スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

保守(ホシュ)主義へのイロニカルな礼賛 斎藤美奈子『それってどうなの主義』(3)

■教育基本法について(の続き)■
 なるほど。実に素晴らしい意見だと思います。まず、「左翼教師」に、生徒に「平素は国旗・国歌を無視する「心」を教え続ける」方法を暗に教えてやり、第十条の「教育は,不当な支配に服することなく・・・」と言う条文がまだ抵抗拠点として残存していることも教えてやる、この懐の大きさ。なんという、人間の大きさなのでしょうか。
 「国家の担う国民教育の目的は,国家の存立と不可分」という風に、一見保守主義ないしホシュ主義的なことを述べておきながら、「祖国への愛」は「他の全ての人間愛を包含する崇高な愛として把握されなければならない」、という狭量なホシュ主義者どもとは一線を画す態度です。風呂敷が大きいです。
 しかも、自らドジッ娘振りを見せ付けることで、左翼勢力どもから批判される隙間を作っておき、彼らを育ててやろうという、実に教育者の鏡たる態度です。
 では具体的に、「ドジッ娘」振りは、どこに発揮されているのでしょうか。それは、教育勅語を引いて、「国家の危急時には率先して義勇を以って国家を守る国民を育成することによって「天壌無窮の皇運を扶翼する」」と述べつつ、「キケロの考えは、我が国の教育勅語の中で述べられている人間愛の体系と同じなのである。」と述べる点です。
 確かにキケロは、「友情や親子の愛や夫婦の愛が大切なことは我々は知っている。しかし、「祖国への愛」がなければ,それら大切な人間愛も結局は無意味なものとなる。」と述べているかな、と思います。
 しかし、よく考えたら、キケロは共和制主義者のはずで、教育勅語の「皇運」重視とは相容れないはずです(共和主義と君主主義ですよ)。ここを重視しないとキケロかわいそうじゃね?、キケロなら天皇制ハンタイとかいうんじゃね?、というツッコミを左翼勢力にさせるために、からだを張ったボケないし「ドジッ娘」振りを披露したわけです。自らを踏み台にしてでも、敵の育成を買って出る、このわけ隔てない姿勢は、実に感動的です。
 この文章を呼んで感動しなければなりません。「祖国に危機が迫るときに、我関せずと逃げていれば、恋人を守ることも放棄することに」なるなら、恋人と一緒に逃げればいいんじゃね?、という突っ込みをしちゃいけないし、宮崎哲弥のナショナリズム論に比べてつまんねー、という風な説得力ある批判もしてはいけません。
 ちなみに、このブログの主は、どうやら何かの議員さんだそうで、そんな方のいる議会はさぞかしすばらしいのだろうなあ、とおもいました(棒読み)。

■男性の子育て自慢について■
 「子育て(に参加するオレ)自慢ができるのは、糟糠の妻に支えられた、恵まれた階層の男の特権だったりもするのだ」(250頁)と著者は述べています。こういう男性は、たいてい教員やマスコミ関係の職業だったり、妻が公務員や教員などの固い職業だったりするのです。要するに特権というわけです。著者は、子持ちの女はみんなやってることなのに、男性がやると特別に賞賛される現状を批判しているのです。
 もちろん、彼らの特権を批判し、廃止すればことたれり、という問題でもありません。すでに述べたように、【恵まれてるあいつらの待遇落とせ、ではなく、恵まれてない俺らの待遇引き上げろだっていいはずじゃないか】ということです。子育て自慢の男たちを黙らせる一つの方法は、子育てに参加する男性を増やすことです。そのためには、彼らの特権・待遇を廃止するのではなく、社会的な制度・システムを改変して、他の男性たちの【待遇】を引き上げることでもいいのです

 あとは、見所をダイジェストで。
 川端康成『雪国』に出てくる新潟の女たちの言葉について、著者は、「山出しの現地語」を川端が使わなかったことについて、「叙情性を壊すと考えた」のではないかという、【差別】疑惑を抱いています(325頁)。『古都』の千重子には京言葉を許しているのですから、この疑いは、ほぼ確かなものといってよいはずです。一ついえることは、川端康成の文学において、新潟弁が占める位置がないということです。
 足が25センチある田嶋陽子と、足が21センチある金井美恵子の各々の不満。から、「規格外」となる存在を排除する日本の姿勢をあぶりだす筆遣い(238頁)は、鮮やかというほかありません。「川魚は生で食べても、まな板には抗菌を求める」(126頁)という風潮批判も含めてです。
 「ブランドバッグに群がる女の子たちのことは平気でバカにするくせに」、自分たちの腕時計は「自己表現」とか言う「言い訳」(295頁)への憤りも、喝采したくなるほど素晴らしいです。腕時計がナンボのモンじゃ!

 最後に、一件余談。著者は、中学生向けファッション雑誌の文の引用に対し解説して、「ぱよっ♪(っていうのはこの手の雑誌につきものの飾り言葉ですから気にせずに)」(220頁)とあります。この「ぱよっ」というのは、某声優さんの御言葉と関係があるのでしょうか(たぶんないと思いますが)。

(了)

TAG : 教育勅語 キケロ 子育て 川端康成

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。