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政府(ガバメント)と国民国家(ネーション・ステート)の混同 番外編1(藤田省三『全体主義の時代経験 (著作集6)』)

藤田省三『全体主義の時代経験 (著作集6)』(1)へ寄せて

■宮崎の主張に対する再検討■
 絶賛した後ですが、宮崎哲弥の2000年の「世界価値観調査」を用いた主張を、検討します。その主張とは、「過度の国家依存に傾(かし)いだパラサイト・ナショナリズム」の近年における蔓延に対する批判です。宮崎の依拠した調査と、それに依拠する主張を再検討します。
 「自分の国に誇りを感じるか」という問いや、「戦争が起きたら進んで国のために戦うか」という設問への肯定した割合の低さや、「国民皆が安心して暮らせるよう国はもっと責任を持つべきだ」という考えを肯定する日本人の割合を引き合いに出すことで、「過度の国家依存に傾(かし)いだパラサイト・ナショナリズム」が2003年現在の日本で蔓延しているといいます。
 しかし、少なくとも宮崎が挙げた調査の結果だけでは、それが指摘できるかはなはだ疑問です。2000年当時は、失われた十年の真っ最中で、政府・政治への不審がはなはだしかった時代のはずです(今もそうかもしれませんが)。バブル期の日本から【凋落】した日本の国に、「誇りを感じる」人は少ないはずですし、「国民皆が安心して暮らせるよう国はもっと責任を持つべきだ」という考えは、政府に求めるのも止むを得ません。これを、「過度の国家依存」というのは、難しいでしょう。
 そもそも、【国】という表記自体、あいまいです。政府(ガバメント)と国民国家(ネーション・ステート)を混同したことが、上記の原因とも考えられます。【政府】という言葉は、【政治】(立法府と行政府、及びその他の官僚組織)と言い換えてもいいでしょう。
 例えば、日本国そのものは好きだが、今の政治のやり方は、誇りをもてないし、もっと責任を持ってほしい、ということもありえるでしょう。「愛国心と、日本政府を愛することは同じではない」という某掲示板の「愛がなくても職責があればセコムの社員は務まる、 この場合必要なのは、愛国心じゃなくて、海上保安庁と政権与党の職務専念義務。」という素晴らしき507番のコメントを、ぜひ参照すべきです。

■「戦争が起きたら進んで国のために【戦争協力】しますか?」■
 「戦争が起きたら進んで国のために戦うか」という問いへの肯定が、調査で少なかったことは、たしかに、「国家依存」の傾向を示しているかもしれません。しかし、それには「図録もし戦争が起こったら国のために戦うか(世界価値観調査)」(『社会実情データ図録』様)の指摘する事情も考慮すべきでしょう。
 曰く、「日本国憲法は、他国の憲法にない戦争放棄条項を有しており、憲法に対する遵法精神の上からは、この問は答えにくい内容をもっている」、と。その推論を補強するものとして、「日本は、「はい」が一番少ないだけでなく、「わからない」が37.7%と世界で最も多い値を示している」ことを挙げています。
 また、先ほど指摘した、【国】概念のあいまいさも関係あるかと思われます。【国民国家】である日本のために戦うのはいいけど、こんな体たらくの政治家どものために、おれは死ぬリスクを負いたくない、というのはあるかもしれません。レジスタンスとしてならともかく、今の政治の体たらくを見て、こいつらに振り回されて戦うのは嫌だ、と考えてる人間は、現にここにいます。
 余談ですが、この「進んで国のために戦うか」という問いですが、「戦う」というのは、戦場の最前線で戦うという意味で言っているのでしょうか。女性などはその多くは戦場の最前線には送られないと思うのですが。この調査を、「銃後」も絡めて調査しなおすことも、考えるべきだと思います。「戦争が起きたら進んで国のために【戦争協力】しますか?」。この質問に変えたら、結果は変わると思います。
 以上、指摘を終了します。2000年の「世界価値観調査」を用いて何かを主張するならば、上記程度のことは考慮する必要があると思われます。
 宮崎の主張自体が間違っている、というのではありません。宮崎の旧来からのミーイズム批判も含め、この主張内容自体を否定する気はありません。単に、この調査の提示の仕方だけでは、彼の主張を導くのに不足がある、ということです。他のエビデンスをも勘案すれば、宮崎の主張は説得力を持つかもしれません。

(続く)
日本国憲法と【納税の義務】 番外編2(藤田省三『全体主義の時代経験 (著作集6)』)


(追記) 「戦争が起きたら進んで国のために【戦争協力】しますか?」という問いについて触れましたが、更に、次のような問いも可能なはずです。「仕事が無く、生活に窮乏している場合、戦争が起きたら進んで国のために【戦争協力】しますか?」という問いです。「雇用としての戦争協力」です。戦争の問題はとかく、どこか左右イデオロギー的な観点からしか考えられていないのですが、こうした「雇用」・「生活」という水準から問い直す必要があると思われます。

(更に追記) これは2005年調査ですが、「君、消防団に入らないか?」(『左思右想』様)という記事では、「戦争を回避できなかったのは、国・政府の外交の失敗であるが、貴方は、その尻ぬぐいのために自分の命を差し出せますか?」という鋭い問いがなされています。【戦争協力】という問題にも触れています。

「もし戦争が起こったら国のために戦うか」と聞かれて「はい」と答えた貴方。/消防団に入りませんか?

というのは、まさに至言です。「正義」は身近なところから行うものではないでしょうか。

 それにしても、2000年版調査では「パラサイトナショナリズム」の現れとして使われたのに、2005年には「右傾化」に対する齟齬・ギャップとして用いられています。調査結果はあまり変わっていないのに、不思議なことです。
 しかし2005年調査でも、政府(ガバメント)と国民国家(ネーション・ステート)の混同は、発生しているようです。詳細は、 「日本の右傾化といっても、そこでは結局「国」とは「= 政府」であって、だから、「戦争で国のために戦うか」と問われても「いいえ」「わからない」に流れたのではないだろうか」 という、「「国のために戦うか」アンケート 日本では「国 = 政府」だったりして。」(『蠅の女王』様)の記事を、ご参照ください。

一部修正済 2010/4/24

TAG : 藤田省三 宮崎哲弥 世界価値観調査 ナショナリズム 愛国心

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