だが、実際は、中沢佑作戦部長は、神雷部隊の編成に同意していた。
 (この部隊は、特攻兵器「桜花」の専門部隊である。)
 そして、大西の特攻隊編成以前に、軍令部レベルで、体当たり戦術が海軍戦術として公式に採用されていた。
 大西が「発案」というのは、正しくなかったのである(116頁)。
(もう少し詳しい話は、こちらのブログさんの記事をご参照あれ。)



 戦前、海軍省は、天皇のために特攻隊員は献身して死んだ、というふうに書いた。
 だが戦後になると、天皇のためとは言われなくなり、家族や同胞を含む民族のために死んだ、と言われるようになった。
 「天皇」が隠ぺいされたのである(121頁)。

 戦前には、「家族のために死ぬ」という兵士の論理を、軍側が拒否した事例がある。
 「俺は家内のために死ぬんだ」と言い残して戦死した特攻隊がいた。
 その話を報道班員がとりあげようとした。
 すると、上官が「けしからん」と書き直しを命じた。

 靖国神社は「国民」のために死んだ人間を祀っているのではなく、「天皇」のために死んだ人間を祀っている。
 「天皇陛下万歳」という言葉の意味と使われ方を、もう一度噛み締めてみるべきだ。



 陸軍特攻隊第一陣万朶隊の指名者だった少将今西六郎は、「志願者を募れば全員が志願するであろう。指名すればそれでよろしい」と述べている(127頁)。

 志願制とはいったい何だったのか。



 夜間攻撃の特殊訓練に打ち込んでいた美濃部正少佐は隊員たちにいった。
 「貴様ら、これができないと特攻に入れるぞ」
 全員が特攻を志願したならば、ありえぬ言葉である(131頁)。

 なお、美濃部正は、ニコニコ大百科にも名前が載っている。



 特攻の「闇」を真っ正直に書いたことで知られる高木俊朗。
 彼が体験した「ぐう畜」エピソードがある。
 
 菅原道大。
 大貫健一郎・渡辺考『特攻隊振武寮』にも名前が載っている、特攻の責任者である。

 そんな彼が戦後のインタビュー時に、命令口調で高木に要求した。
 特攻を書くのもいいが、自分が慰霊をしている特攻観音のことも、大いに書いてもらいたい(160、161頁)。

 すぐ地獄に落ちるべき言動である。



 1946年、マニラの戦犯容疑者収容所で、武藤章はパナイ島関係者に訓示している。
 曰く、日本陸軍のために、士官学校を卒業した者が非戦闘員の殺害(マニラ虐殺事件)を命令したなどと、絶対に言ってはならぬ。
 高級将校たちはこの方針によって、何も知らず存ぜぬで通した。
 結果、命令に従った下級将兵を見殺しにする結果となった(187頁)。

 出典は熊井敏美『フィリピンの血と涙』となっている。

 ちなみに、のちに東京裁判で死刑判決を受ける武藤であるが、先の「マニラ軍事裁判では、逮捕起訴されないどころか、弁護人補佐として出廷し山下らの弁護につとめた」(Wikipediaの武藤の項目より引用)。
 


 (未完)

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